【海の精】②


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「ちょっと、どうゆうこと?なんで男はおっさんなのよ!?」


冷たい石の感触、ヒステリックな女性の声が岩に反響して鳴り響いている。


「うーん、ここは・・・セナ!大丈夫か!」


俺は目を覚ますと、隣で倒れているセナの無事を確かめた。


「・・・お父さん?良かった無事だったのね、ところでここは?」


どこも外傷はないようで、とりあえず一安心だ。


「俺もさっき目覚めたばかりで、どうやら牢屋のようだな」


いま二人は周りを石で囲まれた牢屋の中にいる、唯一の出口は鉄格子で頑丈に塞がれていて破壊も難しい。そして、苔の生えた壁は、手をかけて登ることもできなかった。


「どうやら目を覚ましたようね」


暫くすると、奥の部屋から先ほどの女性の声が聞こえた。


「妾はこの地を統べる精霊。お主たちは妾の為に働いてもらう。そのためにここへ連れてきたのじゃ」


そういって姿を現した精霊は、人の形を成しているが体は水で出来ているのか、透明で透き通っていた。


「もっとも、本来はあの場にいた若い男を連れてくる手筈が間違えてこんな冴えない中年を連れてきてしまった」


精霊はしれっと毒を吐いてくる、ジワジワ効いてくるぜその毒は。


「間違いってことは、私はお役御免で帰してくれるってことは・・・?」


俺は恐る恐る聞いてみる。


「そんなわけなかろう、帰るときは死んだときじゃ」


ですよね。隣でセナが軽蔑の目線を向けてくる。すまん、期待はしていなかったが聞いておきたかったんだ。

セナは目線を精霊に向け問いかける。


「もしかして、何組もの兄弟を攫っているというのは?」


「そうじゃ妾じゃ。彼らはここにとどまり、妾の世話をさせておる。もちろん死ぬまでな」


精霊は答える。


「さて、おしゃべりは終わりじゃ。さっそく働いてもらうぞ。男を連れてまいれ」


精霊が支持を出すと、二足歩行のイカが触手で器用に牢の鍵をを開け始めた。


(セナ、コウタを呼べるか。あいつにこの場所を知らせてくれ)


俺はセナにだけ聞こえるように告げた。セナも理解したのか小さく頷いた。


「さぁ、こっちに来い」


俺は、イカの兵士に連れられてその場を後にするのだった。


牢屋を抜けてしばらく歩くと、開けた空間に出た。上を見上げると天井には海が広がり、薄い光も差し込んできていた。

天井には薄い膜のようなものが覆いつくしており、そこから水が漏れてくることもない。俺たちがいる空間には空気も満ちていた。

地面からは、十数メートルはあろうかという海草が生え。波もないのに漂っている。

海底のように静かな空間には、時折コーン、コーンという何かを打ち付ける音がこだましており、奥に進むにつれ、その音は大きくなり発信源と思われる場所では少年たちが斧を手に海藻を切り叩いていた。


「さぁ、貴様もこれで海草を切るんだ。切ったものはあちらに積んでおけ。実は取り分けて、こっちの箱に入れるんだ」


周りを見ると、すでに切り倒された海草と、紫色の丸い実が詰まった箱が並べてあった。

俺は粗悪な石斧を渡され、作業に取り掛かるように促される。


「とりあえず、コウタが来るまでは逆らう術もないしな」


俺はしぶしぶ石斧を振り上げ近くの海藻を切り落としにかかる。


カーン!


「っ、この石斧切れ味最悪だな。これじゃあ切るというより叩き割るだな。海草も見た目よい固くまるで木みたいだな」


こんなところ三日と立たずに心が折れる。コウタよ、早く来ておくれ。


カーン、カーン、カーン

石で石を砕く音が海底に響く。


「よし、こんなもんだろ。はいよ、一丁上がり」


俺は削った石器を少年に手渡す。


「おじさん、ありがとう」


うん、少年よそんなんじゃ上手な世渡りはできないぞ。

おじさんに軽くショックを受けながら、次はナイフにとりかかる。

手ごろな石と石をぶつけその衝撃で割っていく。なかなか気に入った形にならないので次々試していく。

何度目かの挑戦でいい感じの鋭い刃物が出来上がる。


俺の周りにはすでに作業に取り掛かってる3人の少年たちがいた。いずれも十に満たないような子供ばかりだ。俺はその子たちのために少しでも使い勝手のよい道具を作成していた。


