十五 認知と信仰

「……穏やかじゃあないですね。土御門さん」

「波瑠で構わないよ。敬語もいい」

「……波瑠さん」

「波瑠で構わないよ。敬語もいい」

 ……名前で呼ばなければいけないのだろうか。

 彼なりのこだわりなのか単に私を困らせたいだけなのか。

 話を円滑に進めるためには彼の言うとおりにした方が良いのだろうが、多少の抵抗があるのも事実だった。

「それで、どういう理由で?」

「……彼女はよくないものを呼び寄せてしまうからだよ」

「……鬼のことですか?」

「なんだ。そこまで知ってたんだね。ということは、彼女がお兄さんにそこまで見せたということだ」

 感動したように彼の目が輝きだす。

 土御門波瑠にとってその事実は喜ばしいことであると言葉に出さずとも理解出来た。

 私には何がどういう理屈でそうなっているのかは分からなかったが。

「君が見たように、この世には人と人ならざるものがいる。けれど、本来そういうものは限られた人間としか交われない。だけど彼女はその境界線を曖昧にしてしまう」

「……」

「霊を見るのもひとつの技能なんだ。なのに、君はこれまで何も知らなかったはずだ。鬼という存在は絵本の中にしかいなかっただろう。だけれど、知ってしまった。知れば人はそれを感じてしまう」

 本来閉じてしまっていたものを開けてしまう。

 私に彼はそう告げた。

「君は今後、身の回りに起きる不可思議なことに対して、鬼のような超常の存在を見出してしまうかもしれない」

「それが何か問題でも?」

「人でないものは認知や信仰によって生きてる。その存在を認めて知られる。信じて仰がれる。それこそがこの世ならざるもの達の寄る辺なのさ」

 寄る辺、人よりも強いであろうあの鬼が私たちに頼らねばならない。

 それは非常に歪な関係のように思えたし、少し納得しがたいものであった。

 鬼は鬼だ。

 虎が虎であるように、強くて当たり前では無いのか。

「納得出来ないって顔をしてるねお兄さん。じゃあ追加の情報を渡そう。進行や認知によって、あれらが強くなるとしたら?」

「……人に認知されないと弱い」

「その通り。彼女が君のような人を増やせば、この世にまた鬼やら何やらが増えてしまう。それを良しとするなら、僕は彼女を処理しないといけないのさ」

 そう言うとすたすたと私の前に彼が歩いてくる。

 綺麗な色をした澄んだ瞳だった。

 だが同時に私に語りかけてくる目でもあった。

 彼女と深く関われば、私自身も危ないのかもしれない。

「お兄さん」

 無遠慮に私の上着のポケットに手を突っ込んでくる。

「なっ……!」

「いやなに、ちょっと寒くて。ふざけてみただけだよお兄さん」

「やめてくれ……」

「ふふ。暖かいね。上着を着てくればよかったな」

 のんきにそんなことを言っている。

 人のを気持ちも知らずに動くのは彼女も彼も変わらない。

 なんとか彼を引き剥がしつつ、どうしたものかと腕を組む。

「そんなに心配そうにしなくても、大丈夫だよ。結局のところ、あの人が……あぁいや、あの鬼がどうするかだからね?」

「……そんな言い方はやめて欲しい」

「?」

「あの人はちゃんと人のことを気遣える人間だから」

「……なるほど。うんうん。お兄さんはそういう感じか。やっぱりいい人だ」

 そうだろうか。

 一体なにに納得したのか、やはり分からない。

「……また会おう。今度はお兄さんのいない時間に来ることにするよ」

「それはどうも……」

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