第16話 どんどんスキルを吸収


 こちらは三人に一匹。対して相手は三人に三体。




 トレントという名の魔物が二体にウォーインセクトの動く亡骸。貴族ども能力はわからないが、スリザがやっかいなのはすでに把握している。




「いけ! 死なない程度に握りつぶせ」


「はは、それだと死んでしまうだろう。縛り上げろ」




 二体のトレントが迫る。




「あれはロリアの敵だから。ウィルくんは他をよろしく」


「はい」




 狼とともに走り出したその少女の背は頼もしい。これが冒険者として場数を踏んでいる人との差か。


 もはやどちらが年上なのかわからない。




「おやあああ! おりゃっ、とうっ!」




 あきらかに通常のウォーインセクトより俊敏に動くその個体を、エリーは剣を振るうことでけん制していた。


「ウィル、これ、ほかとは格が違うよ! 賢いっていうか、短絡的な攻撃がまるでない。私はこいつに集中するから」 




「そう……。だね。まぁ、まかせて」




 つまり俺の相手はすべて人間ということだ。




 悪党ずらした貴族の若者二人に、不気味な小男。




「かかってこいよ平民。殺しはしない」


「あぁ、そうだな、せっかくだから一発撃ってきてもかまわんぞ」


「旦那がた、それはさすがに――」




「『火炎球』『氷撃』『召喚』ゴーレム。いけっ! 殴ってこい」




「「うわああああああ」」




 あたりを焼き尽くす火炎に包まれ、続いて放った複数の氷塊が一気に広がりその炎をすべて鎮火した。




 迫り来るゴーレムの足を止めようと植物を異常に発達させるスキルを使うも、無力。すかした貴族はそれぞれ両腕で抱き寄せられ、ただ叫び続け、火が一瞬で氷に変わっていくあたりで気絶した。




「スリザ、こびを売る相手を間違えたんじゃないか?」




「銀の採掘権を独占しているローウェン家と、海運王と呼ばれたエイヴィン公の孫ですよ? 彼らの素養と血筋は別物です。無能なほうが操りやすくていいのですが、ウィルさんには縁のない悩みですよ」