「よし、これで実を取るのも楽になるな」


俺は石器のナイフを手に作業に戻った。


ここでの生活も一週間が経った。最初は難航していた仕事も、方法を変え道具を工夫すれば格段に効率が上がる。

我々作業者への配慮もあり、ちゃんと食事も出て適度に休憩もくれる。

一日十数時間休みなく働かされた以前のブラックな会社よりはよほどホワイトな職場であった。

最初の頃は子供ばかりのところへ大人が来たので、精霊にかなり警戒されていた。

しかし、俺の取り柄のない素質を見抜くや否や、警戒心も一気に解け今では監視もなく施設内を自由に行動できる。

俺はそんな精霊の同情心には気づかず、ただ業務態度が認められ評価が上がったと思い込んでいた。

胸中では適度な仕事が貰えてウキウキで働いていたのだ。


(お父さん!もしかして本当に死ぬまでここで働くつもり!?)


突然脳内にセナの声が響く、最初は驚いたがセナの能力【金蘭之契】はお互いの思考まで繋ぐことができるようだ。

汎用性のある便利な能力だ。


(そんなわけないだろ! それよりコウタとは繋がりそうか?)


(やっぱりダメみたい、ここからではお兄ちゃんの繋がりを感じ取れなくて)


セナの言霊も万能ではない、ここに来てから何度か試みているがコウタと意思が繋がらずここへ呼べないそうだ。距離が原因か定かではないが、コウタが来ないとなると自力で脱出するしかない。


(しばらくは身を潜めて脱出口を探してみるが、変な気は起こすなよ)


(いや、心配なのはお父さんだから!)


子供に心配される親って、涙が出そうだ。


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翌日から俺は早速動きだした、海藻のある作業場はある程度熟知しているので最初にいた牢屋付近を見に行く。

精霊はおらず、イカの兵士も一緒に出かけているようだ。3日に一度はそんな日があり、その間はわりと自由にできた。


「んー、牢屋は、ここで行き止まりか」


見るところもないので牢屋は早々に後にし、作業場に再度戻る。

作業場からは牢屋以外に三つ通路が伸びている。後の2つの通路は男性陣が暮らす部屋と女性陣がいる部屋だ。そして、残されたもう一つの通路を進む。


「この先は何度か行ったが、この扉の先は不明なんだよなー、出口があるとしたらここだと思うが」


俺は期待を込めて扉に手をかけドアをあける。鍵はかかってなく、部屋には沢山の本が並んでいた。


「精霊さんも勉強熱心なんだな」


魔術に関する様々な本みたいだが、俺にはさっぱり内容がわからない。床にも本や荷物が散乱している。その中で無造作に置かれた櫛を見つけて手に取る。


「セナの土産に貰っておくかな、退職金代わりって事で」


勝手に自己解釈しながら他にもブラシや鏡を拝借した。


「さて、出口を探しますか。」


本来の目的を思い出し、本格的に捜索を始める。それほど広くない部屋は隅々まで捜索するのにそれほど時間はかからなかった。


「うーん、何もないな外への出口はここにはないのか?」


俺が諦めかけたころ、本棚の一画が光出した。

俺は慌てて部屋を後にし立て付けの悪いドアの隙間から中の様子を伺った。


「まったく、毎回無理難題押し付けて嫌になる」


部屋の本棚がスライドし中から精霊が姿を現した。精霊はブツブツと文句を言いながら、本棚の下にあるボタンを押して出口を隠した。どうやらここが出口で間違いなさそうだ。


(ここまでわかれば長居は無用だな)


