第3幕
【ブーツを履いた猫又】
「いらっしゃい、いらっしゃい」「さぁ安いよ、安いよー」
休日の市場は活気で溢れていた。ついこの前に、魔王軍の侵攻があったものの市街地の被害は少なく、すぐに市民は普段通りの生活を取り戻していた。
「相変わらず、ここは賑わってるわね」
一緒に買い物に出かけたセナが言う。
「なんだか無理にでも日常を演じているかのような、今の情勢とは不釣り合いな空気だな」
横を歩きながら俺も言う。
さて、何をおいても今夜のご飯だな。俺は気持ちを切り替える。
「セナは晩御飯何が食べたいんだ?」
俺はリクエストを伺う。
「んー、昨日は串焼きだったから、ここはサッパリとしたものを・・・魚!」
セナは、考え込みながら見つめた前方を凝視して言う。
魚か、確かに最近食べてないな。ここは焼きか、いや煮物に挑戦するかな。レシピを考えながら前方を見ると、魚が歩いていた。
「か、かわいぃ」
セナは魚を見ながら呟く。可愛いか?
不思議に思ってよく見ると、何かが魚を背負って歩いていた。
「よいしょ、よいしょ。重いにゃぁ」
猫だった、見た目は一般的な三毛猫で大きさも本物と遜色ない。
しかしその猫は貴族のような奇麗な服を着て、二足歩行で魚を背負って歩いていた。
「猫さん、猫さん。荷物重そうね、大丈夫?」
俺がそんな事を思っていると、セナが猫に話しかけていた。
「これは、これは可愛いお嬢さん。御心配には及びませんにゃ!」
猫はセナにお辞儀をして応える。なかなか礼儀作法のわかるやつだ。
「良かったら、お魚代わりに運んであげますよ」
セナはしゃがんで猫と話している。
「おぉ、なんて親切なお嬢さんにゃ。申し遅れました、私はバンズと申しますトニオ様にお仕えする猫又に御座います」
猫又のバンズは挨拶をする。その尻尾は二本に分かれていてフリフリ揺れている。
「ご丁寧にありがとう。私はセナ、こっちは父のゲンタです」
セナもつられて挨拶している。
「これは親子水入らずなところ申し訳にゃい、実はこの魚を王城へ届ける途中でして」
バンズは応える。
「まぁ、スミスに用もあったし、ついでに魚持って行ってやるよ」
俺はバンズに答える、そろそろ前に渡したミスリルの加工も終わっているころだろう。
ついでに取りに行こうと考えた。
そうして俺は、バンズの魚を抱えて歩き出した。
バンズは丁寧にお辞儀をして、セナと話しながら王城へと向かう。
「バンズさんはいつもこんな大きな魚をお城へ運んでるの?」
セナは興味津々に聞いている。
「いやいやセナ様。今回はわが主、トニオ様からの献上品をお持ちしたまでにゃ。最上級魚マグーニョ、とっても脂が乗ってておいしいのにゃ」
バンズは涎を垂らしながら言ってきた。
「へぇ、わざわざ届けにくるなんて偉いわね」
「トニオ様の命とあらばにゃ。主は南の地で広大な農地と大きな城を有す立派な方ですにゃ」
バンズは胸を張って言う。
ここより南だと、魔王の納める領地の方角か、もし攻め込まれた場合を考えて後ろ盾になって欲し魂胆か?
