第7話 兄弟の愚行


 中は吹き抜けになっており、豪華なシャンデリアが目を引く。


 受付らしき立派な長テーブルの奥に、一人の女性がすました顔で椅子に腰掛けていた。




「とりあえず申し込むよ」


「こういうのって事前に審査とかないの?」


「そのための加入試験でしょ、いいから私に任せなさいっ」




 ずりずりと俺を引きずり続けるエリーは、迷わずそこまで進んで言った。




「あのー加入試験を受けにきました」




「推薦状はお持ちですか?」




「えっと……、推薦状?」




「はい。私どもはおかげさまで業界大手のクランとなりました。ありがたいことに、毎月百人程度の応募がありまして。特別な加入枠としましては、他のクランや国軍、義勇軍など責任者、管理者からの推薦状が必要となっております。なければ通常の、年一回の試験をお受けいただくことになりますが……。繰り返しになりますが、希望者の実力は年々上昇しておりまして、通常枠は若干名ですが、よろしいでしょうか」




「若干名とは、実際のところ何名ですか?」




 受付のお姉さんはその問いを受けて、周りをきょろきょろと見回した。


 こっそりいい情報でも提供してくれるのかな。 




「あまり大きな声では言えないのですが、本年は他のクランからA級冒険者が数名、B級が十数名移籍するとのことでして、通常枠は……その、一名です」




「……」




 当初は常に上がっていた口角も降りきって、顔に力がなくなった。




 エリー、黙ってしまったよ。








 クラン【落葉の丘】を後にして、俺たちはあてもなく町中を歩いていた。




「どうしようもないって。受付の人は一名って言っていたけど、あれも実際は嘘だよ。もう今年は受け入れる気はないと思う。切り替えてこーよ。クランは他にもあるし、そもそも個人でクエストを受ければいいんだって」 




「むー、気にくわない。私はウィルと二人で落葉に入る気でいたのに」


「機嫌直して? 他にもいいとこあるって。ほら、あそこなんてどう? 【狂乱の傍観者】。大手クランだよ?」




 三つある大手クランのうちに一つ、【狂乱の傍観者】。


 積極的に活動しないこと、かつギルドの要請にも応えないことから度々注意を受けている問題のクランだが、その実力はトップとの噂もある。S級が数人いることが知られているが、それよりもギルドから冒険者としての階級を剥奪された者のほうが多いという。




 いずれにせよ謎の集団だが、規則がゆるくてノルマもなく、集まりに顔を出さなくても問題ないというのが俺には魅力的だ。




 しかしエリーは断固拒否した。




「私たちなら絶対受かったのにっ。んーむかつくっ」


「いたっ」




 蹴り上げた小石が壁に跳ね返って、俺のすねに当たった。




 といっても責める気にはなれない。加入者は一人と聞かされて、彼女の望みは叶わないのだから。




「でもでも。ウィルが活躍するのは大きなところのほうがいいのっ。みんなに尊敬されるには、たくさん人がいるところの方がいいの」




「それはどういう?」




 口をとがらせながらも上目遣いでこちらを見ているエリーは、どこか艶っぽい。


 いつの間にか大人っぽくなったな。




 昔は、ねずみを町で見つけたら絶対につかみあげて喜んでいたのに。今は見向きもしない。 ほら、側溝にちゅーちゅー鳴いているねずみがいるぞ。




 しっとりとした眼で俺の服をつかみたぐり寄せるエリー。大通りから人通りの少ない暗がりの道に入る。




「ずっと頑張ってたの、私は知ってるから。ずっと見てから」


「ああ。小さい頃の話? そういえばサリーとの剣術指南、ずっと見てたな。エリーも参加したらよかったのに。あいつほんと強いよな。スキルと剣術をうまく合わせられているって言うか」




