九 来訪者、ご参拝

 時間が時間だということで私は離れに戻ることになった。

 気絶していたとはいえ、そろそろ眠くなってきたところである。

 元日の早朝はなんとも静かだ。

 商店は休みであるし、私の兄や姉も今日は昼過ぎに起きてくるだろう。

 そういえば、私が着た浴衣はどうするつもりなのだろうか。

 彼女の部屋から着たあとの浴衣が二着出てくるとなにか勘ぐられそうな気もするが。

 まぁ、従業員の方々が少しばかり噂をする程度だろう。

 関係ない顔をしていればきっと誰も気付かない。

 冬の空は高く、澄んでいる。

 徐々に徐々に朝が夜闇を殺していく。

 どこか嬉しいような気持ちを抱えている。

 年が明けたからだろうか、それとも彼女に近付けたからだろうか。

 あるいはその両方なのだろう。

「すみません」

 声がした。

 その声の方に振り返るものの誰もいない。

「こっちだよ」

 背後から声、思わずもう一度振り返る。

 するとそこにいなかったはずの人物がいた。

 声の主は青い傘を持った黒い髪の少年であった。

 少々長い黒髪を縛り、畳んだ傘にもたれかかるようにして立っている。

「これはちょっとしたイタズラ。驚かせてしまったら申し訳ないね」

 私がいま気になってるのはどうやって振り返った私の背後を取ったのかということなのだが。

 眠気のためか私は細かいことを考えたり聞いたりするのを面倒に感じていた。

 それにしても、この辺りでは見かけない少年である。

「ご旅行ですか?」

「あぁ、そんなところなんだ。ねぇ、神社に行きたいんだけど、知らないかな。お兄さん」

「神社? あぁ……そこの道を真っ直ぐ行くといいですよ。今の時間は参拝される方は少ないとは思うけど、看板が立ってるので」

「そう。ありがとう」

 じぃ、と私の顔を見つめている。

 私の顔になにか着いているのだろうか。

 彼は私より少しばかり背が小さく、寒さのためか少しばかり顔が赤い。

 そんな彼が伏し目がちに私を見上げるようにして見ていた。

 頭のてっぺんに視線をやったかと思えば、今度は足の先に目を動かしているのだ。

「……なにか?」

「あぁ、いや。なんでもないよ、うん。本当に本当さ」

 ……どこか、偽りがあるように思えた。

 明確になにか怪しいところがあった訳では無い。

 事実、彼はなんてことないように言葉を吐いていた。

「お兄さんのことが少し気になっちゃったみたいだね」

「……」

 変な言い方はよしてもらいたい。

「むぁ、とにかくありがとう。これは……お礼。受け取ってくれるかな」

 そう言うと私の手を握って何かをねじ込んだ。

 何かと見てみれば透明なビニールの袋に入れられたアメである。

 羽を広げたような形をしており、綺麗に黒や白で着色された鳥の形だ。

「いや、悪いです。受け取れません」

「いいんだ。そのカササギはお近付きの印」

 返そうとする私の手を彼の両手が包み込む。

 どうやら、持ちかえるほかないようだ。

 ここで問答していてもお互いに体を冷やすだけである。

「この街で最初に会えたのが君でよかった」

「……そこまでのことはしてませんよ」

「そうかな? そうかも。また会えるといいね、お兄さんは素敵な人だからね」

 そう言われて閉口してしまう。

 なんとも不思議な人と出会ってしまった。

 寝ぼけて白昼夢を見ていると言われた方が納得できそうである。

「またね」

 私の思考など知らぬ顔で彼は走っていった。

 ツヤのある彼の縛った黒髪がしっぽのように揺れていた。

「……早く帰って寝よう」

 そう言葉にして、背を丸めて歩いていく。

 高い空にカラスが三羽ほど飛び回っていた新年の朝であった。

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