俺はバンズの言葉から色々想像を膨らませていた。
「さぁ、着いたわ謁見の許可貰ってくるから待ってて」
セナはそう言うと一人で城内へと消えて行った。
「こうもすんなり城内へ入れるとは、もしやお二人は身分のお高い方なのですかにゃ?」
バンズが驚いて聞いてくる。
「特別な身分なんてないよ、ただの友人さ」
俺は適当に答える。バンズは今だブツブツと呟いていた。
しばらくすると、城内からセナが手を振って現れた。
謁見の許可も取れたらしく、俺たちは揃って城内へと足を踏み入れた。
「わざわざ足を運ばずとも家まで届けたのに、ゲンタよ、せっかちだのぉ」
スミスはいつものツナギ姿とは違いしっかりとした正装で俺たちを出迎えた。
「俺の用事はついでだ。お客様をお連れしましたよ王様」
俺はそういってバンズを案内する。
「王よ、お初にお目にかかりますにゃ。私は南方の領主トニオ様の使いでバンズと申しますにゃ」
バンズは畏まって応える。
「うむ、そう硬くならんでもよい。しかしトニオ卿とは聞かん名だな」
スミスは首を傾げた。
「まだ家督を継いで間もない若輩者故、今回そのご挨拶も兼ねて参上した次第ですにゃ。こちら、つまらにゃいものですが」
バンズに言われて俺はマグーニョを差し出す。
「これは立派なマグーニョだ。心遣い痛み入る」
どうやらこの魚、相当高価らしいな、俄然興味が湧いてきた。
「つきまして、是非我が領内においても、おもてなししたいのですにゃ」
バンズはスミスに語り掛ける。
「うむ、いまの情勢で城を空ける訳にもいかんしのぉ。そうじゃ、せっかくじゃし、ゲンタよ代わりに行ってまいれ」
いきなりの提案に、スミスはいきなりの無茶ぶりで返す。
「いいじゃないお父さん!せっかくだし行きましょうよ」
セナはすでにノリノリである。よほどバンズのことが気に入ったらしい。
「ふむ、王のご友人とあらば主もお喜びになりますにゃ。精一杯おもてなしするにゃ」
バンズも異論はなく、すでに決定事項のようであった。
誰も俺の意見を聞くことはなかった。
その後、一旦家に持ち帰ると返答し俺たちは家路に着いた。
「南方の領主ねぇ、魔王領も近いが大丈夫か?」
夕食のマグーニョを食べながらコウタは心配する。
「大丈夫よお兄ちゃん、トニオさんの領地から出る訳じゃないし。バンズさんも一緒だから。でも、そんなに心配なら一緒に来ればいいのに」
セナはコウタに応える。
「リリーの特訓に付き合わされてるからな、しばらくは無理だ」
コウタはむず痒そうに答える。
「ん?リリーって?」
俺は聞きなれぬ言葉に戸惑う。
「お父さん、王女様よ」
セナが耳打ちして教えてくれる。なるほど、思春期だねぇ。
俺とセナがニヤニヤしていると、コウタは察してかサッサと食事を終えて席を立った。
「まぁ、バンズの話しだと領内の治安はいいみたいだし大丈夫だろ」
俺はセナに伝え二人で行くことを決めた。
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出発日の朝、早くに玄関を叩く音が聞こえる。
「シライ殿ー!!お迎えに上がりましたにゃ」
どうやらバンズが来たようだ。
セナはウキウキしながら、バンズを迎え入れた。
「おはようございますバンズさん。今日も素敵な装いね」
バンズの格好はこれから舞踏会にでも出るよな立派な服と羽飾りのついた派手な帽子、真っ赤なブーツ、腰には小さな剣を刺していた。
「お褒めに預かり光栄にゃ、今日のために気合い入れて来たにゃ」
バンズの格好と言葉に、セナは抱きしめたい気持ちを抑えてムズムズしていた。
「さぁ、行きましょう」
そうしてワクワクした気持ちで出発するセナであった。
街を出ると、そこにはバンズの手配した馬車が停めてあった。
「徒歩では時間かかりますゆえ、馬車で移動するにゃ」
バンズは俺たちを乗せると、自分は御者席へと移って行った。
「さぁ、行くにゃ」
こうして馬車に揺られながら俺たちは南へと進路をとった。
しばらく何もない荒野が続き、俺とセナは馬車の心地よい揺れで寝入っていた。
「そろそろ、トニオ様の領地にゃ」
バンズの声に目を覚ました俺たちは、ハッとして窓の外に目をやる。
外には先ほどまで見えていた荒野はなく、豊かな農地が広がっている、麦の生産地なのか実った穂を人々が一生懸命刈っている。
馬車を見かけると皆が手を振っていた。
「平和な所ね、みんなバンズを見て手を振ってるのかしら? 愛されてるわね」
セナは外を眺めながら言う。
「トニオ様の人徳にゃ」
バンズは自信満々に言う。
いや、バンズの見た目の可愛らしさによるものと思うけどな。
それにしても、手を振る人の顔が笑ってないのも気になるな。
「この先に湖があるから、そこで休憩するにゃ」
バンズが告げてくる。
その言葉通りに、しばらくすると目の前に大きな水面が見え始めた。
「かなり大きな湖なんだな」
湖畔に停めた馬車を降りながら俺は言う。
バシャバシャ!