 小男は苦笑して、肩をすくめた。


 そこには怒りや悲しみ、その他どの感情も感じられない。ただ必要なコマが壊れてしまい、別のものを用意する手間を想像して顔をゆがめているだけだ。




「そんなことないさ。俺だってここまで長かったから」


「フッ……そうでしたね」




 長い店番生活。


 このまま死ぬまで続く平穏を、いつしか俺は享受しかけていた。それは諦めかけていたのだと思う。




 王立の騎士団として活躍するサリーは、スキル『吸収』の事を知っていたのだろうか。だから俺にエリーと一緒に鑑定の儀を受けさせた? まさかな。 




 今はそんなことよりも目の前の案件を片付けないと。どんな手を使っても成り上がろうとするスリザには同情する部分もあるが、さすがに見て見ぬふりは出来ない。




「素直に自首すれば、協力的だったって横から口添え――」




 その時、目の前に黒とも紫ともとれる色をした腕が迫っていた。


 俺の頭を掴もうするそいつは、全身が粘度の高い液体のような、輪郭があいまい。




 後ずさることで避ける。




 見るからに毒々しい、触れてはいけないどころかその身体から漂っている空気すら吸ってはいけないやつだ。




「いずれ、とは考えていましたが、どうです? 一戦」




 にやりと口角を上げるスリザは、この状況を楽しんでいるようだ。失格すれば今日までの時間や労力が無駄になるというのに。




 まさか俺達を殺す気……は、さすがにないか。だとすれば先に足蹴にしていたチームも殺していたはずだ。


 しかしそれだと、この三人の落ち着きっぷりに説明がつかない。なにか必ずあるはずだ。たとえばそう、記憶をいじくるスキルとかでもない限り。




 闇属性系のスキルにはありそう……。




「『亡者の果て』、闇属性系の上位スキルです。見たことありますか? 本来はその存在を感知できないのですが」




 俺の表情から察したのか、スリザは丁寧に説明した。


 その洞察力、侮れないな。 




「いいね。悪いけど一気に決着をつけさせてもらうよ? ひとりで三人を相手にするわけだから」


「三人?」




 振り返る小男は、ぼろぼろになった衣服をただしてなんとか立ち上がる貴族が二人いることに気づいた。




 それなりに手応えはあったが、やつらも冒険者として等級をあげた本物だ。先ほどの攻撃だけで倒れるほど無能ではなかったか。




 となれば先手必勝。




 一撃で、最低でもひとりは無力化しないと囲まれればあっという間に袋だたきだ。嫌みな貴族連中も、それなりにスキルは持っているはず。


 気を抜くな、落ち着いて。




「ほう。相変わらず威勢がいい平民だなぁおい!? どうする? やっちまうか?」


「ああ。いいんじゃないか? 泥をつけられたとあっちゃあ見過ごせないだろ。小男、いけ。お前にも活躍の場をやる」




 髪とか一部がちりちりになっている二人は、わざとらしく首をひねっていたり手首を回している。


 あの目は、自分よりも低い地位にある者をいたぶろうとする目だ。




「へへ、旦那がた、手厳しいですね。いいでしょう」




 俺を見くびっているのか、敵を前にしても余裕で後ろを振り返るスリザは、手を上げてそのうごめく何かに指示を出した。


 目があるのかはわからないが、ゆっくりと歩み出すなにか。 




「『召喚』ゴーレム、あの毒っぽいのを捕まえておけ。『火炎球』『土壁』」




 周囲を飲み込んで燃える火の塊が小男とイキがる貴族に接近したところで、それらすべてを包み込むように土の壁で覆った。




 火炎球はうごめくなにか、スキル『亡者の果て』にぶつかりその異臭や不浄さしかない液体を燃焼させながら周囲にばらまいた。




「「うわあああああ」」




 土壁は、壁というよりドーム状のそれで、空間は真上に頭が通るくらいのものしかなく、当然のごとく中の温度は急上昇、異臭は気を失わせるほどで、これを解除したときに立っている者はいなかった。






 □






 木々の影が伸びている。もうこんな時間だったのか。


 日が沈み始め、夕日があたりを赤く染める頃。




 俺達は大量の成果を抱えて山を下りていた。




「ウィル、もうちょっとくらい感謝してもいいのよ? 私とロリアちゃんにねっ。チームは一つだから、誰かが頑張って実績を上げればいいわけだけどさ」




「ロリアも褒めてほしい。がんばった。巣を半分壊した。ほめて?」




 泥か、葉っぱの汁なのか、はたまた昆虫型魔物の体液なのか……。よごれっぷりが数日間森の中で生活していましたみたいなロリアの頭をそっとなでる。




 髪の毛はほぼ汚れていないようでよかった。


 少女もご機嫌なようで、顔がゆるんでいる。




「いい……それいい」 




 おでこや首元をなでられた猫みたい。


 気持ちいいか。そうかそうか。




「ちょっと! 私にはなにもないの? ロリアちゃんには負けたけれど、討伐数は同じくらいなのに。私にごほうびはないの?」




 少女とは対照的に頬を膨らましてにらみつけるエリー。この欲しがりめ。




 こちらもくたくただってのに……。もう、しょうがないな。






「いい……」




 恍惚の表情で俺を見つめるエリーは、もっと、もっととねだる。もうこれなしには生きられないとでもいいたげだ。 




「……それもいいかも」




 じっとりとした目で俺達を傍観している少女が、ぼそりと言った。




 エリーの要求、それは耳の裏をなでること。


 やっていることはロリアにしたのとほぼ変わらないが、こいつの反応がよすぎるから、少女まで興味を持ち始めたではないか。




 お外でこういうことはよくありません。


 まったく、お姉さんとしての示しがつかないよ? エリーさん。




「ん。んん、それで、あの人たちは置いてきたけどよかったの?」




 身をただしてつくろうエリーだが、ほてった顔は湯気が立ちそうなほど。




「大丈夫。音を聞きつけてやってきた試験の担当官らがあの嫌みな貴族のふたりもついでに連れて行ってたでしょ?」




 それを聞いたエリーは、「そう」と興味なさげに返事をした。


 他になにか気になることでもあるのか……って、先ほどの感覚を思い出してやがるなこいつ。




「もう山を出て拠点に戻ろうかってところのなのに、そんな緩んだ顔をしちゃいけません」


「んん」


「本当に仲がいいっていうか、冒険者っぽくないゆるみっぷりね」




 あきれる少女にふたりはなにも言えなかった。




 それにしても、あいつはどこにいったのか。




 土壁を解除して中を確認したときに、その小男だけがいなかった。




 まあいいさ。新たにいくつかのスキルを『吸収』させてもらったからな。




 スリザからは拾得者の少ない闇属性系のスキル『禁言』『拘束』『冒涜』『亡者の果て』をもらったし、『召喚』系も数を増やすことが出来たのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る