第1幕
【海の精】
「ゲンさんおはよー」
早朝ギルドにいた俺にマレットが声をかける。
冒険者の朝は早い、みんなその日暮らしの為少しでも割のいい仕事を探さなくてはいけない。
俺も例に漏れず、依頼の書かれた掲示板を注目していた。
「相変わらずロクな依頼がないな」
俺は掲示板から目を離し、マレットのいるバーカウンターに近づく。
「まぁ冒険者なんて、名前だけで雑用係の何でも屋だからな」
マレットが笑いながら答え、ホットミルクを差し出す。
「ありがとな。畑の草刈り、ドブさらい、ペットの探索。どれも重労働で低賃金ときたもんだ」
俺は差し出されたホットミルクを飲みながら頭を抱える。
こんな仕事では、毎日朝から晩まで働いても子供たちの収入の足元にも及ばない。
かといって、子供の金で遊び惚けるほど落ちぶれていない。
「まぁそう気を落とすな、たまには息抜きも必要だぞ。家の仕事もあるんだしたまには休んだらどうだ?」
マレットは提案してくる。
「そうは言ってもなー」
マレットの好意を感じつつも俺は言葉を濁す。
「んじゃ、仕事のついでに息抜きなら大丈夫だな? 実は港町のバロックに届け物があるんだが、ゲンさん行ってもらえるか? ちゃんと報酬も出すぞ」
「港町かー、ずっと王都から離れずに生活してきたから、他の町も見てみたいところではあるな」
「だろ? 息抜きついでに家族で行ってこいよ?」
マレットは上機嫌で提案してくる。その様子がなんか怪しい。
「いったい何を企んでるんだマレット?」
「やっぱり、さすがに感づいたか。実は最近バロックへ行く途中の街道にモンスターが出るみたいでな。そのせいで物資の輸送にも護衛がついて輸送費が値上がりしているんだよ」
マレットは申し訳なさそうに伝えてくる。
「なるほど、そこで俺に頼って安く届けようってことか?」
「正確には、コウタとセナちゃんに頼ってるんだけどな」
マレットは正直に話した。わかってはいたさ、俺にモンスターをどうにか出来る訳がないことくらい。
「しかし、あいつら、特にコウタが行くと言うかだな?最近特に反抗的だからな」
「なーに、セナちゃんさえ抱き込めば後は付いてくるんだろ」
マレットの言葉には、こちらの事情を汲んだ重みがあった。マレットは俺たちが異世界人だと知っており、言霊についても話していた。
「なるほど、それなら何とかなりそうだな」
俺は割高な報酬につられ、マレットからの依頼を受けることにした。ついでにホットミルクと、モーニングセットもタダにしてもらえたし言う事なしだ。
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「というわけで、セナ、一緒に行かないか?こっちに来てからずっと王都で働いてたし、たまには家族水入らずで旅行でも」
俺は家に帰ると早速セナの抱き込みを開始した。
「うーん。休みさえ取れれば大丈夫だけど」
「それなら大丈夫、カシロフには話もつけてある」
俺は、帰る前にカシロフの元へ行き酒を手土産に話はつけておいたのだ。
「神官長の許可があるなら大丈夫よ。海かー、いつぶりだろう」
セナはすっかり旅行気分である。これでコウタが渋ろうとも【金蘭之契】で我々との同行を強制できる。すべては、計画通りである。
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時間は過ぎ、出発日の朝を迎えた。
「さて、準備も整ったしそろそろ行くとするか。」
王都の城門前で、俺はマレットからの依頼品である小包をバックに詰め、みんなに出発を促した。
「地図は持ったし、着替えもある。水と食料も、うん忘れ物はないわね」
セナはレンタルした馬に括り付けられている荷物を確認して告げた。
「まったく、なんで俺まで」
いまだ渋っているコウタも武器の手入れをしながら旅支度を進めていた。服装は俺やセナのように動きやすい布の服の上に、皮の鎧を着け武器は小ぶりな鉄製の短剣を二本腰に携えていた。
もう一本武器はあり、背丈ほどある大きな剣が馬の背に括り付けられていた。
どうやら街道のモンスターの噂は騎士団にも届いていたようで、最低限の戦闘準備は済ませてきたようだ。
「愚痴ってないで行くぞコウタ」
俺はコウタの装備を見て安心感を覚え、一路バロックへと出発するよう子供たちを促した。
