第14話 使えるスキル
早朝。
俺の周りには六体の動かぬウォーインセクトが転がっている。
やつらの朝は早いのか、やかましい羽音や鳴き声に俺達は起こされ、そのまま戦闘に突入した。
「そっちに行ったぞ! 矢に気をつけろ! あんまり当たらないけど」
木々をぬうように飛び回るウォーインセクトが三体。ロリアの召喚した狼から逃れ、エリーに迫る。
齢十五歳の割と名家に生まれ育ったその娘にとっては、そのブンブンとうるさい魔物はあまりにも脆弱な存在であった。
「足りない、足りないよ!」
射られた三本の矢をショートソードで連続して払い落とし、そのまま一番近くの個体の腹に剣を突き刺した。そのまま串刺しとなったウォーインセクトを次に近い個体に剣を振るうことによって投げつけてぶつけ、後ろにあった木に当たって下に落ちたところで二体とも串刺しにした。
これを見ていた三体目のウォーインセクトは、仲間がやられたのに臆していないのか、はたまたそこまでの知能すらないのかわからないが、返り血をあびたエリーに、まさにバイキングが如く勢いで敵を屠る娘に突撃するも、短剣を持つ腕、そして矢を放つ腕を次々に切り落とされ、最後に首を両断され、不快な音を立てなくなった。
「……どうしてとっとと冒険者登録しなかったの? 君ならあっという間にA級冒険者くらいにはなれるでしょ」
討伐数、八。強すぎる。
どうやら風属性のスキルを使って加速していたみたいだが。
「確かに。……どうして登録すらしてないの?」
ロリアは、狼と一緒に口を開けていた。
少女の討伐数は七、三人のうちで常に首位だったが、ここにきてエリーに抜かされた。
「ふふ。実力があれば始めるのが遅いくらいたいした問題ではないの。ねっウィル?」
ほほについた血を高価そうな手ぬぐいで拭き取るエリーは、こちらに微笑みかけた。
その童顔も相まって、笑うと途端に幼い少女に見えるのだから不思議だ。魔性というやつか。頼もしいのはいいことだが、俺の活躍がかすむ。
一番早く六体倒したのに。
試しにやってみたスキル『召喚』で見事にゴーレムを出したというのに。
ウォーインセクトの頭を掴んで握りつぶす様は、圧巻だったのに。見応えあったのに。ゴーレムにしては背が低いから、君たちの興味を引かなかったのかな?
「ウィルくん。足下のそれ、動いてるよ」
ロリアの言うとおり、頭を潰されたのにもぞもぞと足でもがくその個体を踏み潰す。
「ちょっとウィル! 聞いてるの?」
「ああ。よかったぞ。俺のゴーレムよりは速かった。速さと判断能力は上回っていた」
「なんの話をしているのっ? ほら、巣は近いわよ。ずっとこの先からわいてくるんだから。間違いないっ」
「わかったから。ゴーレムも召喚できる俺を先頭にして進むから、二人はついてきて」
「……」
少女は俺の必死さになにかを察したようだが、気にしている場合ではない。これは自尊心を保つために必要なのだ。
友達になれると思っていたのに、あんなことを裏で言われていたのだから、必死にもなるよ。
バフッ、とその狼は突然、主の方を向いて鳴いた。
足下で犬ばりにくるくる回っているが、何かを見つけたのか。
「その狼、なんだって?」
「あー……、巣を見つけたみたい。ウィルくん、悪いんだけどついてきて? そっちにはないから。ごめんね。悪いとは思ってる」
「……」
なぜ狼は人の顔を立てるということが出来ないのか。
イヌ科の動物とはいえ、しょせんは獣ということか。
「止まってウィルくん!」
「ん?」
「痛っ! ちょっとウィル、いきなり止まらないでよ。……どうしたの?」
先頭を行くロリアの先には、枝が幾本にも組まれた門があった。地下へと続く入り口にあるのだとすると、あそこが巣か!