その時、近くで水の跳ねる音がする。
俺はその方角を見てみると、そこには裸の男がいた。
「あんた何してるんだ!?」
俺は不審に思って裸の男に詰め寄る。
「あっぁ、そ、その、」
男はもごもごと、はっきりしない様子で口篭る。
「トニオ様!」
その時、俺の後ろでバンズの声がした。
え?この半裸の男がトニオなのか?失礼だが、とても話しに聞いていた立派な領主には見えなかった。
俺はバンズの言葉に我が目を疑う。なぜ、ここに領主?なぜ半裸?
「いったいどうしたのですかにゃ?トニオ様」
バンズも慌ててトニオの所に駆け付ける。
俺はとりあえずタオルを取りに一度馬車まで戻る。
「お父さんどうしたの?慌ててバンズさんが駆けていったけど?」
心配してセナが近寄ってくる。
娘に邪悪な物を見せるわけにはいかない!
「いや、どうやら領主様がいらしたらしいんだが、」
俺はタオルを探しながらセナに説明を始める。
「あら、では早速あいさつにいかないと」
セナは俺の説明も程々に、急ぎトニオの下へ向かおうとする。
俺は慌ててセナの腕を掴み制止する。
「待て待てセナ!今は行かなくていぃ。しばらくここに居なさい!いいね」
俺はタオルと着替えを手にセナに言い聞かせ、足早にトニオの下へ戻っていった。
「おい、タオル持って来たぞ」
俺は急いでタオルをトニオに被せる。
「ゲンタさん、助かりましたにゃ」
「それでいったい何があったんだ?」
俺はトニオに尋ねる。
しかしトニオの声は小さくよく聞き取れない。
「ここは私から説明しますにゃ、トニオさまがこちらで水浴びをしていたところ賊が現れ身ぐるみ全部持ってしまったみたいにゃ」
見かねたバンズが代わりに説明する。
しかし身ぐるみ全部って服やズボンまで持っていくかねぇ。
「しかし幸い怪我もなくて良かったですにゃ」
バンズはトニオを介抱している。
俺は一応の為に持って来た着替えをトニオに渡し、着替えるように促す。
そのままトニオはコソコソと着替え始めた。
「しかし、護衛も連れずに領主様が一人水浴びなんて不用心じゃないか」
俺は着替えを待つ間バンズに話しかける。
「ここは治安がいいもので、トニオ様も配下の者もうっかりしておりましたにゃ」
「平和ボケか、そんなんだと魔王軍にあっという間に占領されちまうぞ」
俺は呆れてバンズに言う。
しばらくしてトニオが着替えを終えて戻って来た。
「ど、どうもお騒がせしました」
トニオはモジモジしながらお礼をいう。
普通の格好をしているせいか、威厳はなく冴えない青年にしか見えない。
性格は気弱な感じで、小太りな体系はとても武勲を上げているようにはみえなかった。
「さぁトニオ様、気を落とさずに城に帰りますにゃ」
バンスがトニオに優しく語りかける。
そして俺たちは馬車へと引き返したのだった。
「お父さん、バンズさん大丈夫?」
馬車ではセナが心配そうに待っていた。
「あぁセナ、心配かけたな。大丈夫だ」
俺は心配するセナに事情を説明しようとしたが、背後からの声がそれをかき消した。
「う、美しい・・・」
そこにはセナを見つめるトニオの姿があった。
その目はセナに釘付けで、頬は赤く染まっていた。
いくら領主でも、うちの娘はやらんよ。
「えっ、えっと、こちらの方は?」
あまりの迫力に何も言えずにいると、耐えかねてセナが声を上げる。
「あっ、紹介が遅れましたにゃ。この方が我が主、トニオ様にゃ」
バンズがハッとしてトニオを紹介する。
「えっ?あっ、はじめましてセナと申します」
セナはイメージと違うトニオを見て戸惑っている様子だった。
その間にもトニオはセナとの間を詰めてくる。