そんな感じで、意気揚々と先陣を切ったのは最初だけであった。
「親父ー、遅いぞー!日が暮れちまうぞー!!」
コウタのヤジすら耳に入らずに、俺は峠道を登っていた。
「若いっていいねー、体力有り余ってるな」
俺も普段力仕事もこなしているから体力には自信はあった方だが、とてもコウタには追いつけなかった。これが素質の差なのだろうか。
「いつもは訓練でもっと重い荷物持たされてるからな、このくらい軽い軽い」
コウタは平気な顔で言ってくる。
素質じゃなくて努力の差みたいだね。見習いとはいえ、さすが騎士様。
「お父さん大丈夫?変わりましょうか?」
セナが馬上から聞いてくる。その誘いに軽く首だけ振り頂上を目指した。
「やっと頂上だ、あー車が恋しいぜ」
俺は以前まで当たり前だった文明を懐かしむ、この国の文化レベルはせいぜい中世くらいだろうか。
いまだ動力は馬や牛が主流だった。しかし、数十年前そんな文明の中に突如として様々な素質を持った者が発現した。当時はかなり混乱もしたそうだが、今ではすっかり社会に馴染んでいる。
「こんにちは」
物思いにふけっていると、前方でセナとコウタが帽子を被った男性と話していた。
「こんにちは、二人の知り合いか?」
俺は二人に追いつき、帽子の男性に話しかけた。男は驚いたように俺を見ている。
「何故あなたがここに?」
男は信じられないといった感じで話しかけてきた。
そりゃ二人に比べたら頼りないけど、一応親ですから。
「私たち、家族でこれからバロックまで行くところなんです。」
セナが男に説明した。男は帽子をいじりながらブツブツ呟くと。
「そうですか、勇者様と聖女様の身内でしたか。てっきり二人だけだと思っていましたから。」
男は答えた。
「確かに親父は戦闘面では、お荷物だからな。驚かれるのも無理はない」
コウタは鼻で笑いながら男に答えた。
「そうですか、お父様でしたか。ご紹介が遅れました。私は旅の吟遊詩人をしておりますスミレと申します。先ほどもお二人の武勇伝を教えていただいた最中でして」
そう言って吟遊詩人のスミレは答えた。しかし、吟遊詩人なんて冒険者以上に食うのに困りそうだ、生活できているのか不安になった。
「吟遊詩人と言えば、やっぱり歌うとか歌うのかい?そうなら是非聞いてみたいな」
俺はだんだん興味が湧いてきた。よく見るとスミレの横には小さな女の子が寄り添っていた。
「おたくも子連れだったか、こんな小さい子と一緒に大変だな」
俺は話しかけながら女の子の頭を撫でようと手を伸ばした。しかし、少女はびっくりしてスミレの後ろに隠れてしまった。
「親父、いきなり襲いかかるからびっくりしちゃっただろ」
コウタがすかさず突っ込んでくる。
「いや、驚かすつもりはなかったんだ、ごめんな」
俺は少女に謝った。
「娘は人見知りが激しいもので。」
スミレもフォローしてくる。
「ちなみにお父様のお仕事は?」
スミレが痛いところをついてくる。
「親父は主夫なんですよ」
答えない俺に代わってコウタが答える。
「主婦?変わった職業ですね」
「親父は無能力者だから、出来ることが他に無いんだよ」
コウタが次々に人の心をえぐってくる。さすが勇者候補、いい攻撃だ。
「無能者、そんなバカな、」
スミレは驚いたような哀れむような目線を向けてくる。英雄の親が無能とは吟遊詩人の歌には映えない設定なのか。
「まぁ、そんな訳で主夫として頑張ってる訳でして」
俺は居た堪れなくなり言葉を濁した。
「そうでしたか、それは失礼なことを聞きました」
スミレは素直に謝ってきた、謝れると逆にキツいな。
「では、私たちはそろそろ。楽しい時間をありがとうございました。お父様も観客としてならいつでも私の歌を聴きにきてくださいね」
スミレは挨拶して我々の来た道を下っていく。
「あぁ、楽しみにしてるよ」
俺はその背中に向けて声をかけた。
少女は最後まで不審な目線を俺に向けてくる。何もしてないのに罪悪感が半端ない。
「子供は先天的に、善人と悪人を見分けるって言うからな」
コウタは笑いながら茶化してきた。
「お前の親だろ、不審者みたいに言うな」
俺はコウタを殴りながら答えた。
まったく最近は良いとこないな俺って。
一方スミレ達は見えなくなった3人を見つめていた。
「お父さん、あの人は、」
「大丈夫だよキキョウ、彼には何の力もないよ、|役に立つことも出来ない存在だから、そのうち退場するさ。今は新しい物語を楽しむとしよう」