「よし! 『火炎球』を何発がぶちこむぞ。ふたをして空気を閉じ込めれば――」
「違う、そうじゃない。あっちを見てみて。他のチームがいる。それになんか、様子がおかしい」
その小さな人差し指は、他のチームと思われる受験者を踏みつけるスリザがいた。意識がないのか、三人ともうつ伏せになって倒れており、ぴくりとも動かない。
後方には昨夜も一緒にいた男が二人。小男の暴虐を楽しむように見ている。
やはり昨夜一緒にいた二人とチームを組んでいたのか。
スリザ……。
成り上がるために仕方なく嫌みな貴族と組んで俺の悪口を言っているという可能性を胸に、眠ったのだが。
あの顔はやらされているものじゃない。あきらかに楽しんでいる。
嗜虐心を隠そうともせず、動かぬ男の頭を気が済むまで踏みつけ、懐から討伐の証しであるウォーインセクトの前歯を回収した。
「へへ、旦那。結構持ってますが、この量だと巣にはまだ手をつけてないようです。これから挑むつもりだったのでしょう」
「いい、そんな汚い物持てるか。お前が持ってろスリザ」
「他のチームはなにをやっている。ゆっくりやって来たというのに、無能どもめ。巣を見つけたのはこいつらだけなのか? 遅すぎる。いや、おれ達が早いのか? とにかく少し離れたところで時間を潰すか。お前は見張っていろよ小男」
へらへらした態度でここを去ろうとする二人に、スリザは頭を下げ続けている。
「どうするのこれ、ウィル、どうするの? あきらかに倫理違反で失格でしょ」
「戻ってクランの試験担当官にチクるか。まだバレてないし」
「逃げられたらどうするの? 証拠もないし。それに倒れてる人たちは今すぐにでも助けないと。とっ捕まえてクランの人たちに突き出しましょ」
こいつの正義感はご立派だが、勝てる保証はない。勝てる確信が持てるほどの力量差があるなら踏ん切りもつくのだが。
「でも、貴族たちはたしかC級って言ってたし、あの小さい人は……かなり強いよ」
「え? ロリア、それは本当かい?」
「うん。クランの人が『感知』スキルで一人ずつ属性値を測っていった日のこと忘れたの? あの小さい人、闇の属性値が四十もあって会場がざわついてたよ? 過去最高らしい」
「あー、なぜか聞いてなかったんだよ」
俺の闇属性っていくらだったっけ。四十はなかった気がする。
闇属性は魔族が得意とするスキルを習得する事ができ、中には魔族に有効なスキルも含まれているらしいが、基本的には対人戦において有効なスキルが多いとなにかに書いてあった。
スリザはいったいどんなスキルを使うのかな。
一通り物色し終わったその小男は、巣の中へと一人で入っていった。
さすがに無謀だ。
クランの試験担当官の話では、巣の内部には女王の世話をする個体がざっと数百はいるとの事だ。出入り口はここだけであればいいが、おそらく複数あるだろう。
俺達の試験はあくまでも飢餓状態の猛り狂ったウォーインセクトの討伐。巣の破壊は他の人たちに任せればいいさ。
「……ねえウィル。そろそろ大丈夫よね? あの人達助けなきゃ」
「ああ。いったん拠点まで担いで戻ろう」
「ロリアが周りを警戒する」
「まかせたよ」
再度周りを警戒して、魔物の人もいないことを確認してから、三人ともが走ってそこにッ向かった。
倒れている男達は見るからに重傷だが、かろうじて息はあった。支給された三本のポーションと、持ち込みのポーションを傷口に振りかける。
「くそ! 塞がりきらない。傷口が広すぎるのか……」
二人はなんとか出血を止めることが出来たが。もう一人は。
左の鎖骨が砕かれ、肋骨が数本不自然な方向に曲がっている。ここも折れている。骨の治癒を優先しているからか。
「ちち、血がいっぱい。このままじゃ死んじゃうよっ! どどどどうしようウィルどうしよう」
慌てふためくエリー。
躊躇なく敵に突っ込むくせに、こういう場面には慣れていないらしい。
俺もだけど。
「あまり得意じゃないんだけど、やるしかないか。ウィルくん。ちょっと手伝ってくれる?」
ロリアはそでをまくり、ベルトに固定してある小さなかばんからコルクのような物を取り出した。
糸? が巻き付けられている。そしてコルクに差し込まれている鉄の薄い針。
まさか。
「縫合するの? ロリア、そんな経験も?」
「まあね。冒険者をやっていれば、ポーションを切らしてしまうこともあるから。その時は、縫うか焼くかだよ。この傷は、焼いて塞ぐには広すぎる」
「はわわわ。麻酔はないの? まま麻酔なし」
たくましすぎる目の前の少女に、うろたえるエリー。ひざがガクガクしている。
「ふふ、お金持ちだね。麻酔なんか買ってる余裕はないよ」
ロリアにより着々と進められる準備に、温室育ちのぬるま湯人生を送ってきたことを痛感させられた。
何も出来ないのか。俺には。
「糸はいいものじゃないし、なにかに感染して死んじゃうかもだけど。いくよ?」
糸か、治癒系のスキルでもあれば。
店にその手のスクロールを取りそろえていた。高級店であるあの店には、S級やA級の冒険者よく来店するが、彼らは一時強化系の品物より回復系の品物を買う。
それはひとえに自身の力のみで敵に挑みたいからだ。自分の腕で、剣で、スキルで強敵を屠る。そのために必要な分の回復を行う。
自分の力で勝たねば意味がないのだ。自尊心が高いもんだと俺はいつも思う。
スキル、糸。
「ん? ロリアちょっと待ってくれ。使えるスキルがある」
二度目の鑑定の儀において判明した所持スキルに、使えるものがあるじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます