十 口伝え

「三が日も活気あってええなここは」

「旅行で来られる方向けの店は開いてますしね」

「閉まっとる店は地元の人向け?」

「そういう訳でもないですけど、お正月休みをしてもいいくらいの大口のお客さんがいるんでしょう」

 詳しいことは分からない。

 私はこの旅館以外のことは何も分からないのだ。

「前に行ったお店美味しかったなぁ。また今夜にでも行く?」

「噂されますよ」

「されて困るんうちやないし?」

 私としては困って欲しいのだが。

 一応、私は未成年である。

「そういえば、今朝帰る途中に道を聞かれました」

「へぇ、ええことしたな。それは」

「カササギの形のアメを貰いました」

 私は、彼女に彼のことを話した。

 あの青い傘を持った黒髪の少年の話だ。

「……ん。さよか」

 私の話に彼女はそうとだけ返した。

 それは彼女にしては冷たい温度を持った言葉であった。

「なにか、気にさわりましたか?」

「んー? 別に、なんも……んー」

 妙に歯切れが悪い。

 彼女らしからぬ、と言うような口ぶりであったのだ。

 普段彼女は私のことを振り回すものの、基本的には私の話をよく聞いて話をしてくれる人だ。

「知り合いかもしれんな、と思って」

「そうなんですか? そんな偶然もあるんですね」

「あぁ……うたんは、鬼になってしばらくしてからやったかなぁ」

「……それっていつの話ですか?」

 私は彼女がいつから鬼なのかも知らない。

 だから、だいたいどのくらいの時期というのも考えられない。

 それを明らかにしておきたいとはあまり思っていないが。

「いつやろなぁ……まぁ、他人の空似言う可能性もあるしな? うちがこの目ぇで見ん限りはほんまにそうなんかは分からんよ」

「それもそうですが……」

「なぁに? 妬いとんの?」

「そうではないです……」

 嫉妬だとかそういうことではない。

 ただ、少し変わった人物だったから気になっただけである。

「そういえば、鬼になってからあんなことばかりなんですか?」

「ん? なにが」

「あの赤鬼ですよ。鬼がお金でできているなんて知りませんでした」

 私がそう言うと、彼女が腕を組む。

 そんな風になってうんうんと唸り始めた。

「どっからはなしたらええかなぁ……」

「別に、お姉さんがいいところからでいいですけど」

「そのいいところっちゅうんが、うちには分からへんのよ」

 彼女なりに色々考えてくれているらしい。

 どこから話せばいいのかわからない、と言うくらいには長い期間鬼だったのだろうか。

「じゃあ、鬼になった理由から聞かせて欲しいです」

「……まだ話とらんかったけ?」

「いつもはぐらかしてましたよ」

「さよか……まぁ、聞いて楽しいもんでもないし。鬼やらなんやらに興味を持たれてもなんやし、話さんとこうと思うてたかさかいに」

 彼女に質問した時点で多少なりとも興味はあるはずである。

 私が忘れるまではぐらかすつもりだったのだろうか。

「まぁ、ええわ。若旦那もハラ決めてるみたいやし」

 そう言って、私の体に自身の体を寄せてくる。

 机に肘をついてくすくすと笑っている。

 私は赤くなって身を固めている。

 いつもと変わらない距離感と関係で、彼女の唇が言葉を吐く。

「鬼退治ならぬ鬼産みの話をしたげよか」

「近いですよ」

「もっと近付いたげよか?」

「こういう時は離れようかと聞くものです」

「若旦那は離れて欲しないやろ?」

 閉口。

 何も言わない。

 言わぬが花、沈黙は金。

 どうせ全て見透かされているのだから。

「ほら、若旦那。聞き逃さんように」

 唇が耳元に寄せられ、囁かれてしまう。

 耳に息がかかってくすぐったい。

 流石に近付きすぎである。

 顔を伏せて、無理やりに口と耳の距離を離して。

「なぁに? イケズやわぁ」

「……お聞かせください」

 冬の夜更け、静かな夜の静かな部屋で、彼女の声だけが満ちていくのだった。

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