五 おおつごもりのひ
「若旦那、眠ない?」
「大丈夫です。昼に少し寝ました 」
「準備万端やねぇ……いま何時?」
私は腕時計を確認する、午前一時四十八分。
大晦日の午後十二時を超えて、元日へと至る。
初詣をするという約束だ。
この時間なら、別に家族に気を遣わなくてよかったような気がするがそれは結果論である。
「二時くらいになったら行こか」
「分かりました。そのくらいだったら人も少なそうですね」
「仮眠しとく?」
「結構です」
部屋に備え付けられたテレビを見つつ、言葉をかわす。
別に何があるというわけでもなく、ただ時間が来るのを待っている。
彼女は今日も何が楽しいのか分からないが笑っている。
そして時々私をからかうのだ。
去年までなら、私はこの時間を寝て過ごしていた。
日付が変わって少ししたくらいまでは兄や姉と一緒にいたが、今回は日付が変わる前に抜け出した。
大晦日の旅館はどこか慌ただしい様子を残しつつも、何とか回っているようだ。
その分、人目を盗んでこの部屋に来るのも苦労した。
「……そういえば、いつまで滞在されるつもりなんですか?」
「なんや。若旦那はうちに出てって欲しいん?」
「そういう訳では……ないですが」
こうやって彼女の部屋に来るのもいつか終わりが来るのではないか、と考えてしまう。
何事も永遠では無いのだから。
「……そやなぁ。うちに居場所はないからなぁ」
どこか遠い目をしてそんなことを言う。
「ここが貴方の居場所ではないですか」
思わず、そう言ってしまっていた。
居場所という言い回しが適切なのかは分からないが、彼女の籍がこの場所になかったとしても、長いことここにいる以上はこの旅館を居場所としてもいいと思う。
少なくとも私はそう思っている。
「……ふぅん」
「?」
「鬼にそないなこと言うたらいかんよ」
「……なにがいけないんですか」
その言葉に返すように鼻をつままれた。
息が苦しい。
そんなに強い力でつまんでいる訳では無いのに、しっかりと鼻の穴を潰されている。
「うちはな、お金で繋がっとるからここにおるんよ。いつでも離れてかまんように」
いつものような調子と顔でそう言って、私はどこか悲しい気持ちになった。
彼女のこれまでを知らないが、それでも彼女になにかの痛みがあるのは分かった気がした。
「それでも……ぐっ……」
息が苦しくなって言葉に詰まると、彼女の指が鼻を解放してくれた。
「若旦那」
「……はい」
「ん……いや、ええわ。そろそろ行こか」
立ち上がった彼女を私は見ていた。
いつもと変わらない様子、いつもと変わらない色。
「若旦那」
「はい」
「浴衣着ぃや。お揃いの格好で行こや」
「……じゃあ、むこう向いててくれますか?」
「別にええやろ、ほら、はよう」
結局、私の要請に彼女は応じてくれなかった。
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