第2幕
家族の絆
とある城内の一室、そこには数多くの異形の者が集結していた。
全ての者が威圧感を纏い、部屋の熱気もそれにつれて高まっていた。
何語とも取れぬ声も聞かれ、常に室内は罵倒と歓声に包まれている。
そんな室内に一組の男女が姿を現す。
女は騒がしい室内を見渡し、一括する。
「静まりなさい!」
女は声を張り上げるも静まる様子はない。
-----------------【才色兼備】-----------------
「静まりなさい」
先ほどよりも落ち着いたその声色は、部屋に集う者たちに響き渡り、得も言われぬ力を持った言葉により室内は静まり返るのだった。
「さぁ、魔王様」
魔王と言われた男は、室内に入り豪華な玉座に腰掛ける。
「ありがとうマリー・クロス」
マリーと呼ばれた先ほどの女性は、魔王の後ろで静かに立ち従えるのだった。
そして、静まり返った室内に魔王の言葉が響く。
「皆の者、大変お待たせした。さぁ、物語の幕を開けよう」
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いつもの時間、いつものギルドに顔を出す。
相変わらず閑散とした店内のカウンターではマレットがひとりで暇そうに、していなかった。
「珍しい客だな」
俺はマレットの向かいで座る男性に声をかける。
「オイラだって息抜きくらいはするさ」
そこには国王スミスが座っていた。
国王といってもいつも城内だけで生活しているわけでもなく、国務の合間にこうして城下まで降りてくることも珍しくない。
「息抜きって、どうせ娘が遠征に行って寂しいんだろ?」
マレットはスミスの言葉に突っ込む。
スミスがまだ現役で戦場に立っていた頃、傭兵ながら隣で肩を並べていたのがマレットだ。
それから数十年、旧知の仲らしい。
「一人娘が遠征か、訓練か何かか?」
俺はスミスの隣に腰掛けながら訪ねる。
「違う違う、魔王の進行に対する牽制だよ」
スミスは心配そうに言う。
俺は、そこまで心配なら行かせなけば良いのにと思いながら
「姫さんも行ったのか、うちの子供たちも荷物抱えて行ってしまったな」
コウタとセナも遠征とか言って朝早くに出て行った、数日は戻らないそうで俺も一人寂しくマレットの下を訪れたのだ。
「でも、この世界に魔王なんていたんだな。やっぱり世界征服を企んでるのか?」
俺はスミスに話しかける。
「それが、魔王の目的はわかっておらんのだ。誕生してからしばらくは身を潜めておったのに最近になって活動を始めてのぉ」
「それで、その動向を探るための遠征か。いきなり軍隊で駆けつけて返って刺激するんじゃないか?」
俺はスミスに疑問をぶつける。
「もちろん前もって使者を送ったりはしていたさ。しかし、まともな返事をもらうことは出来んかった。それに魔王軍の力は強大じゃ、付近のモンスターにすら数人の騎士で制圧しているのに、それが大群となるとヤバさもわかるだろ?」
「もともとも個体差が大きいからそれなりの人数を集める必要があったのか」
「うむ、仕方なしじゃ。それでも、魔王配下の参謀や四天王なぞ出てきたら、隊長や勇者クラスしかまともに相手も出来んしな。それを束ねる魔王なぞどれ程か想像も出来んわ」
スミスは不安まで飲み込むようにグラスを煽る。
「巷で氷の狼犬などと言われて浮かれおって、もし娘に何かあればと思うと、心配で心配で」
姫様に狼犬とは物騒な、イメージとしては尻尾を振った子犬とかが可愛らしくていいんだが。
俺はそんな姫様を想像し顔に出てしまう。
「ゲンタ、お主、よからぬ想像をしているな。娘を汚すとは不届き千万!早速打ち首だ!」
妙に鋭いスミスが腰のハンマーに手を掛けて言う。
いや、それだと打ち首ってか、頭潰れるからね。
「スミスさん落ち着いて、心配なのはわかるけど今回は護衛の騎士もいるしコウタ君やセナちゃんも一緒だから大丈夫ですよ」
マレットが助け舟を出す。
「あのガキも一緒というのが更に心配だ、何か間違いがあったらゲンタよわかっておろうな?」
スミスが真顔で詰め寄ってくる。
頼んだぞコウタ、俺の未来はお前にかかっている。
「しかし、その魔王の動き如何によってはまた戦が始まるな。すでに街の者もそれに備えて動き出しているし」
マレットは心配そうに答える。
「戦か、身を守るすべくらいは持っておかないとな」
俺も事の重大さを知り考え込む。
「ふむ、ならゲンタよワシが防具でも作ってやろうか?」
悩む俺にスミスが急に提案してきた。
「それは願ってもない事だが、いったい何が望みだ?」
スミスは国王であり、優秀な鍛冶職人でもある。その腕前は近衛兵の装備すら手掛けるほどに、そのスミスがタダで装備を作ってくれるはずもない。
俺はスミスの提案を怪しんでいた。
「なんでも人を疑うのはよくない癖じゃぞ?」
「お陰様で、この前もここのマスターにしてやられたからな」
俺はマレットを睨んで答える。マレットは申し訳なさそうに手を合わせている。
「それはそれは、大変じゃったのぉ。んじゃワシも本題だが、実はお主にある材料を取ってきて欲しいんじゃ」
スミスは納得した感じで説明しだした。
曰く娘のために特注の武器を作りたいそうだ、しかし今のご時世、私用で人を使うには好ましくなく、それで俺に頼みたいとのこと。
求めている素材はミスリル、呪文伝導率がすこぶる良く強度も一般の鉄や金剛石にも勝ると言われている。
ちなみに、使用した余りで俺の防具を作ってくれるとのこと。
店で買えば、俺の稼ぎでは一生かかっても手に入らないだろう。
「うん、悪い提案じゃないな」
俺はスミスの話しを聞いて呟く。
「じゃろ?ミスリルのある鉱山も我が王国所有の地だ、そうそう危険もないじゃろう」
スミスが上機嫌んで押してくる。
「どうせ子供たちが帰って来るまでは自由だし、いっちょ小遣い稼ぎに行くか」
小遣いというには巨大すぎる額だが、そうして俺はまた安請け合いをするのだった。
王都から片道二日、舗装されていない山道を馬車で揺られ鉱山都市ムーアに到着した。
「歩きじゃないだけマシだが、これだけ悪路が続くと体にこたえるな」
俺は馬車を降りて、凝り固まった体をほぐしながら歩いていた。向かう先はスミスに紹介された採掘現場の担当者のもとだ。
鉱山都市とは名乗っているが、採掘量は年々落ち込んでいるらしく街は活気もなく静かだった。
そんな中、ミスリルは鉄や銅などより採掘量も極端に少なく希少な鉱石だった。
「そんなレアメタル数日のうちに発掘できるかねぇ」
俺は半ば諦めていた。
しばらく歩くとスミスの言っていた事務所に到着した。
「モール商会ねぇ、採掘から加工、販売まで手広くやってる割には小さな建物だな。ごめんくださーい」
扉を開けるとそこには、モグラがいた。
「あら、いらっしゃい。モール商会へようこそ。今日はどんなご用件で?」
受付のモグラ嬢?(声からして女性と思われる)は聞いてくる。
王都でも犬や猫などの亜人は見たことはあったが、だいたいは人と変わらぬ姿だった。
だが、このモール族はモグラを二足歩行にして、若干巨大化させた感じだ。
大きさは、俺の腰当たりの身長で手は大きく爪は鋭い。つぶらな瞳がチャーミングでよく見ると受付嬢はマスカラもしていた。
「スミスの紹介で王都から来たんですが」
それを聞いた受付嬢は、目をパチパチさせてこっちをみた。
「あら、ほんとにいらしたのね。ちょっと待てってね」
そう言って受付嬢はヨチヨチ歩いて奥に行ってしまった。
しばらくすると、奥のほうからバタバタとツナギを来たモール族が出てきた。
「これはこれは、遠路遥々と、私は採掘現場の監督を任されておりますビルダーと申します」
受付嬢と外見は変わらず声と服装が違うだけだった。まさか一人二役じゃないよな?
「こんにちは、お忙しいところ突然すいません。私はシライと申します。報告は入ってるかと思いますが、ミスリルを探しに来まして」
俺は会釈をして答える、目線の高さが違うので前屈みたいになって窮屈だ。
そんな不恰好を晒しているとビルダーから、椅子を勧められた。
「最近は採掘量の減少と、魔王軍の進行でここも人が減って寂しい限りですよ。私も机に座って書類仕事しかなかったから、ちょうどいい気晴らしです。モール族は昔から穴掘りが大好きですから」
ビルダーはウキウキと答える。
鼻がヒクヒクしてなかなか愛嬌があるな。
「そう言ってもらえると助かります。しかし、採掘量が減っているってことはミスリルもやっぱり取れにくくなってるとか?」
俺は恐る恐る核心をつく。
「ミスリルに関しては別ですよ。そもそもアレを取りに行こうとする愚か者すらなかなか居ませんから」
ビルダーは笑って答える。
「えっと、そう申されますと?」
「はい?ミスリルは毒霧の吹き出す採掘場の深層にありますから。普通に行けば数分と経たずにお陀仏です」
やっぱり、そう簡単にいくわけないと思ったよ。
俺はビルダーの前で頭を抱えていた。
しかしここまで来て手ぶらで帰るわけにも行かなかった。
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採掘場は広く、二人で歩く通路は寂しく不気味なものだった。
シュコー、シュコー
「ほんとにこれで大丈夫なのか?」
顔全体を覆う酸素マスクを付けた俺は隣を歩くビルダーに伺う。息苦しく視界も悪い。
「大丈夫シュコー、モール族の肌は毒素を吸収しないからマスクだけで防げるシュコー。」
いや、口でシュコシュコ言うなよ。
てか、人族は?人族の肌は大丈夫なの?
俺は不安に思いながらも服の襟をきっちり閉めた。
「さぁ、シュライさん。ここから毒素が強くなるシュコー。道も狭いから気を付けてシュコね」
もうコイツの語尾はやりたい放題だな。
道幅は急に狭くなり、人一人が何とか通れるくらいになってきた。
モール族にとっては気にならない狭さだろう。
「ここはまだ採掘途中でシュコから、落石にも注意してシュコね」
ビルダーはさらに俺の不安を煽る。
狭い道もしばらく行くと大きな空間に出た。
そこには辺り一面を覆いつくす色様々な水晶が輝いていた。
天井にも水晶は煌めき幻想的な空間を演出していた。
「これは圧巻だな」
俺は息をのんでこたえる。
「さぁ、シュライさん。サクッとミスリル掘って帰るシュコ」
ビルダーが強靭な爪を輝かせて採掘作業に入る。
俺もランタンを置きツルハシを手に気合を入れる。
「よっし綺麗なとこだが長居は無用だな」
俺がツルハシを振り下ろすのと、入ってきた通路で爆発が起きたのは同時だった。
ドゴォーーン!!
「まったく、狭いし脆いし最悪ね!」
俺は煙の立ち込める入り口付近で、声を荒げる女性を見つめていた。
背はスラっと高く、細身でスタイルはいい。
顔はマスクで覆われていて確認出来ず、ヒートアップし鼻息も荒いのか目の部分も曇っている。
「あぁ、これじゃ前も見えないじゃない!」
かなりヒステリックな性格のようだ。声も籠って聞き取りにくい。
俺が遠巻きに見ていると、見かねたビルダーが近づいて行く。
「大丈夫でシュコ?」
「あら?ご心配ありがとう。モール族かな?照会の関係者かしら?」
女性はビルダーに訊ねる。
「現場監督のビルダーと申しますシュコー。あっちでツルハシ抱えてるのはシュライさんでシュコー」
ビルダーはご丁寧に俺の紹介もしてくれる。
「ご丁寧にどうも。私はクロスと申します」
女性も丁寧にお辞儀をしている。
小さなビルダーに合わせているため、かなり不格好ではある。
「クロシュさんもここにミスリルを求めにシュコ?」
ビルダーはクロスに尋ねる。
「えぇ、採掘はあまり得意ではないのですが、手あたり次第吹き飛ばしていたらこんなことになりまして」
クロスは岩で埋もれた入り口を見て告げる。
不得意にもほどがあるだろ、不器用のレベルが違うな。
「それは大変でしたシュコね。ミスリルは数も少ないので一緒に頑張って探すシュコ!」
今は人手も欲しいし、こいつの爆発に巻き込まれるよりは近くで管理していたほうが得策か。
「しかし、ビルダー。この中からどうやってミスリルを探せばいいんだ?俺には違いがわからないぞ」
俺はビルダーに尋ねる。
「そうシュコねー。ミスリルはこんな感じで紫に光っているシュコー、まずはそれを手掛かりに探してみるシュコ」
そう言ってビルダーは、ポケットから小さな紫色に輝く鉱石を取り出す。
確かに鉱石は、妖しく光り他の鉱石とか一線を介していた。
「あら、ミスリル持ってたのね。ここで取れた物かしら?」
クロスがビルダーの持つミスリルを見つめながら聞く。
「そうシュコよ。これは僕が初めて採掘した記念すべきミスリルシュコ!」
ビルダーは得意げに話す。
クロスはそのミスリルをしばらく見つめた後、
「ビルダーさん、そのミスリル、少し貸して頂けますか?」
クロスがビルダーに詰め寄る。
まさか盗む気でもないよな、今逃げても出口はないけど。
「そのミスリルはどうやらここに埋まっているものの一部みたいなんです。私の探知呪文で、もしかしたらまだ埋まっているミスリルを探せるかもしれません」
不審に思っている俺を横目にクロスはビルダーに告げる。
「魔導士とは凄いシュコー、ミスリルの探知なんて高度な呪文、是非お願いしますシュコー」
ビルダーはウキウキでミスリルをクロスに手渡す。
ミスリルを手にしたクロスは、胸の前で握りボソボソと呪文を唱える。
「おぉ、すごい輝きシュコー」
ミスリルの輝きはクロスの手の中で一層増し、部屋全体を照らすほどだった。
その後光は収束し埋まった出口とは別の方角を示していた。
「どうやらこの先みたいですね」
クロスが落ち着いて答える。
「方向さえわかれば後は掘るだけシュコー!シュライさん行くシュコー」
ビルダーに釣られ、俺も光の刺す壁を掘り進める。
壁は固いがビルダーの爪でサクサク掘れている、俺はビルダーの掘った土砂を運び出すことに専念した。
「さすがモール族ね、トンネルを掘るスピードも段違いだわ。岩盤を爆破して進むよりよほど安全ね」
クロスの言葉に今までよく無傷でいられだのだと感心する。
しばらくするとビルダーの爪が空を切る。
「どうやら大きな空洞に出たみたいシュコー」
ビルダーを先頭に我々は大きな空間へと足を踏み入れた。
「おぉ!これは凄い」
俺は部屋の中を見て思わず声をあげる。
そこには紫色に輝く巨大なミスリルが埋まっていたのだ。
「地面から出てる分だけでこの大きさ、実際掘り起こしたらこの3倍はあるかもしれません」
ビルダーは語尾も忘れるほと興奮している。
「とりあえず、持てる分だけ持って上がりましょう」
クロスの提案に俺たちは頷いて作業に取り掛かるのだった。
「ほんとにそれだけでいいシュコか?」
語尾を取り戻したビルダーがクロスに問いかける。
クロスは片手に握れるほどのミスリルで満足していた。
「えぇ、もともと部外者でしたから。あまりでワガママ言えないわ」
ここにきて妙にお淑やかになったな。
俺は抱えるほどのミスリルをカバンに積めながら二人の会話を聞いていた。
「さて、そろそろ地上に戻るとするか」
俺たちは準備を整え、帰る道順を模索する。
すでに手掛かりがあるのか、ビルダーが壁の亀裂を指さして伝える。
「あそこからわずかに風を感じるシュコー、多分外に通じてるシュコね」
「なら、こんな息苦しいところとはささっと退散しましょ」
そういってクロスは呪文を唱えると、目の前の亀裂で爆発が起きた。
この女は、また生き埋めにでもなりたいのか?
クロスの軽率な行動に注意しようとした矢先、壁から咆哮が轟いた。
グォォォォォ!
「なっ、なんだ!?」
俺は驚いて今だ煙の立ち込める壁を見つめる。
もうもうとした煙のなかから巨大な四足歩行のトカゲが顔を出した。
「あっアースドラゴンだシュコーー!!」
ビルダーが驚きの声を上げる。
頭が焦げて煙の立ち込めるドラゴンは、怒りのまなざしを我々に向けるのだった。
グォォォォォ!!