俺はそそくさとその場を後にした。

後はセナと打ち合わせをし、次に精霊がここを離れた時が脱出の時だ。

俺はドキドキとワクワクを抑えられないまま来た道を帰っていった。


「よし、誰もいないな、さぁ行くぞ」


予め複製しておいた鍵で牢屋を開けると、俺は先頭になって部屋を抜け出す。後から子供たちが不安そうな顔でついてくる。


「心配すんなって、それこそ命に変えても守ってやるからな」


子供というのは敏感である、大人の嘘や不安はすぐさま感じとる。俺は怖がらせないように力強く子供たちに伝えた。


「うん、おじさんを信じるよ」


根拠はないが、今はそれでも誰かに頼りたいのか子供たちは返事をした。とりあえずはこの先の作業場でセナと合流だ。


今日も精霊たちは出掛けている、時間にして三時間くらいは帰ってこないはずだ。

それまでに出口まで突っ走る。時間は少しも無駄に出来ない。


俺は、部屋を出て作業場に来ると石斧やナイフなど武器となりそうなものを手に取る。

あらかた準備が終わると遠くから女性陣の声が聞こえてきた。


「お父さんお待たせ」


セナを先頭に近づいてくる。少年たちも兄弟の再会に顔が綻んでいる。


「さぁ、ここからが本番だ。こっちだ付いてきてくれ」


俺は先頭になって下見してきた隠し扉のある部屋へと向かった。


誰もいない施設は恐ろしいほど静かで、自然とみんなの呼吸音すら静かになっていた。警戒しながら向かっていたので前に来た時より時間がかかり距離も遠く感じる。

しばらくして、目的の扉が見えてくる。前と同じ立て付けの悪い古い扉である。


「さぁ、この中だ」


俺は扉に手をかけ、力を込める。

ガタッガダガタ


「えっ!?」


扉は開かなかった。


「そんなバカな!」


俺はパニックになり扉の前で立ち尽くす。

それを見かねたセナが近寄ってくる。


「お父さん、何やってるのよ」


セナは俺の持つ石斧を奪うと、力一杯振り下ろした。

バキッ、バキッ!!


「えっ!?」


俺は目の前の光景に驚き、再度立ち尽くす。

あれ?セナってこんなに力強かったっけ?俺の中でのおしとやかな少女のセナが壊れていく。


「ふぅ、まぁこれで大丈夫でしょ。さぁ、お父さん、行きましょ」


「あっ、あぁ、セナお前ってそんなに力強かったのか?」


俺は驚きを隠せず声をかける。


「いちおう神官のだからね、鈍器ならある程度は使えるわよ」


セナは壊れた石斧を投げ捨てて答える。


「お姉ちゃんかっこいい」


後ろで子供たちの歓声が上がる。俺はとんだピエロだな。やっぱり素質ってすごい。


すっかり存在感の無くした俺は、みんなに続いて部屋へと足を踏み入れた。最初来た時より、荷物は増えていて色々な雑貨も部屋の隅に積み重なっていた。


「おっ、鍋だ、なかなかいいデザインだな。」


俺は家事で使えそうな鍋を見つけウキウキで鞄に詰めた。


「お父さん、もたもたしてる暇はないよ!」


セナに叱られ仕掛けのある本棚へと急ぐ。

確かこの辺に、俺はゴソゴソと棚を調べると指先がボタンに当たった。


「これか!」


俺はそのボタンを押す。

ゴゴゴゴ、音をたて本棚はゆっくり開いた。


「よし、ここからは未知の領域だな」


俺はその先へ歩みを進めた。てっきりすぐに出口かと思ったが期待は裏切られた。


「これは、予想外だな」


書斎の先では道は三つに分かれていて、先は見通せない。一つずつこまめに探しているとあっという間に時間は過ぎ、精霊が帰ってきてしまう。


「お父さんこっちよ!」


そんな状況において、セナは左の道を指し示す。初めてきた場所だが、ずいぶん自信ありげだ。


「セナ、何故わかるのか?」


「ここならお兄ちゃんとの繋がりがわかるの。こっちから反応があるわ」


なるほど。そういうことなら疑う余地はないな、俺たちはセナの先導のもと左の道を突き進んだ。

道はわりと広く大人三人くらいは横になっても進めるほどだ。天井も高く相変わらず上では魚が泳いでいる。

カツカツカツ、硬いガラスのような通路は歩くたびに靴音が響く。その中で一際急ぐ足音が聞こえてきた。

俺は足音が聞こえる後ろを振り向く。


「まさか逃げ出すような度胸があるとはな、子供だと思って甘く見ていたわ」


そう、遥か後ろには怒りに燃える精霊がいたのだ。


「まずい、みんな走れ!セナ先導を頼む!」


俺は子供たちを走らせ、最後尾からみんなを急かす。


「逃がすと思うか!?愚か者どもが!」


精霊は恐ろしい形相で迫ってきた。


やばい、めっちゃ怖い。謝ってももう許してくれそうにない。

そういえば、熊に襲われた時は死んだふりがいいとか。いや、それは迷信か。てか、相手は、熊じゃないし、精霊だし、精霊に死んだふりって効くのかな?


