春の夜と僕たちの空白

『出会った日のことは覚えていない。気がついたら彼女は僕の世界に含まれていた。昔は、離れる日がくるなんて考えたこともなかった。本当に、ずいぶんと昔のことだけれど』

中学校卒業直後の春休み、中村拓也は東北地方のある街から、小学生時代を過ごした東京の家に三年ぶりに戻ってきた。三年程度では街並みは変わっておらず、彼の家の隣にあった家もそのままだった。

この引っ越しが決まったとき、彼の頭に最初に浮かんだのは、その隣の家に住む、池内綺乃という同い年の女の子のことだった。彼女とは物心つく前から知り合っていた。しかし、拓也は小学生時代の大部分を通じて、綺乃と直接的に関わりあうことはほとんどなかった。綺乃は自分ことを嫌っているのだろう、と拓也は思っていた。三年前の、あの春の夜までは。

二人の間に積み重な…続きを読む