第15話 目を合わせてよロリア
スキル『聖なる金糸』。
おそらくは店に陳列してあるスクロールから『吸収』したスキル。高級品なのは言うまでもない。
スクロールなら無属性の者でも一度限りではあるが使えるが、これを習得しようとすれば、光属性の属性値が二十、水属性の属性値が三十は必要だ。
習得難度の高いそのスキルを頭で念じてみる。
「きれい……。ウィル、それって」
右手の人差し指、その先に現れたのはきらびやかな糸。針はないが、このまま任意のものを縫い付けられると直感でわかる。
いや、これもなにかで『吸収』した知識かもしれない。
「縫合を開始する」
ごくりとつばをのむ少女の横で、鎖骨上部から順に『聖なる金糸』をらせん状にして傷を塞いでいく。
「すごい。こんな綺麗に塞いじゃうなんて」
縫合完了。
糸は光を帯びて消え去った。痕こそ残っているが、きっちりと塞がっている。
このスキルは使える。
あっという間にくっつけてしまうなんて、想像だにしない。
もしかすると、骨や腱もくっつけることが出来るのかもしれないな。もう傷口を塞いでしまったから試しようはないが。
「これで山は越えたわね。さ、山を下りるわよ」
「え? なんだって?」
思わずエリーの顔を見るが、ふざけたわけではないようだ。赤いけれど、真顔だ。
「なにもおかしなことは言ってないっ! もう、行くよ」
「ふふ。お姉ちゃん面白いっ」
少女と一緒に笑い合っていたため、そこに近づく小さな男に気づくことが遅れた。
「『禁言』『拘束』」
「!?」
声が出せない。喉を鳴らすことも出来ない。
それに、動けない、だと!?
スリザは一体の骸となったウォーインセクトを俺の足下に投げ捨て、さらにスキルを発動させた。
「『冒涜』。…………話せないというのもつまらないですね。でもまあ、効果を確認しておきたかったので仕方ありません。積もる話もあるかとは存じますが、それはまたの機会に。あればですが」
言って悠然と歩き出す小男の背を、俺達は見ているしかなかった。
頭を整理しよう。
こういうときこそ落ち着かなければ。
かけられたスキルは三つ。『禁言』『拘束』『冒涜』。話せない、動けないのは予測通りだろうが、最後の冒涜はなんだ? なんのスキルなのか。
「んん。んんん」
「?」
声のするほう、エリーを見る。骸骨をいきなりぶつけてきたページャー試験官みたいなしゃべり方だな。おかしなやつだ。結構似ている。
ん? 声?
「んん。声、でる」
力を入れてみると、身体も少しずつではあるが動くようになっていた。
スキルを使った者が離れたから、効力が薄まったのか。
「動ける! みんな大丈夫か?」
「ウィルくん後ろ!!」
振り向くとそこには、巣から飛び出し一目散に向かってくるウォーインセクトの群れだった。
「『火炎球』!」
先頭集団に一発たたき込む。
群れは左右に分かれるも、半分ほどが灰となった。ついでに巣の入り口にある枝で出来た門と何本かの木が燃えた。
「各自離脱っ! 身を守りながら後退しろ。『氷撃』」
第二第三集団に氷の塊を飛ばす。これを受けたウォーインセクトは触れたところから全身に広がっていく氷にあらがえず、勢いを失い羽を凍らせたところで石のように地面に転がっていった。
「いったん離脱は賛成だけれど、こっちには一匹もこないよ?」
「同じく。ウィルくんばっかりだけど、なにしたの?」
「なにもしてないよ! いや狩ったけども。六匹ばかり。俺が一番少ないのに、どうして俺ばかり……」
スリザが最後にかけたスキル。
それが気になった。言葉の意味からしておそらくそうだ。
一心不乱に突っ込んでくるところからも、相当お怒りな模様。スキル『冒涜』は俺にかけたというより、ウォーインセクトにかけたのだ。
「こっちにもちょっとぐらいこーい虫ー。無視するなー」
「え? なんだって?」
思わずエリーの顔を見るが、ふざけたわけではないようだ。顔は赤いけれど真顔だし。
「なにもおかしなことは言ってないっ! もう知らない。助けてあげないんだから」
「ふふ。お姉ちゃん面白い」
少女と一緒に笑い合いたいところだが、そんな暇はない。巣から無限かと思わせるほどの怒れるウォーインセクトが俺に突っ込んでくるからだ。
「覚えておけよスリザ。そのうち『吸収』の恐ろしさを教えてやる」
火炎球を一発放ってから、目を閉じ頭の中で念じる。
このスキルもだんだんわかってきた。一度目は集中する必要があるが、慣れれば容易に使える。問題は吸収したかどうか。現状は試すしかない。
「『拘束』」
視界にいるすべての者にそのスキルをかける。
「すごい……」
「さすがウィルね。そうこなくっちゃ」
ウォーインセクトはバタバタとその場で倒れ、動かなくなった。
成功だ。
あいつのスキルを一つ、俺はこの身に受けたことで急速に吸収して自分のものとした。
周囲にはもう魔物の姿はない。
巣の入り口から長蛇の列をなしたウォーインセクトは、地面の上で意識を保ったまま硬直している。
治療した男は無事か?
「大丈夫だよウィルくん。息はしてる、けど……どちらにしても棄権するしかないと思うけど」
ロリアは横たわっている三人の男たちを悲しそうに見つめた。
俺達は限られた席を奪い合う受験者だ。
大手クラン【落葉の丘】に加入できれば輝かしい未来が待っているだろう。命の危険が伴うこともあるだろうが、それでも、大金を得て、知らぬ町知らぬ人間に羨望のまなざしを向けられながら肩で風を切って歩きたいじゃないか。
こいつらもきっとそうに違いない。
クランの指示通りにしていただけなのに、こんなところで……最終試験まで残ったのに脱落なんてあんまりだ。
「スリザー! クランにチクられたくなかったら戻ってこーい! 失格になってもいいのかー」
まあどちらにしろ後でチクるつもりだけどなっ。
やつのスキルはなかなかに手強いことはわかった。光属性の攻撃系スキルを持っていれば、闇属性のスキルにも効果的に対抗できたのだが、まだ手持ちは少ない。
しかしまあ、三対一なら万が一にも負けない。
エリーとロリアに戦闘態勢をとるよう指示する。二人とも思うところがあったのか、その目は闘志に燃えている。
「来たよ。おっと……、そう、ですか」
「多い分はウィルくんが相手をするんだよね? そうだよもちろん……煽ったのはウィルくんだもん」
「ハハッ」
笑うしかない。
「おいおい小男よ。おれ達を引っ張り出したことを後悔させるなよ?」
「骨のある奴らは巣を壊させてからじゃないのか? まぁ、ちょっと暴れたかったからいいが」
ドスンドスンと大きな音を立ててやってきたのは、動く大きな木が二体。肩には見覚えのあるすかした男が二人。
嫌みな貴族ども。
「まさか、あの数のウォーインセクトを倒してしまうとは思いもしませんでしたよウィルさん。さすがです。その功績、ありがたく頂戴しますね」
最後に現れたスリザは、身体が半壊したウォーインセクトに首輪をかけていた。
「相手にとって不足なし! くそどもには手加減しないからな! ……ちょっとは手伝ってくれてもいいんだよ? ロリア?」
「……」
少女は目を合わせてくれなかった。
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