「セナさん、ようこそ我が領土へ、今日はゆっくりしていってくださいね。後で僕が各地を案内しましょう」
トニオよ、いくら領主だからといっても、ちょっと距離が近すぎるぞ。
俺は密かに怒りを燃やしていた。
「あっ、案内でしたらバンズさんに頼みますので。トニオ様もお忙しいようですから」
セナは慌てて取り繕う。
「いえいえ、あなたの為でしたら時間なぞいくらでも作りますよ」
トニオは諦めない。
さすがに何か言ってたろうとトニオに間を詰めたとき、バンズの声がした。
「トニオ様、とりあえず立ち話もなんですにゃ。いったん城に戻りますにゃ」
「それがバンズ、城なんだが、それが、」
トニオは急に口篭り、我々を気にしてトニオはバンズに耳打ちする。
フリフリ揺れていたバンズの尻尾も、トニオの話しを聞いて急にピンっと逆立った。
「にゃんですと!?城がオーガの手に!」
余程の事態なのか、バンズは慌てている。
「バンズさん、どうかしましたか?」
セナは気になってバンズに話しかける。
「それが、お恥ずかしいことに城をオーガに奪われましてにゃ」
「ってことは、領主さんここに居たのは城を奪われて帰る家がなかったからか?」
俺はトニオに向き直る、彼は申し訳なさそうに遠くで小さくなっていた。
「まったく、仕方ないにゃ。ちょっといってお城を奪い返してくるにゃ」
バンズは一人やる気を見せている。
トニオ以上に戦闘向きには見えないバンズで大丈夫だろうか。
セナも同じく心配に思ったらしく、
「バンズさん一人で危険だわ。私たちもお手伝いします。ねぇ、お父さん!」
あぁ、やっぱり俺も行くのね。
まぁ、大事な娘を一人で敵地に放り込む訳にもいかないしな。
「危なくなったらすぐ逃げるぞ!それでいいな」
俺は二人に念押しするのだった。
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「立派なお城ねー」
なだらかな丘の上に立つ純白の城、優雅なその姿に俺とセナは息をのんだ。
その場には城だけが建ち、街は丘を下った所に密集していた。
城が占領された為か、街にも活気はなく、ほとんどの店が閉まっていた。
「立派だが、街からも遠く城壁も堀もない。守備的には丸裸だな」
その様子が、先ほどのトニオと被りしっくりくる。俺は一人納得していた。
「昔は魔王もいなく、治安もよかったみたいですからにゃあ」
トニオと共に、先頭を歩きながらバンズが語る。
「いま住み着いてるオーガは一体だけなのか?」
俺はバンズに質問する。
「主の話しだと単騎で乗り込んできたみたいですにゃ。もともとオーガは、群れずとも力は強いですからにゃー」
話しを聞いて俺は段々不安になっていく、一人でも城を落とせるくらいの怪物なんてとても四人で手におえるとは思えない。
しかも、逃げ出したトニオが役に立つとも思えないしな。
「一度は不覚を取りましたが、今度は大丈夫。セナさん見てて下さいね」
トニオはセナに笑いかける。
セナも愛想笑いで返している。オーガより前に俺がボコボコにしたくなる笑顔だ。
「しかし四人で本当に大丈夫か?何か作戦でもあるのか?」
俺はバンズに問いかける。
「まずは、私と主でしかけますにゃ。こう見えて戦闘はおてのものにゃ」
バンズと共にトニオもガッツポーズを決めている。
いや、不安しかない。
俺はこっそりとセナに援護を依頼し、セナも不安な顔で頷いた。
城に近づくと人の気配はなく静まり返っていた。
どうやら他にモンスターの気配もなく、敵は一体だけのようだ。
ギギギギィ