 騎士団の中でも着実に階級を上げている幼なじみに、思いをはせる。


 あいつ、元気にやっているかな。




「ん? どうしたエリー。ほほがパンパンだよ」


「むー! 他の女の話……」




 他っていうか、お前の姉の話なのだが。




「いたっ。ちょっと、また小石を蹴った? 貴族令嬢なのに行儀が悪いよ?」




 右足のふともも、ひざの裏あたりに刺激を感じ、となりを見るも。




「蹴ってないよ?」


「え、じゃあ今のは……!?」




 振り向くと、すでにそれは目の前に迫っていた。




 火炎球。




 うずを巻きながら周囲の空気を燃やしてしまうそれを、無様に転げながらもなんとか回避した。




「……俺の火炎球よりも、強い?」




 石造りの壁に大きな穴をうがった。焦げた匂いが鼻を刺激する。




「きゃああ! ウィル。くも、蜘蛛がいる」




 地面を埋め尽くしそうな数の真っ黒な蜘蛛。小さいが、その数が尋常ではない。




 魔物が地下下水道からあふれ出たのか、襲撃か。




 その答えはすぐにわかった。




「あなたでしたか。バレリーさん。目的は、いや、いいです」




 お世話になった店の店主がそこに立っていた。


 右手にはスクロール、左手には一冊の本。おそらく魔導書だ。とすれば、先ほどの火炎球はスクロールで放ったとみていいはず。




「ウィル!」


「あぁ。警戒だけは怠らないでくれ」




 ロングソードをすでに構えるエリー。理解が早くて助かる。


 目の前の男は、明らかに悪意を持ってきた。




「わかっている。あぁわかっている。少しでも信じたのが馬鹿だった。人は盗む。それが価値あるものではなおさらだ」




 魔導書がペラペラと自動でめくられて、開かれたページに記されている文字が上から順に光り、消えていく。




「自社ブランド商品だけは俺じゃない、まっくもって触れていないぞ。というかなにも盗んでいない」


「食らえ、その腹を満たすまで。召喚」




 追加で湧き出る小さな蜘蛛は、まっすぐ俺とエリーに襲いかかる。




「『火炎球』」




 足下に迫ったそれらを焼き尽くし、エリーの足下にも一発放っておく。蜘蛛は灰すら残さず消えた。




「はっ、やはりな。それはうちの商品だ。無属性のお前が火属性のスキルを使えるわけがない。衛兵に突き出すのも不快! この手で罰してやる」




「違うよ? これには深いわけがあるっていうか、確かに元は商品のそれかもしれないけれど、そういうスキルが勝手に吸収しただけであって」




「何言ってるのウィル! 横!」


「あぶっ」




 壁を這ってきた蜘蛛の群れを『氷撃』で凍らせ、それを叩きつけることで足下の蜘蛛を潰す。




 エリーもスキルを用いてうまく立ち回っている。こんな路地でロングソードを抜いたところで使えないだろうと思ったが、まさか武器にまとわせるなんて。




「あの馬鹿兄弟の言うことは事実だったか。大手のクランに加入するために盗みを働くなんて。無属性のお前をひろってやったっていうのに、恩を仇で返しやがって」




 馬鹿兄弟? くそ、サラバン兄弟の事か。あいつら、あることないこと吹き込んだな。




 


「感謝はしてる。俺は穏便にやめたかったのに」




「こざかしいぞ! 店の品を盗みやがって。ぶち殺してやる」




 バレリーは真っ赤なポーションを一気に三本も飲み、こちらをにらみつけている。


 なにを飲んだ?




 商品だけは充実しているから、予想が全くつかない。




「!?」




 一瞬目を離した隙に、その男はいなくなっていた。いや、厳密には見分けがつかなくなった。


 身体はみるみるうちに縮んで、蜘蛛となった。




 馬鹿め、焼き蜘蛛にしてやる。




「『火炎球』」




 しかし、無数にうごめく蜘蛛の中で、その個体だけは焼失しなかった。やはり策があってのことか。


 バレリーとされる蜘蛛の個体は、再び群れの中に姿を隠した。


 特殊な攻撃を隠し持っているはず。




「『風雪』」




 後方から放たれた地面を覆う冷たい空気は、触れたものを片っ端から凍らせていく。


 エリーのスキル。




 それも、風属性と水属性で一定の属性値がなければ習得、使用できないスキルだ。




「そこよウィル! 術者をたたいて」


「まかせろ!」




 一体だけ動ける個体。


 それすなわちバレリーだ。




 俺は両手に魔力を集め、頭の中で念じる。




『氷撃』




 ひし形のそれを身に受けた蜘蛛は、姿を元に戻しきる前に凍り、動かなくなった。




「悪いとは思っているんだバレリーさん。助けは呼ぶから」




 辺り一帯は極寒の地を思わせるほど冷え切り、霜が降りていた。当然近隣住人は異変を感じて騒ぎ立てている。




「逃げるぞエリー」


「わかってるって」






「面白いじゃないか。これだから受付は感知系を使えるやつを雇えって言ったのに。……ウィルと、エリーだったか」




「ん? 今の人って」




 エリーは誰もいない道の先を見ながら、ぼそりと言った。




「早く行くぞ。これはまた騒ぎになる」




 その腕をつかんで、俺は必死に走った。




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