「うん、楽しみだなぁ」
キキョウは無邪気な笑顔で笑っていた。
「てやっ!はっっ!」
コウタは、威勢のよい掛け声とともに、カエルのような二足歩行のモンスターをなぎ倒していく。
俺も試しにナイフで交戦してみたが、皮膚は意外と固く弾力もあり刃が通らなかった。
しかも毒もあるらしく、うかつに近寄れない。
「コウタいいぞ、がんばれー!ぐはっ!!」
というわけで俺は、セナに解毒を施されながら応援に専念することにした。
「お父さん、まだ解毒終わってないんだからじっとしてて」
「すいません」
若干息苦しくなりながら、その場に倒れる俺。
「ふぅ、こんなとこかな。割と歯ごたえのない奴だった」
コウタがカエルの討伐を終えて一息ついた。
「親父は大丈夫か?」
「えぇ、解毒も終わったわ。弱い毒だからもう心配ないわ」
「ふぅ、みんな終わったからって気を抜くんじゃないぞ。いつまたモンスターが来るかわからないからな」
俺は緩んだみんなの気持ちを引き締めようと、声を掛ける。
「うん、だからお父さんはむやみに敵に突っ込まないでね」
セナの顔は笑っていたが目がマジだった。
「はい、気を付けます」
「まったく、そんなんだからおふくろに逃げられるんだよ」
コウタが痛いところをついてきた。
この子たちを男手一つで育てきたが、母親は数年前に出て行った。
コウタも小さく、セナはまだ物心つく前だ。
思い出すと酒に溺れたくなるが、彼女との子をしっかり育てなくてはと思い今まで頑張ってきた。
「二人とも逞しく育って、母さんも草葉の陰で喜んでるよ」
「もう草木もない海沿いだけどな」
コウタがせっかくの気分をぶち壊してくる。
街道沿いに歩いてきて、何度かモンスターの襲撃にあったがコウタが軽く撃退していた。
本人は物足りないと嘆いていたが、俺にとっては命が幾つあっても足りない状況だ。
あぁ家が恋しい。俺の言霊は家でこそ真価を発揮するのだ。
「あ、見えてきたわ、あれがバロックじゃない?」
「なんだ?街道の魔物ってのはもう終わりか?」
セナの言葉に地図を見比べる。うん、場所的に間違いなさそうだ。やっと屋根のある部屋で安心して寝られそうだ。物足りなそうなコウタのセリフはあえてスルーする。お前には大した事なくてもこっちに取っては命懸けなんだよ。
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バロックの街は活気に満ち溢れ、潮の香りと屋台からの香ばしい焼き物の匂いに満ち溢れていた。
店頭には見たこともない魚が並び、中には食べるのを戸惑う深海魚のような見た目の魚もあった。
「やっと着いたな、まずは宿でも探すか。手ごろで安いところがあればいいんだが」
この国では、治安は恐ろしいほどよい。
盗難や強盗は滅多に発生しない。ファンタジーにはお馴染みの山賊・海賊の類もいないそうだ。
すべては素質が見通せるお陰である。
まぁ、山賊の素質なんてものがあれば別だが。
俺たちは海沿いの景色の良い宿に決め、荷物を置いたら夕食まで自由行動とした。
俺はとりあえず早々に仕事を片付けるため届け先の冒険者ギルドまで足を運んだ。
賑やかな通りを一本外れた裏通りには淀んだ空気とジメジメした湿気が溜まっていた。
薄暗い路地を歩くと黒ずんだ看板に[冒険者ギルド バロック支部]の表記を見つけた。
「ごめんくださーい」
恐る恐る声をかけて扉をくぐるも、室内は誰もいなく辛うじてカウンターの奥から光が差し込んでいた。
「ん?誰かいるのかい?」
人の気配を察知してカウンターの奥から逞しい腕をしたスキンヘッドの男が顔をだした。
「王都のギルドマスター、マレットから頼まれた荷物を持って来たんですが」
俺は迫力にたじろぎながらも言葉を発する。
「あぁ、そいつはわざわざご苦労さん」
男は太い腕を差し出して荷物を受けとり、受け取り証にサインをして寄越した。
「はい、ありがとうございます。それではこれで」
俺はそそくさとその場を去ろうとする。しかしそんな俺の背に男の野太い声が突き刺さる。
「ちょっと待ちな。」
「はい!何かありましたか?」
恐る恐る振り向く俺。
「マレットの使いってことは、あんたも冒険者だろ」
「えぇ、一応は」
俺は相手の意図を探り探り答える。