俺たちは恐る恐る城内への扉を開ける。
室内に足を踏み入れると遠くの方から地鳴りにも似た音が鳴り響いている。
ゴゴゴゴォォー
「これはいったい?」
俺は誰にともなく問いかける。
「どうやら、誰かが戦ってるみたいにゃ」
「なんと、援軍か。今が好機ぞ!」
バンズの言葉に安心してトニオが答える。
彼はそのまま飾りの剣を手にドタドタ奥へと進んでいった。
「トニオ様、待つにゃ」
その後をバンズが追いかけている。
俺たちも渋々その後を追うのだった。
しばらく追いかけると大きな扉の前でトニオが聞き耳を立てていた。
「どうしたんだ?」
俺が伺うと、トニオは人差し指を口に持ってきて
「静かに、ここから話し声が聞こえる。何か言い争っているみたいだ」
小さな声で告げるのだった。
扉の中を伺うと、オーガが更に大きなオーガを一方的に攻撃している。
「まて、俺が悪かった。降参する、やめろシュラ・・・」
体長5メートルはあろうかという巨大なオーガは2メートルにも満たないオーガに倒された。
敵が一体になり、先の戦闘で弱っていると判断したのかトニオが語る。
「よし、扉を開いたら僕とバンズで攻撃を仕掛ける。お二人は壁際で巻き込まれないように退避してて下さい」
「トニオ様待つにゃ、ちょっと様子がおかしいにゃ!」
トニオは自信満々に答えるが、バンズは少し焦っているようだ。
「おぉ、まぁ頑張れよ」
その自信に押され、俺は言葉に詰まってトニオに応えた。
トニオそのまま勢いよく扉を開けた。
「邪悪なるオーガよ覚悟しろ!!」
今まで静かに近づいていたのに、ここにきて大声で牽制するトニオ。
扉の奥では背を向けていたオーガも、何事かとこちらを注目しだした。
「ん?なんだお前たちは?」
こちらを向いたオーガは体長は2メートル近くあり、肌はほんのり青い。
長い厚手のコートを羽織っているが、足元は素足である。
手には金属製の棍棒を持ち、長い髪をかき分けて額から一本角が生えている。
「我が城で好き勝手なことはさせん!」
かっこよく口上を述べてドタドタとオーガに切りかかるトニオ。
「そいつは違うにゃ!!」
バンズはそんなトニオに声をかける。
しかしトニオの耳のは届かず、既にオーガの目の前にまで迫っている。
オーガは、そんなトニオを一瞥すると手に持つ棍棒を横に払いトニオを吹き飛ばす。
「えっ!?がはっ!!は、話しが、」
トニオはそのまま壁にもたれかかるようにして、気を失った。
セナがトニオに駆け寄り様子を確認する。
「骨が折れてるみたいですが、命に別状はないわ」
それでもトニオに回復呪文をかけてやる。
「なんだ?威勢よく飛び掛かって来たわりにはあっけないな」
オーガは棍棒を振り回しながら言う。
「いや、ちょっと手違いがありましてにゃ。このまま見逃して頂けると有難いにゃ」
バンズは既に弱腰であった。
「ふんっ、そっちから売ってきたケンカだろ?そのまま売り逃げはよくねぇな」
オーガは笑いながら棍棒を構えた。
これは逃げられそうもない、暢気にノビている疫病神を恨みつつ戦闘態勢を整える。
「さぁ、準備はいいか?猫に小娘に、おっさん。ちと物足りねぇが、そろそろいくぜ」
オーガは期待を込めた笑顔を見せながら、ゆっくりと近寄ってくる。
すでにバンズは腰が引けている。
そこにオーガの棍棒が迫る、しかし身軽なバンズはヒラリヒラリと攻撃をかわしていく。
「ほぉ、いつまでかわしていられるかな?」
オーガの攻撃は、なおも激しさを増し、バンズも息が上がってくる。
俺は加勢するためにオーガの背後から近づき、持っていたウォーハンマーで殴りかかる。
バキッ!!