バカな考えばかりが浮かび、それでも走る足は止めない。もう、見なくても後ろから迫る精霊が距離を詰めてきているのがわかる。


「バカな考えをしたもんだ、とりあえず見せしめにおっさんは殺す!」


精霊は、怒りの色を滲ませて叫んでいる。

おっさんって俺だよな?あの子なんてちょっと老け顔だからおっさんに見えなくもないけど。少し前交わした子供のために命をかけた約束が揺らぎ始める。


「って、さすがに子供を犠牲にはできんよな!」


俺は意を決して振り向き様に石のナイフを投げる。

ナイフは精霊に当たるかと思いきや、精霊の背中から触手が現れをナイフを弾く。


「ふん、無駄じゃ」


確かにこんな攻撃では足止めにもならない。


「えぇい、何かないか!」


俺はヤケクソになり、鞄の中のものを適当に投げる。そこには書斎から持ってきた櫛もあった。

投げた櫛が地面へと落ちると、精霊と俺との間に巨大な針山が現れた。


「なっっ、なんだこれは!?」


俺は突然の出来事に驚いて足を止めてしまう。


「なんじゃこれは!?」


精霊も困惑している様子で、思わぬ足止めをくらっていた。


「なんだかわからんが、チャンス!ざまぁみやがれ!」


俺は捨て台詞を吐いて先を行くセナ達を追いかける。


「お父さん、あれはいったい?」


セナに追いつくと、後方に見える針山を指差して聞いてくる。


「よくはわからない。しかし精霊も容易に来れないみたいだ。さぁ、今のうちに逃げるぞ!」


俺たちはさらに気を引き締めて走り始めた。

針山が小さく見える頃、穴だらけの足を引きずる精霊が見えた。


大声で何か叫んでいる。


「ヤバい、もう超えて来やがった!出口はまだか!?」


「まだまだ先まで通路は続いてるわ」


セナは先を見て応える。とりあえず俺たちには全力で走るしか選択肢はなかった。

そこで俺は同じく書斎から持ってきたブラシと鏡のことを思い出す。


「もしかしたら、コレも同じように使えるのか?」


俺は願いを込めてブラシを投げつけた。

するとブラシは同じく大きな山に変化を遂げた。


「やったぁ、これでまた時間を稼げるな。」


俺は余裕ができ、また走り出す。


「この虫けらがー、次から次へとこざかしい!!」


精霊は余裕の感じも消え、感情剥き出しで叫ぶ。


この分ならかなり距離を離すことができそうだ。叫んでいる精霊を確認するため俺は走りながら振り返った。しかし、その油断が命取りだった。

俺は足元にあった石に気づかず、盛大にその場にこけたのだった。

しかも、転んだ拍子に自分の進行方向へ鏡を落としてしまう。

その結果、俺の目の前には鏡でできた巨大な山が立ち塞がっていた。


「これはいったい?」


セナが山を見上げて驚いている。子供たちも呆然と立ち尽くす。

俺は鞄を確認すると、やはり鏡がなくなっていた。ここでやっと転んだ時に落としたのだと気づいた。


「これは、精霊の書斎から持ってきた鏡だ。いま、転んだ拍子に鞄から転げ落ちて道を塞いでしまった。申し訳ない、」


俺は自分のミスでこうなってしまい、申し訳なく答える。


「いまは立ち止まってはいられないわ、さぁみんな早く登りましょう!」


セナはいち早く頭を切り替え、鏡の山を登り始める。


「きゃぁ!」


しかし、鏡の山は滑りやすく、登ったと思ってもすぐまた滑り落ちてしまう。


「これでは登れない、何か鏡を叩き壊すものでもあれば。」


石斧は壊れて捨ててきてしまった。こんなことならもう一個持ってくるんだった、俺は後悔しながら解決策を考えた。散乱している鍋ではどうしようもない。


「ふふふ、ははははっ、なんとも笑える光景よのぉ。ムキになって追いかけてみれば勝手に自滅しておる」


振り返ると精霊はもう目の前まで迫っていた。余裕を感じてか、もう歩くほどの速度でゆっくりと近づいてくる。


「まったく手間をかけさせおって、悪い子にはお仕置きが必要じゃな」


そう言うと精霊の手は触手となり鞭のようにしなって襲いかかってきた。


「危ない!!」


咄嗟にセナは子供を庇い、その背中に鞭が食い込む。


「うっ!!」


セナは苦しそうにうめき声をあげる。


「急がずともみな同じ苦しみを味合わせてやるものの、まぁよい小娘、お前からじゃ」


再度鞭が風を切り裂き、セナに襲いかかる。

俺は落ちていた鍋の蓋を手に、二人の間に躍り出た。


「そんな蓋ごときで何ができる、蓋もろとも切り裂いてくれる!!」


俺は無我夢中で蓋を構える、我が子を守るためにこの身を投げうつ覚悟であった。


-------------【家内安全】------------------


カン!

固い音を響かせ、ダメ元で掲げた蓋が精霊の鞭を難なく弾く。


「「なに!」」


攻撃を弾かれた精霊だけでなく、弾いた俺ですら驚きの声をあげる。もしや、この鍋も櫛と同様特別なアイテムか?