「まぁそうビクビクするな、俺はジーク。ここの支部長なんて名乗ってはいるが本業は漁師だ。マレットの頼みでギルドを開いているが、実際動けるギルド員なんてほぼいなく、みんな本業と掛け持ちだ」
ジークはやれやれといった感じで話し出した。
確かにこの国では自分の素質にあった仕事が一番効率よく稼げる、わざわざ休みをつぶしてギルドの為に働く者は少ないとのこと。
「なるほど、それで俺に仕事を頼みたいと?」
「そういうわけだ、物騒な街道を通ってきたなら、そこそこ腕が立つんだろ。なら簡単な仕事さ」
ジークは俺を過大評価している。しかし土産物を買うにも財布が寂しかった俺には好都合だった。
「で、いったいどんな依頼なんだ?」
「実は、最近この街で度々行方不明者が出ていてな、その行方を探して欲しいと家族から依頼が来ているんだよ」
なんだか物騒な話だな。
「家出とかじゃないのか?」
俺は純粋に疑問を口に出す。
「その可能性もあるが、いなくなったのは毎回、兄弟・姉妹揃ってらしい」
「一人ならまだしも揃っていなくなるなんて、確かにおかしいな。しかし、人探しなんて時間のかかるとをやる余裕はないんだが」
俺も解決するまでずっとこの街に足止めというわけにはいかない。
「もちろん、滞在期間中だけで大丈夫だ。報酬も前払いと、成功時には達成報酬を別でつけるから」
さすがマレットのお友達だな。人をその気にされるのが上手い。
「わかった、その内容で依頼を受けよう」
俺は破格の条件に惹かれ、後先考えずに依頼を受けるのだった。
そして、いま俺の目の前には床がある。
両の手は相手に向かってハの字に揃え、背筋は倒していても丸まらず真っ直ぐに。
日本でのサラリーマン時代を思い出すぜ。
「もう、お父さん聞いてるの?」
セナの足元しか見えないが、怒りの熱気は後頭部に感じている。
「大変申し訳なく思っております」
そういえば昔、無茶して取ってきた営業の件で開発部門の人にも怒られたっけ。
懐かしいなー。
「まったく、さっきもむやみに突っ込まないでって釘刺したばかりなのに」
セナは半ば呆れて言った。
「まぁ、親父も土下座までしてるんだ、そのくらいで許してやったらどうだ?」
珍しくコウタが助け舟を出してくる。
「しかも、面白そうな依頼まで受けてきたしな。ちょうど退屈してたところだ」
なるほどそっちが目的か、いずれにしろ助かった。
ジークの話しでは狙われるのは兄弟・姉妹ばかり、おそらくジークもこの二人に期待して俺に依頼してきたに違いなかった。
まさか、マレットのやつここまで予測して俺をここに寄越したのか?
「ジークの話だとこの付近のモンスターだとしても、街道程の危険はないそうだ、二人がいれば安心だって」
俺は情けなくも二人に取り繕う。
「もう、お父さんも自分の心配をしてよ。わかったわ、危ないところには近づかない。これでいいわね?」
「はい、心に刻みます」
セナは再度呆れていた。こいつ母さんに似てきたな。
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昨晩はセナのご機嫌を取るため遅くまで旨そうな屋台を食べ歩いた。
そのため今朝は遅めの朝食となった。
「んじゃ、とりあえず軽く聞き込みから始めるか。被害者の家族は判明している限り二組、聞いて回るのに半日もかからないだろ」
俺は、ざっくりと計画を立て二人に告げる。
「そっちは親父たちに任せるよ、お昼にここに集合でいいな?」
コウタはそれだけ告げて部屋を出て行った。
「まぁ、聞き込みなら危険もなさそうだし。大丈夫だろ」
俺はセナに問いかける。
「まったく、お兄ちゃんはいつも勝手に行動して。そんなんだからリリー様にも迷惑がかかるのよ」
リリー、確か王女の名前だったか。コウタとパーティーを組んでよく訓練しているとは聞いていたが。
コウタよ変なことはするなよ、王女は一人娘、何かあれば我々一家の首が飛ぶ。
仕方なく聞き込みは俺とセナで行くことにした。まずは最初に事件にあった家族からだ。どうやら商人の家柄のようで門構えから、立派な造りが見てとれた。
「立派な家だな、これなら身代金もたんまりとれそうだ」
「もう、お父さん不謹慎よ!」
俺はセナに怒られ口を紡ぐ、するとゆっくりと入口の門が開いた。
「こんにちは、あなたが事件を調べているという冒険者さんかしら?」
門の奥では品の良さそうな細身の女性が佇んでいた。