ドラゴンは咆哮とともに口を大きく開ける。
「ヤバイ!左に飛ぶシュコ!!」
ビルダーの語尾にはまだ余裕は感じられるが、俺たちは指示通りに左に飛ぶ。
ヒュン!
その直後、俺たちの真横を高速で通り過ぎる物体が。
ドラゴンが火でも吐いたか?それにしては熱くない。
「また舌が来るシュコ!正面にいたら危険シュコー!」
下?下から何か来るのか?
俺が理解に追いついていけないところにドラゴンが口を開けて舌を伸ばしてきた。
「ボーっとしてないの!」
寸前のところで横からクロスに突き飛ばられ、ドラゴンの舌は壁に当たり大穴を形成していた。
「いや、火吐かないの!?カメレオンか?」
俺は冷静にドラゴンにつっこむ。
ドラゴンにつっこみが通じるわけなく、その後も次々に舌を伸ばしてくる。
「地味な攻撃ですが、当たると致命傷シュコー、なんとか隙を見て逃げるシュコ」
ハァハァ、マスクもしてるから普段以上に体力を使う。こりゃ数分と持たんな。
「逃げるにしても退路はあるのか?」
俺は誰にともなく尋ねる。
「ドラゴンの出てきた穴の先、光が見えるわ。そこから出れるかも」
上手く攻撃を避けているクロスが叫ぶ。
「よし、まずはビルダーが穴の先を確認してくれ。もし狭いようであれば通路の拡張を頼む。問題なく通れるなら教えてくれ、俺たちも駆けつける」
俺はビルダーに指示を出す。
「わかったシュコー」
ビルダーは素早くドラゴンの横をすり抜けて穴の先に向かう。
「クロシュ、悪いな。しばらくコイツの足止めに付き合ってくれ」
「私は大丈夫ですが、シュライさん息上がってますよ?大丈夫ですか?」
クロスは冷静に応える。しんどくてつっこむ気力もない。
俺は親指を立てて合図をすると、ドラゴンの周りをドタドタと逃げ回った。
今のところ距離があるので舌での攻撃しかしてこない。
舌も出した後引っ込む時間があるので、割と余裕をもって避けれている。
クロスに至っては、体の周りに薄い空気の膜が見える。それで微妙に舌の軌道を逸らしているようだった。
「もしかして、クロスの呪文でドラゴン倒せたりしないか?」
俺は希望を込めて聞いてみる。
「この空間を覆いつくすほどの爆発を起こしていいのならやってみますが」
あぁダメだ、コイツに加減を求めるなんて無理な話しだった。
「一番柔らかそうな舌に何度か風の刃を飛ばしていますが、かすり傷すらつきません。生半可な攻撃は効きそうにないですね」
クロスは淡々と答える。
避けている間にも着々と攻撃はしていたらしい。なかなか優秀である。
ここでドラゴンをどうにかするのは無理そうでなので、いまはビルダーの作業が終わるのをひたすら待つことにした。
「シュライさーん、クロシュさーん、出口に繋がる坑道を発見したシュコー」
しばらくしてビルダーから声が上がる、脱出の手筈が整ったようだ。
「シュライさん、ドラゴンに向けて目くらましをかけます。その隙に奥の出口まで駆け抜けましょう!」
クロスから提案があがる。
「わかった。クロシュ頼んだ!」
俺の返事を聞きクロスは頷く。
「いきますよ!!顔伏せて下さいね、3、2、1!」
カウントダウンと同時に俺は顔を伏せる。目を伏せても眩しさがわかるほどの閃光が直後に起こった。
「いまです!」
クロスの声を聞いた後、俺は出口に向かって全力で駆け抜ける。
横目でドラゴンを見ると目の焦点は合っておらず、手あたり次第に攻撃し暴れていた。
出口の穴は二人で通るには狭すぎる、俺はクロスに先に行くように合図する。
クロスが出口を潜ろうとしたとき、暴れていたドラゴンの尻尾が運悪く彼女の背中を捉えた。
「きゃあ!」
クロスは声を上げて穴の奥に吹き飛ばされる。急いで俺はクロスを追って穴の中に進む。
その先は大きな坑道に繋がっており、すでに待ち構えていたビルダーが、飛ばされてきたクロスを介抱していた。
「クロシュさん、大丈夫ですか!?」
「えぇ、とりあえずは骨は折れてなさそう。でも、走るのは少し厳しいかな」
とりあえず命に別状はなさそうだ。
しかし、そうしてる間にもドラゴンは迫ってくる。
「痛むかもしれんが、安全なところに出るまで我慢してくれ」
俺はそう言うと、怪我に苦しむクロスを背負い広い坑道を出口に向けて歩き出した。
「私なら大丈夫だから、ほらドラゴンがきたら吹き飛ばしちゃうんだから」
クロスは傷む体を押さえ無理して笑っていた。
「まだここは坑道だ、こんなところで大爆発起こしてみろ自分もただじゃ済まないぞ。いいからジッとしてな。それとビルダー、すまないが先に行って応援呼んできてくれ」
「わかったシュコ!クロシュさん、頼りないけどここはシュライさんに任せるシュコ!」
頼りないは余計だな、そういってビルダーは地上に向かい疾走していった。
さて、地上も近いはず頑張りますか!
