第13話 陽気な歌


 ギルドにおける冒険者の等級。




 それは自身の能力と実績、まさに格を表すものだ。基本はF級からA級までがあり、A級冒険者の中から、厳密な審査を突破した者だけがS級になれる。


 等級が高ければ高いほど危険がつきまとうクエストや、機密性の高い依頼が受けられる。




 ちなみにD級までなら、街中での荷物運びとか屋根の修理みたいなクエストをいくつかこなせば上がれるらしい。




 つまり、魔物と対峙するという危険を冒す必要がないのがE、F級なのだ。




「よーしよしよし。ほら、ビーフジャーキーをお食べ」




 少女から差し出された肉のかけらをむしゃむしゃと食べるマーパ。




 狼って飼い慣らせるのか。いや、召喚獣だからか?




 山の中腹あたりにさしかかったところで日が落ちたので、俺たちは適当な場所で野営をすることにした。




 一匹を討伐。防衛拠点で群れの襲来を待っているチームはまだ接敵していないはずだから、一日目にしては悪くない成果だと思う。




「何匹を目標にするって?」 




 固い石のようだそれを、手のひらで転がす。


 討伐の証明をする必要があるため、ウォーインセクトの前歯は回収してある。




「聞いてなかったの? 三十匹よ三十匹」




 エリーは、レタスに焼いた卵をパンにはさみ、口に運んだ。




 俺はっと、味のしない干し肉にバーベキューソースを塗って、最後にトマトで決まり。




「ロリアはあと九匹でいいってことだよね?」




 茹でたほうれん草に干し肉、レタスでくるんだ卵にトマトとマスタードソースが塗られた干し肉、そして最後に細切りで揚げた芋をはさんだパンを、少女は小さな口に押し込んだ。




 全部入れたよこの子。


 .付箋文


「うん。そうだね。この調子で無理せず進めていこう。巣の破壊は見つけていけそうならってことで……いいねエリー?」




「巣を探しに来たんだけどねっ? 目的は巣の破壊だけどねっ?」




 あくまでもこのお嬢さんは並の成果では満足しないらしい。




 対象の魔物を倒すだけなら拠点で待っていればいずれやってくるのだから、山に入った以上、やめておこうなんて無理な話だ。




 夕食も一通り終えて、たき火で燃やすための枯れ木を探しに出ると、たいまつの火が三つ遠くの方に見えた。




 他のチームか。




 俺たち以外にも巣を破壊するために山に入っていたが、こんなに広い山で遭遇するとは。


「ちょっと様子をうかがってみるか」




 自分のたいまつを消して、音をなるべくたてないように近づく。




「なあ。もう少し後からでもよかったんじゃないか? 野宿なんて野蛮なこと」


「だよな。手柄を横取りするんだから。豚が太るまでそばで見ている必要はないだろう? おれ達に厩舎で寝ろとお前は言うのか?」




 さすがに社交界で着そうなひらひらがついたローブではないが、みるからに高級な服。たき火の周りには高そうなハムの塊とかがあるし、貴族連中で間違いない。




 上級貴族はこの試験も免除されているから、そこそこの貴族だな。俺からすれば十分金持ちな人たちで、うらやましい限りだ。




 あの伸びた黄色いやつは、チーズか?




「へへへ。すみません旦那がた。でも、考えてみてくださいよ? 最後に山に入ったチームがほとんどの巣を破壊して圧倒的な討伐数を出したのに、先に入ったチームは成果なしじゃあさすがにクランの試験担当官も怪しみますよ? 人目を引かないのが鍵です」




 小柄で猫背、不気味な白い肌にこいクマが目元にある男。あれはスリザだ! 




 その貴族二人に酒をついでいる。料理を皿に盛りつけて手渡した入りしているあたり、まるで使用人みたい。 




 あいつ、何してる? というか、横取り? 会話が物騒な気がするけれど、ウォーインセクトを狩るっていう話だよな?




「山に入ったチームの中に配慮すべき貴族はいないんだな? 後で問題になっても、もみ消せるのは平民やお前のようなゴミを拾って生きている連中だぞ? わかっているんだろうな? ほら、いいゴミをやるよ。食え」




 スリザの前に、たっぷりチーズがぬられたパンとソーセージが投げられた。


 当然それは地面に落ちて、土まみれになる。




 見た目通りの傲慢な貴族って感じだ。




「はっはっは。それはあんまりだろ。食べ物を粗末にしてはいけない。こいつらは腐りかけの物しか食わないんだよ。なあスリザ?」




 こいつも似たような悪党面。怒れよスリザ。




「へへへ。手厳しいですね旦那がた。抜かりはないです。一人だけ王都の名家がおりますが、冒険者登録すらしていない夢見がちなだけの無能で平凡な店番の男にご執心なようですから、そいつが身の代金目当てに凶行に出たってことにすれば問題ないかと」




 それ、俺のことではないよね? たしかに冒険者登録すらしていないし夢見がちと言われたら否定はできないけれども、俺のこと言っているのじゃないよね? 無能で平凡ってのはさすがにひどくない? 




 王都で店番をしている無属性のやつなんて、けっこういる……はず。




「ハッ。冒険書登録すらしていないやつが大手クランの加入試験を受けてるって? 本当か? D級に満たないやつって受からないんだろ?」


「なんでもいいが、しくじればお前がその凶行に出た犯人役をつとめるってこと、忘れるなよ?」




「もちろんです旦那」




 手をこねくり回して笑い、こびへつらうスリザ。あきらかに年下の二人に笑顔で酒をついでいる。


 スリザは違うと思うが、お前等は未成年じゃないか。




 これがあいつの真の顔なのか。いいやつだと思っていたのに。一緒に頑張ろうとか言っていたのに、内心では無能店番野郎とか思っていたなんて。つらい。




 俺はしょぼくれつつも気づかれないようにその場を離れ、愛すべき仲間たちのもとへ戻った。




「おかえりウィル。あれ……枯れ木は? 枯れ木を拾いに行ったんじゃなかったっけ?」


「うん。そうだった、俺は枯れ木を拾うことすら出来ない無能な店番なんだ。冒険者登録すらせずに大手の試験に挑む無能なんだ。俺が枯れ木になるよ」




 燃えてしまおう。そうすれば役に立てる……。




「ちょっとなにしてるの!? 危ないでしょ! どうしたの? なにかあった?」




 エリーは慌ててたき火に突っ込もうとした俺を抱きかかえた。




「枯れたんだ俺は。拾うどころか……そこに落としちまった。いや、すでに枯れきっていたのかもしれない。やっぱり、俺自身が枯れ木だ。冒険者としての」




「ちょっ、何してるのって! ちゃんと立ってよもう。なんだかしらないけど、もう寝ましょ。起きたら忘れてるから」




「近くに朽ちた木があったから見てくるよ姉ちゃん。その、ウィルくん……おやすみ」




 申し訳なさそうにその場を後にする少女ロリア。




 こんな小さい子にも気を遣わせてしまったというのか。




「……ありがと。ほら、もう寝て? 子守歌を歌ってほしい?」




 いらないよそんなの。子供ではないのだから。




 目を閉じると、耳元からエリーの歌が聞こえてきた。


 やさしいやつだ。こういうときは面倒見がいいな。今度はなにかお礼をしなくては。




 と思ったのもつかの間、その歌はとても陽気なもので、エリーが歌い終わるまで眠れなかった。




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