十二 口伝・相対
「……おかしくないですか」
「まぁ、人がおらんはずやからな」
廃村の廃神社ではなく、元から誰かが住んでいたのか?
そんなことは無いはずだ。
彼女の話で聞く限り、人の住んでいるような状態ではなかったはずである。
「でもおった、そう言うしかないわな」
細長いあの山道を登ってきたらしい者たちの顔は知れなかった。
というのも、松明の火は確かに周囲を照らす明かりとなっていたのに、顔の部分には不自然に影がかかったらしい。
異常、超常が故の違和感。
それは人では無いものの本質のひとつなのかもしれない。
「……まぁ、すぐそないなこと言えんようになるんやけどな」
松明が作る火の花道。
そこを通ってやってくるものがいる。
身の丈は中肉中背、神主のような格好をした何か。
人の形をしてはいるものの、体のところどころから骨が見えていた。
目はなく、真っ黒なくぼみとかしたそこ……右目があったであろうと思われる場所には青い青い火が灯っていた。
そして、一番目を引いたのは角であったらしい。
「幹から一本立派な枝を抜いたみたいなもんでな」
骨とおなじ真っ白な角が枝別れし、時々その何者かの動きによって枝を落とす。
そうしてまた、どこからともなく枝のような角が生えてくるのだという。
「それが、うちを鬼にした」
「……」
「続けてええか? 顔色悪いで」
「……はい」
それは言葉を発することなく本殿へと足を踏み入れる。
彼女は自身の周りを何かが焼け焦げたかのような臭気によって包まれていることに気付いた。
臭いの元は目の前の幽鬼かと思われたが、それにしては臭いのする場所が多すぎる。
その理由を理解しようとする余裕はその時の彼女にはなく、いま私に語ることで彼女自身その時のことを整理してきるようにもみえた。
幽鬼が二人に近づく、身をこわばらせる二人にである。
声を上げることも、身動きをとることも出来ない。
恐怖、あるいは危機感。
身を覆うその感覚によって二人の肉体は支配されていたのだ。
幽鬼の目に宿る火が二人の方に向いていた。
幽鬼は言葉を発さない、しかし二人は直感的に理解した。
命を奪われるという予感。
絶望の色、背ににじむ汗の感覚、こみ上げる涙。
この世の全てが人生の幕引きを告げるためにあるかのような錯覚。
今にも目を閉じて全てを投げ出したいと思ったその時だった。
『殺すんなら、うちだけにして』
自分の身にまとわりついた恐怖を振り切って、彼女はそうしぼりだした。
『この子ぉはあかん。うちにして』
何度もそんな言葉をまくしたてたのだという。
「……どうしてそんなことを?」
「なんでやろな。あの子ぉがまいた種やけど……なんか、守ったらなあかんと思うたんかな」
得体の知れないものに懇願する。
その結果、確かに彼女の友人は命を拾ったのだという。
その代わり、彼女は鬼になった。
「その鬼の目ぇの火ぃが大きゅうなって……そんで」
彼女は火に身を包まれた。
焼かれるのかと思ったものの、そうではなかったらしい。
気付けば彼女は火の青に染められた空間にいた、天も地もなく水の中に漂うような感覚を伴ってそこにいた。
「初めに来たんは……痛みか」
下腹部に突き刺すかのような痛み。
肉をえぐり、痛みがそのまま上ってくる。
それが脳天に達すると、痛みは一旦納まったものの、今度はその痛みが体のあらゆる場所に起き始めた。
血は流れず、されど耐え難き痛みに晒され続ける。
叫んでも、のたうち回っても、助けの手が訪れることは無い。
痛みに気を失い、痛みで目を覚ますことの繰り返し。
それがどれだけ続いたのかは定かではない。
「昔の話や、そないな顔せんといて。うちまで
そうして、痛みの繰り返しから目を覚ますと彼女の前に幽鬼が立ち、言ったのだという。
『ひとつを与えるかわり、あらゆるものを失え』
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