「そんなんじゃ俺に傷はつけらんねぇぜ」
攻撃は読まれていたのか、オーガの蹴りにより手に持つウォーハンマーは半分に折られていた。
俺が呆気に取られていると、そのままオーガの蹴りが目の前まで迫っていた。
「戦闘中に気を抜くと命取りだぜ?」
オーガの巨大な足が迫り、俺は咄嗟に両腕でガードする。
すさまじい衝撃が襲い、俺の体は壁まで吹き飛ばされる。
「ゲンタさん!!」
反対側で応戦していたバンズが身を翻して駆け付ける。
「なかなかいい小手だな、それがなきゃ両腕は粉砕していたんだが」
オーガは褒めるように言う。
両腕は痛むが動かない程ではなかった、これもスミスに作ってもらったミスリルの小手があったからこそだ。彼に感謝しないとな。
「これはちょいとヤバいな。何か秘策とかないのかバンズ?」
俺は何とか起き上がると、バンズに声をかける。
「まともに戦ったら勝ち目はないですにゃ。まさかこんな事になるとは」
バンズも恐怖で声が震えている。
「もう終わりか?んじゃこっちから行くぜ」
オーガが襲い掛かろうとしたその時、
------------------【金蘭之契】------------------
セナの言霊によってオーガの足が地面に縛り付けられる。
「今のうちに逃げて!」
セナの声により、俺とバンズは急いで体制を立て直す。
「こしゃくな!!こんなもので俺を足止めできると思うなよ!」
オーガは力を込めて床を踏み砕いて無理やり足を抜く。
「おいおいマジかよ!?なんて力だ」
俺はその力に驚愕する。
オーガはその後向き直って標的をセナに定めた。
「小娘、お前から倒されたいか!?」
「ヤバい!」
俺はセナの危機を感じ急いで駆けつける。
オーガの棍棒がセナに届く前になんとか、オーガの前に立ちふさがることが出来た。
「おっさん、一緒に砕け散れ!!」
オーガはなりふり構わず棍棒を振り下ろす。
------------------【家内安全】------------------
カキン!!