気合を入れて一歩を踏み出すと、後方で大きな崩落音がきこえた。
「今の音って気のせいじゃないよな?」
俺はクロスに問いかける。
「間違いなくドラゴンの仕業ね。もう目くらましの効果も切れるころだから」
クロスは冷静に答える。
俺は背中に汗をかきながら、振り返ることはせずに地上まで急いだ。
グウォォォォォ!!
声でわかる、ドラゴンは怒っている。
まだ、見つかってないし脇道に隠れてやり過ごせないかな。
そう思って少しスピードを緩める。
「ちなみに、あぁ見えてドラゴンの知性は高いの。一度覚えた敵の臭いは忘れないと云うし、隠れても無駄よ?」
俺は一目散に逃げる速度を上げた。
振り返らずとも後ろからドタドタと巨大な物体が近づいてくるのがわかる。
このままでは後ろから攻撃されて二人ともお陀仏だ。
俺は一か八か振り向いた。
ビュッ!
振り向いた時すでにドラゴンの口からは舌が飛び出していた。
俺は頼りないカバンを盾に身を縮こませるの。もうダメだ、しかしなんとかクロスだけでも守らないと、
--------------------【家内安全】--------------------
カンッ!
軽快な音を立てて、俺はドラゴンの攻撃を難なく防いでいた。
俺もクロスも、ドラゴンすら起こった現実に気づかなかった。俺はクロスを見るが、彼女は自分は何もしていないとばかりに首を振る。
その後、いち早く立ち直ったドラゴンは、伸び切った舌を振りまわし鞭のようにして攻撃してくる。
--------------------【家内安全】--------------------
カンッ!カン!
固いもの同士がぶつかり合う音が坑道に響く。
俺はカバンを盾にゆっくりと後退していく。カバンは破け中のミスリルが顔を覗かせている。
「ミスリルがこんなに頑丈とは知らなかった。このままゆっくり退散だな」
俺は感激して言う。
「いくらミスリルと言っても加工もしてないのに、ここまで耐久性があるとは思えないんだけど。まさか言霊?」
クロスはぶつぶつと、不思議そうな声を上げている。
そうしている間にも、イラついたドラゴンの猛攻は続いた。
ビキビキ!
「おい、なんかドラゴンの攻撃やばくないか?」
相変わらずこちらには被害はないものの、周囲の壁や床がドラゴンの攻撃に耐えられずに崩れ始める。
「いままでは、自分の住処を守るためにヤツも力を押さえていたみたいね。本来ならこんな坑道簡単に破壊できるんでしょう」
クロスが応える。それって、結局助からないんじゃ。
まだ出口までは遠い、このままドラゴンにやられるか生き埋めのなるかの二択が迫っていた。
ボコッ!、ガラガラ、
ジリ貧な状況を嘆いでいると、突然ドラゴンが視界から消えた。
「!?」
俺が不可思議な状況を整理できずにいると、
「下よ」
クロスが下を指す。
そこには落とし穴に落ちたドラゴンがいた。
「クロシュさん、シュライさん!お待たせしました!」
落とし穴の淵からひょこっり顔を出すビルダーがいた。
そのほかにもピョコピョコモグラが穴から顔を出してくる。
これは叩けばいいのか?