「はい、お辛い心境かと思いますが是非当時の状況を伺いたく」
セナが淡々と答える。
彼女の話によると、仕事も順風満帆、特に恨みを買った覚えもないそうだ。家族の仲もよく、失踪当日もいつもと変わらなかったという。
「んー、犯人は人ではないのかもな。いなくなった当時はお子さんはどちらへ?」
俺は当時の状況を聞く。
「あの日は、子供達はお休みでした。私達は仕事がありましたので、子供だけで遊びに行ったんだと思います」
「遊びに行った場所に心当たりは?」
「よく行っていたのは、海沿いの入江です。時折、綺麗な貝殻を拾ってきては自慢していましたから」
その後いくつか質問したが有意義な情報は得られなかった。
「なんだか不思議な事件ね、街はこんなに平和なのに」
セナは帰り道、門をくぐりながらつぶやいた。
「ほんとにな、モンスターにしても目撃者もなく攫うならそれなりに知能はあるのかもな。とりあえず、もう一件にも聞き込み行くぞ」
「うん、わかったわ」
セナも真摯な親の様子を見て、同情心が沸きこの依頼に対する積極性も増していた。
二軒目の家は大通りにあるアパート内の一室だった。父親は王都に出稼ぎしているらしく、家には母親だけだった。こちらも犯人に繋がる情報はなく、当時の子供の行き先もおそらく海だろうとのことだった。
「わかっていたけど、有力な情報なかったわね」
セナは肩を落としながら歩く。
「まぁ、ここで分かればとっくに解決してるだろうからな。午後からはコウタを連れて海の方に行ってみるか」
そう言って俺たちは宿に戻った。
部屋に戻るとすでにコウタが寛いでいた。
「遅かったな、何かいい情報はあったのか?」
コウタはお茶を飲みながら聞いてきた。
「これといった新しい情報はなかったわ。午後からは目撃情報もあった海に行ってみようかと」
セナは答える。
「やはり、手掛かりは海か。いちおう海も想定して準備は整えておいた」
コウタは一人の間、船の手配や装備の確認などをしていたらしい。なかなか頼もしいじゃないか息子よ。
「それは助かる、これならすぐにでも出発できそうだな」
ひょっとして俺って役に立ってない。
不安になった俺は、せめて昼食の準備をして主夫としての存在をアピールするのだった。
賑わいのある港から少し行った海岸は、ピーク時だというのに人はまばらで静けさを保っていた。
「本当ならみんなでバーベキューでもして海を満喫するんだが、そんな雰囲気でもないな」
俺はプライベートビーチと化した浜辺を歩きながら言った。
「ほんとうね。この事件が解決したら、またみんなで来たいわね」
セナも後に続きながら呟いた。コウタは少し離れて海を眺めていた。
「やはり事件の影響か、人はいないな、これでは聞き込みもできない。」
俺はどうしようかと途方に暮れた。
「やはり沖の方まで出てみるか?」
コウタが提案してくる。
「そうだな、ちょっと遠くまで行ってみるか。
「わかった、船の手配に行ってくる」
コウタは用意していた船を呼びに港の方へ向かっていった。
俺とセナは、待つ間に海岸線まで近づき海の様子を眺めた。
「海はどこの世界でも同じだな。雄大で穏やかだ」
俺は水平線を眺めながら、その先にはない日本を懐かしんだ。
「目を凝らせば本州くらいは見えてきそうに思えるな。ん?なんだ?」
俺は水平線の彼方で蠢く黒い影を見つめて思った。
魚群か、いや大きいな、イルカ?そんなサイズじゃないクジラか?
影は近づくごとに大きさが増していき、暫くするとあたり一面海は黒く染まっていた。
「な、なんだこれは?」
俺は動揺し立ち尽くす。
「お父さん、なんか様子が変よ。急いで海から離れましょ!」
セナも何かを察知して非難を促してきた。内地へ向けて駆け出そうと180度方向を変えた足に何かが絡みつく。
「うわ!!なんだこれ触手か!?」
それは巨大なタコのような触手だった、俺の隣ではセナも触手に捕まる。
「やばい、海に引きずりこまれる!」
戦う術のない俺にとって、こうなると出来ることはなく、ただ相手の意のままに海へと連れ去られるのであった。
しばらくすると、海は元の静けさを取り戻す。さっきまでそこにいた二人の姿すらなく、その足跡もしばらくして波にかき消された。
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