オーガの棍棒は俺の言霊によって弾かれる。
「なんだ!?さっきまでと手応えが違う、」
オーガは俺の言霊での防御に戸惑っている。
ここ最近理解したが、俺の言霊は家の中だけではなく家族ですら守ることが可能みたいだ。
あくまで対象は家族であるから、バンズやトニオ、俺自身には効果がない。
「セナ大丈夫か?」
俺はオーガの攻撃を耐えながらセナに聞く。
「えぇ、ありがとうお父さん」
今はなんとかオーガの攻撃を凌いでいるが、こちらには有効な攻撃手段がない。
このままではジリ貧だ。
「ここは俺が引き受ける、バンズ!セナとトニオを連れて逃げてくれ!」
俺はバンズに指示を出す。
「そんな、お父さんを残して行けるわけないわ」
セナが声を荒げる。
俺は隙を見てセナをバンズの方角へ押しやる。
「言い争ってる暇はない、早く行け!」
俺はセナに言い放つ。
「娘のために犠牲になるか、、美しい親子愛だ」
そう言いながらオーガは攻撃の手を止めていた。
「なんの真似だ?」
俺はオーガに尋ねる。
「ただ興が削がれただけだ。俺はもう行くぜ」
そう言ってオーガは背を向けて部屋から出ていこうとする。
「いったいどうして?」
セナも不思議に思って尋ねる。
「このままやったら、俺はアイツと同じになっちまうからな」
オーガはそう呟いて去っていった。
とりあえずは助かったようだ。
「なんか釈然としないな、」
緊張の糸が解けて、俺はその場にへたり込むのだった。
「さて、バンズ話しを聞かせてもらおうか。いまさら隠しても無駄だぞ」
オーガの襲来から一息ついた後、俺はバンズに問いかける。
バンズやトニオの言動に思うとこがあり、何か隠していると察したからだ。
「ゲンタさん、申し訳なかったですにゃ」
バンズは諦めたのか、ゆっくりと話し始めた。トニオはまだ気を失っている。
「実は私、魔王軍配下の者ですにゃ。今回はトニオを使って王国とのコネクションを持つために行動していましたにゃ」
「えっ魔王軍ってことはバンズさんは敵なの?」
セナがショックを受けている。
「それはこれからのお互いの行動次第ですにゃ。そして、王国の内情を知るために私が遣わされたのですにゃ」
「それなら普通に和平の使者とか言ってくれば良かったんじゃないか?」
俺はバンズに提案する。
「先の戦いで明確な対立行為を取っているから、話しはそう簡単じゃないにゃ。私は穏健派ですが、中には攻撃的な者もいて、魔王軍も一枚岩ではないんですにゃ」
バンズは肩をすくめて答える。
「それで信頼を得るために一芝居うとうとしたが、ことごとく失敗したわけか。もともとこのトニオが領主というのに無理があるな」
俺はトニオを見ながら言う。
「はいにゃ。このトニオに目を付けましたが、想像以上のお荷物でしたにゃ。もともと問屋の三男坊だとかで雇ったんですが、ここまで使えないとはですにゃ」
「気苦労が絶えなかったな」
俺はバンズに同情する。
「しかも抱き込んでいたオーガとは別のオーガが城に住み込んでるしで、めちゃめちゃにゃ」
「やはり、あのオーガもアクシデントの一環か」
どうりで最初トニオとバンズが自信満々なわけだ、本当のシナリオではオーガを倒してその力を証明したかったのか、俺は納得して頷いた。
「お父さん、バンズさんなんだか可哀そう」
すっかり落ち込むバンズを見てセナも同情する。
「悪意がないのは十分わかった。俺が王様に取り次いでやろうか?」
「ほんとですかにゃ!?このまま帰ったら上司に怒られるところでしたにゃ」
バンズは明るさを取り戻して言う。
「あぁ、でも期待はするなよ」
俺は念を押す。
「はいですにゃ」
そうして俺たちはバンズと別れて、それぞれの居場所へ帰っていった。
セナはバンズとまた会う約束を交わし、名残惜しそうに王都へと帰っていった。
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「それにしても今回はえらい目にあったにゃ」
魔王城の一角、豪勢な部屋にはバンズの他に二つの人影があった。
「猫さんお疲れ様、とりあえず無事でなにより」
小さな人影はバンズに労いの言葉をかける。
「またしてもシナリオは覆されたか。たった一つの不確定様子が混ざるとめちゃくちゃだな」
大きな人影は考え込むように呟く。
「今のうちに何かしらの手を打っておくべきか。バンズ、その者をここに連れてこれるか?」
「はいにゃ、主の命令とあればやってやりますにゃ」
バンスは姿勢を正して答える。
「猫さん、次も面白い話しを期待しているわ」
「毎回面白さを提供するつもりはないんだが。まぁ喜んでくれるなら構わないよ」
二人は見つめあって笑っていた。
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