「ドラゴンの通過を見越して穴を急いで掘ったシュコ!さぁ、今のうちに」
ビルダーの言葉で現実に戻り、俺とクロスは出口に向かう。
クロスは待ち構えていたタンカに乗せられ、数十匹のモグラが運んでいる。
そうして俺たちは無事太陽の下に出ることが出来た。
「あぁ、光だ。幸せだー」
俺は涙ながらに生還を喜んだ。
「まだ、喜ぶのは早い!ヤツはまだ諦めてないよ!」
クロスの言葉で俺はハッとする。
「モグラ君たちはドラゴンをここに呼び寄せて、合図とともにこの一帯をドラゴン共々吹き飛ばします。巻き込まれないように注意してね」
クロスは急いで指示を出す。
「ドラゴン相手に上手く行くでしょうか?」
マスクを外したビルダーが心配そうに答える。
みんな同じ作業着なので、もう見分けが付かない。
「大丈夫、私に任せて。モグラ君たち、私をあの高台へ」
クロスが坑道の出口を見渡せる高台を指さす。
テキパキと指示を出しモグラたちを誘導していく、実に手慣れたものだ。
俺は邪魔にならないように坑道から離れて事を見守る。
「さぁ、みんな気合入れて行くわよ!」
------------------【才色兼備】------------------
クロスの掛け声とともにモグラたちの目が輝き、それぞれが完璧に仕事をこなしていく。
「ドラゴン来ます!!」
坑道の出口にいたモグラたちの声があがり、その後ドラゴンの巨体が姿を現す。
モグラたちは退路を塞ぐために坑道の入り口を閉める。
陽の光に当てられ動きの鈍ったドラゴンをよそに、モグラたちは一斉に避難を開始する。
「本当なら手懐けたかったけど、残念ね」
クロスは呟くと唱えていた呪文を開放する。
パチッパチッ!ゴォォォォll
ドラゴンの周りを火花が舞ったと思ったら、いきなり轟音とともに火柱が上がる。
爆風と熱気を伴った炎はドラゴンの体を包み込み消し炭へと変えていく。
俺はあまりの熱さにマスクを外した。あぁ空気が熱い、喉も焼けそうだ。
断末魔の声すらかき消して炎が荒れ狂い、その後何もなかったかのように炎は消えた。
そこにはドラゴンの骨すら残っていなかった。
-------------------------------------------------------------------------
「結局、お礼も言えなかったな」
俺はギルドのカウンターで誰にともなく呟いた。
「お?その顔は恋の病か?憎いねー色男」
隣で呑むカシロフが茶化してくる。
「無粋なことを言うなカシロフ、そうだからお前はいい人の一人も出来んのだ」
その隣では、スミスが呆れている。
「俺は特定の一人に縛られるなんて御免だよ」
「まったく、信者には聴かせられんな」
何を言っても無駄といった感じでスミスはグラスを傾ける。
「しかし、ドラゴンを一撃なんてとんでもない魔導士だな。もはや、伝説の賢者か?」
マレットは感心して言う。
「賢者ねぇ、とても賢い行いなんてなかったけどな。まだ、その前段階の道化、遊び人の方が合ってるかもな」
俺は昔遊んだゲームの知識を思い出す。
「それだけの実力者だ、そのうちどこかの街で消息を知ることもあるさ」
マレットは答えた。
「あぁ、また会えそうな繋がりは感じるよ」
俺は奇妙な縁を感じていたのだった。
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「マリー様、出来ました。こちらです」
マリー専用の参謀室、そこに小人のドワーフが声を上げて入ってきた。
「ありがとう、うむ、相変わらず素晴らしい出来だな」
マリーはドワーフから受け取った品を見て満足そうに答える。
「いえ、素材が良かったからです。これほどの良質なミスリルは、なかなか手に入りませんから」
マリーは再度ドワーフに礼を言って下がらせる。
「感謝しているよ、ゲンタ」
マリーはそう呟くと、ミスリルの指輪を薬指にはめるのだった。
すでにあるものと新しいもの、重なった二つの指輪は左手で眩しく輝くのだった。
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