第3話 スキル


「んー、これもいいな。どうだ?」


「こっちがいいわよ、ぜったいこっち」




 店内でいちゃつく中年の男女が入店してから、結構な時間がたった。彼らは俺を呼びつけたものの、まだ決めきれないと二人でうだうだやっている。


 お前が持っているそのローブは、定価は金貨二十枚、割引中だが十八枚の一級裁縫師が仕立てた代物。各属性、対応が難しい闇属性攻撃の耐性さえも備えている完成度の高いそれを、お前が買えるというのか。




 だめだ、落ち着こう。気が動転している。




 人生で初めての魔法。


 手に残ったぬくもりは生々しく残っており、鼻をつくこんがりと焼けた匂いは、まだ消えない。




 確定したわけではないが、この異常な事態を引き起こした原因はやはりスキル『吸収』だと思う。まずスキルだが、店番をする中で定位置であるここから近くにある大斧の特殊効果、それにカウンター前の魔導書にあるスキル。




 まるで、そこから吸収してしまったようではないか。




 同じ理屈で、各属性値も上昇していったのかもしれない。目の前にいる中年冒険者も俺より属性値が高い部分もあっただろう。もしかしたら、それすら『吸収』したのか。吸収といっても、奪い取ったわけではなさそうだ。この魔導書も効果は残っているみたいだし。




「またくるわ。なんかしっくりくるもんがなかった。じゃましたな」


「ねえねえ、喉が渇いたー。どこかで休みましょ?」


「ほしがりめ。わかったわかった任せろ」




 カランカランと、勢いよく扉を引いて二人は退店した。




「……結局買わないのかよ」




「おう坊主、久しぶり。さっきのはなんだ? 冷やかしの客か? この国も安全すぎてふぬけが増えたようだが」


 カカッ、っと白い歯を見せて笑う大柄の筋肉質なこの男には、大きな恩がある。




「ベイゼルさん! 戻ってたんですか。そうだ新作、仕入れてますよ。かなり質のいいやつを」


「そうか、まあ時間はあるから。旅の話でも聞いてくれや。剣の腕も後で見てやるから」


「はい!」




 S級冒険者『堅牢』ヘイゼル。


 短く刈り込んだ茶髪、傷跡が口を縦断しているのが印象的。




 嫉妬から、ひとり城塞なんて呼ばれることもあるこの四十前後の男は、土属性の属性値が九十五もあり、世界に名をとどろかせた。


 というのも、各属性値の上限というのはあくまでも、過去にそのくらいの数値を出した者がいるというだけだ。属性によっては、九十すら実際に出たことはないというものもあると聞いたことがある。


 そんな中で、目の前で自前の酒をあおりながら旅の話をする男は、現状、土属性で最強のスキルを使える唯一の者ということになる。




 その一つに、スキル『土壁』がある。


 土をどんな攻撃も通さない壁にすることが出来、その大きさ、形状とも自由自在。もちろん攻撃にも使える。威風堂々と仁王立ちのまま相手を無力化するその戦闘は、一見の価値がある。


 俺が幼いころにこの国で出会い、以降ずっと懇意にしてもらっている。剣術の師でもある。


 上達しているかは別だが、それは俺に問題がある。




「ん? そういえば『土壁』って、どっかで見たような」


「どうした坊主。悩み事か? 恋の悩みか。お前も大きくなったものな。時がたつのは早い」




 子供扱いはあいかわらずで、人前だと恥ずかしいのだが、親戚のように扱ってくれるのはどこかうれしかった。




「違うよ。ねえ、『土壁』って他に誰か使える人っているの?」


「おいおい、壁のスキルランクいくつか教えてなかったか? 属性値九十でようやく習得できるスキルだぞ? いるわけがない」




 だよな。




 ランクは知らなかったが、あんな大技そこそこの属性値でとれるわけがない。


 実は俺も使えるのです! なんて言えない。


 ヘイゼルはきっと喜んでくれるだろう。しかしなぜか、言い出せなかった。




 俺の中での最強は、ずっとヘイゼルだ。憧れの存在。




「そうだ。忘れる前に注文しておくか。ハイポーションと攻防のセットを五本。それに毒耐性ポーションの最高ランクを十本よろしく」


「毒耐性って事は、鬼蜘蛛に挑むの?」


「あぁ。次はあの足をすべて封じてみせるさ」




 深い傷跡が残る顔をゆがめて笑っている。狩りたい魔物を狩りたいときに挑むS級冒険者


は、どこまでも自由で、生き生きしている。




 カウンター奥の部屋へ戻り、その木箱からガラス瓶を五本と丸底のガラス瓶を十本、縄でしっかり固定。そして毒耐性の最高級品を箱入りのまま持って客に手渡した。


 先に置かれていたのか、カウンターには金貨でいっぱいの袋があった。




 これだけの金貨、安い家なら買えるのじゃないか?




「じゃあな坊主。つぎは蜘蛛の頭を土産にもってくるぞ」


「それはいいです。客が寄りつかなくなっちゃいますよ」


 カカッそうだなと笑い、購入した商品を革袋につめてヘイゼルは店を出た。




「やっぱり試したいっ。こればかりは我慢できない!」




 客がいないことを確認してから駆け足で裏に出て、手を前に突き出し、そのスキルを頭の中で念じる。




『土壁』。




 すると、前方に突如としていびつな土の壁が現れた。形や大きさ、厚みもまばらだが、明らかに土壁。冒険者を目指すきっかけとなったその男と同じスキルだった。




「これが『吸収』というスキルの真価か」




 俺の心の中では、目の前の高くそびえる壁のように冒険心が高揚していた。




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