「ふっ、まだ希望はあるみたいだな」


俺は蓋を手に精霊に凄む。


「ふん!ただのまぐれよ!」


それでも、防がれて動揺した精霊は俺には攻撃せずに近くの子供に狙いをさだめる。


「危ない!」


俺はセナの元を離れ狙われた子供の元へ駆けつけ、蓋を掲げて精霊からの攻撃を防ごうとする。


ザクッ!

その結果、蓋は真っ二つに割れ、鞭は俺の体を深く傷つける。


「なんだって!?」


最初と違い紙のように切り裂かれた蓋を見て驚愕する。そして、後から鞭に打たれた激しい痛みが襲ってくる。


「あが、いってぇ、」


「はっ、本当にまぐれだったようじゃのぉ。ビビって損したわ。本当にさっきからちょろちょろと、煩い道化よキサマから死ね!」


パキパキパキパキ、パリン!


「死ぬのは貴様だ」


大きな音を立てて、鏡の山が砕け散り、懐かしい声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!」


セナが泣きながら呼びかける。


「セナ下がってな、親父も弱いのに無理して」


コウタは鏡の残骸を踏み締めながら、精霊に近づく。その手には大きな剣が握られていた。


「次から次へと、雑魚共が。そんなに殺されたいか!」


精霊は背中から更に触手を生やし、合計八本になった腕は空を切りながらコウタに襲い掛かる。

しかし、コウタが巨大な剣を振るうと八本の触手は次々と斬られていく。


「効かねえよ、このタコ野郎が」


------------------【唯我独尊】------------------------


赤い光を発しながら剣を振るうコウタにより、瞬く間にタコの精霊はぶつ切りとなるのだった。


そんなコウタの活躍を遠くでも観戦している者がいた。


「やはり彼は異質だな、せっかくの物語がめちゃくだ」


港町バロックから少し離れた岬の灯台に、二つの影が佇んでいた。

背の高い男性は憤りを隠せなかった。


「でも、面白かったよ」


傍の少女は眩しい笑顔で笑っている。

それを見て、男性も表情がほころぶ。


「まぁ、君が喜んでくれたのなら彼にも感謝しないとな。さぁ、次の話も始まるよ共に行こうか」


「うん、お父さん」


その後、二人はどこへともなく消えていった。


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「お父さん、お母さん!!」


いま俺たちは、最後の兄弟を家族の元に届けていた。半ば諦めかけていた家族にとって、突然の吉報は嬉しさと驚きを伴っていた。


「ふぅ、これで一件落着だな」


帰り道俺は、痛む胸を押さえて安堵した。


「お父さんまだ痛む?回復呪文はまだ不慣れで」


セナが心配そうに聞いてきた。


「このくらい大丈夫だ」


俺は強がって答える。


「私の言霊だと、バッサリ二つに分かれていれば元通りに繋ぎ合わせられるだけど、」


セナはしれっと恐ろしいことを言ってくる。


「んじゃ俺が傷口をなぞる様にバッサリと真っ二つにしてやるよ」


コウタが柄に手をかけて提案してくる。


「待ってお兄ちゃん、言霊で命まで繋ぎ止められるか確証がないわ」


セナは真顔で考え込む。セナよまさか父親で実験しようなんて言い出さないよね。


「いや、大丈夫だから、勘弁してくれ!」


俺は痛む胸を押さえ走り出すのだった。

思いのほか長い滞在になってしまったが、帰り道もあるので体力が回復するまでもう少し羽を伸ばすことにした。


「いらっしゃい」


相変わらず野太い声が誰もいない室内に響く。


「ここも久しぶりな気がするな」


ほんの数日前に訪れたバロック支部が妙に昔のことに思える。


「おぉ、ゲンタか!今回は大活躍だったみたいで、町中勇者だ聖女だの話しで持ち切りだぞ」


ジークは大声で語りかける、声が傷口に響く。


「まったくひどい目にあったよ、苦労して美味しいところは子供たちに持っていかれたしな」


俺はカウンターに腰かけてミルクを注文する。すると、酒がでてきた。


「これは俺のおごりだ、迷惑料ってやつだな。まぁ飲んでくれ」


見た目は琥珀色の透き通った液体で香りはよい、飲むとのど越しもさわやかだった。


「旨いなコレ」


素直に感想を述べると、ジークはカウンターの下から酒瓶を取り出した。


「だろ?俺のお手製。巨大ダコの触手を漬けこんだもんだ。なんなら少し分けてやろうか?」


そこには良い思い出のない触手が液体の中に浮かんでいた。


「まぁ、こうして俺も触手を攻略し、倒した気分にでも浸るか」


また一つマレットへの土産話が増えたな、カシロフにも土産が出来たし。

一人小さく微笑む店内には、相変わらず湿った空気が流れ込んで来るのだった。

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