第12話 唖然
王都の上空は晴れ渡っていたというのに。
山の気候は変わりやすいというのは、こういうことか。
強まる雨の中、俺たちは山道を歩んでいた。
最終試験、その一日目。
前日に王都から西にしばらくの拠点で一泊し、朝一番から山に足を踏み入れている。
やはりというべきか、その拠点、仮設のテントのどこにも上級貴族はいなかった。あの赤い髪のご令嬢や、その他十数人。
今思えば、他のクランからの移籍組があの貴族連中だったのだろう。
この世は結局、血筋ということ。
だめだ、下を向いても始まらない。一つ一つすべきことを積み重ねていこう。そう、すべきことは。
「巣の破壊は経験者に任せりゃいいでしょ? 別に俺たちがしなくても」
「ウィルはわかってないっ。攻めていかなきゃ。攻撃されてからだともう遅いの」
「動物がいない……」
討伐対象である昆虫型の魔物、ウォーインセクト。
寒い季節を地中で過ごし、暖かくなってから地上に出て、空っぽになった腹を満たすために暴食の限りを尽くす。
繁殖力が高く、群れたほうが生存率が高いことを遺伝子レベルで理解しており、年々個としての戦闘能力も向上しているらしい。
学者の見解では、これの徹底駆除は生態系を破壊することになるらしいが、農家や越冬のための備蓄を管理する側の人間であれば、そんなふざけたことを言えないだろう。
「こうも視界が悪いとどこにいるかわからないな。羽音だって、近くにいたとしても聞こえづらいだろうし」
「手当たり次第に襲ってくるって話だから、そのうち出てくるって」
「ええ……? 山登りをずっとする気?」
先頭でしゃきしゃき歩くエリーは、虫取りに来た少年のようだ。
無茶言っているよこの子。
「小鳥一匹いない……」
ロリアはキョロキョロとあたりを見渡していた。
「さっきもそんなこと言ってたけれど、動物に詳しいの?」
「……うん」
ある程度の水をはじくローブを羽織っているのでうつむかれると顔が見えない。
「そういえば、ロリアは冒険者としてクエストを受けたこともあるんだよな? 本当にすごいと思う。大手のクランに入ろうと思ったのはどうしてなの? エリーみたいに成り上がりたい、みたいな? あいつ貴族だから、平民からしたら成り上がるもなにもって感じだけどな」
「聞こえてるよぉウィルっ。あなたは少しくらい力を持つ者としての義務を感じなさい」
「はいはい。わかりました」
力を持つ者といっても、スキルの数はまだまだだ。
話がいつの間にかそれてしまったことに気づき、振り向いて少女を見た。
少女は、俺たちのやりとりをただ笑って見ていた。食事の席でも、いつもそうだった。
「ロリアはセベラの出身なの。だからペットを飼う余裕なんてなかったんだけどね。犬を拾って帰っちゃったの」
セベラといえば、貧民街だ。きらびやかな王都にして、そこは常に人があふれている。
「親に怒られた?」
「うん。貧乏なのにロリアたくさん食べるから、犬にあげる餌なんてあるわけないって。だから空き家に置いてきたの。悲しかったけど、どうしようもなくて。でもね、その子の事が気になって、三日たってからその空き家に行ってみたら、いたの。ずっとそこに。ロリアをまっすぐ見てた」
「へ、へえ……」
ん? これって怖い話をしている?
雨風によって不規則に揺れる木々が途端に不気味ななにかに見えてくる。
「なにかを食べたわけでもなさそうなのに、ロリア怖くなって、逃げようかとも思ったんだけど。その狼の右手にね、傷があったの」
「野良犬なら、そういうこともあるだろうね」
「これと同じ形の傷だったの」
言いながら少女はそでをまくってそれを見せた。稲妻のような傷跡が二の腕の外側についていた。
「そんなこともあるんだね」
「それで、もしかしたらって思ったの。小さいときに孤児院の子たちと教会で受けたあれ」
おそらく鑑定の儀の事を言っている。
教会の施しの一つにそんなこともあった。輝かしい未来をつかむ権利はすべての民ある、って説教を街中で聞いたことがある。
実際は、光属性が高い者を欲するあまりに抱き込みやすい孤児に目をつけただけといわれている。
「光属性の属性値が結構よかった?」
「んーそれじゃくて、水と土」
水属性と土属性か。
そういえば、あのでかい骸骨を召喚した男、名前はなんだったか、A級冒険者のやつもそうだったっけ。
「二つも属性値が出たなんてすごいよ。二十ずつぐらい?」
俺はずっとゼロだったんだ。
もし属性値があれば、生活や環境、すべてが今とは違ったはず。
「両方とも五十」
「え! それって、そこらへんの貴族よりすごいよ……」
「何日も気づいてあげられなかったの。その犬はロリアが召喚していたってことに」
なるほど。
子供のうちはなかなかスキルを自覚、制御できずに使用してしまうことがあると聞いたことはあるが。いや、何かの本に書いてあったんだったか。
湧き出る水のようにすらすらと知識が頭に浮かぶことがある。知っていたかのように、自然に。
これもスキル『吸収』による恩恵なのだろうか。
「あのアーチャーだかなんだかの、骸骨を召喚した冒険者より強い『召喚』スキル持ちってこと? でも、どうやってあの骸骨を倒した? それなりに戦えるとは思うけれど、さすがに犬だと……」
「見たい?」
待っていましたという顔だ。披露したかったのかな。
「わっ! ウィル、ロリアちゃんっ! 出たよ一匹目! あれがウォーインセクトね」
エリーはすでにショートソードを構えていた。
視線の先には、二足歩行する緑の生き物がいる。
さすがに雨の中を飛ぶことはないのか、羽はたたんでいる。腕? が四本あるってのは本当で、うち二本は弓と矢を持っている。残りはダガーとバックラー。
欲張りな魔物だ。
クランの人が知性は低いって言っていたけれど、ゴブリンより賢いだろこれ。
まだこちらには気づいていない。偵察なのか、巣を守っているのか。群れる習性があると言っていたから、単体で行動しているとは考えにくい。
「ロリア。さっきの話はまた後で。俺があれを対処するから」
「待ってウィルくん。ここはロリアに」
「え、でも」
ゆっくりと歩み出したその少女は、そでをまくって細い腕を出した。
「あぶないよロリアちゃん。ここはお姉さんに任せて」
「大丈夫。冒険者としては、ロリアのほうが先輩だから。見てて」
「うん」
不安げな顔で振り向くエリーに、とりあえず様子を見よう手で合図する。
「頼りになる犬がいるんだって。先輩冒険者の『召喚』スキルを勉強させてもらおう」
「念のために準備だけはしておいてよ?」
ああ。わかっている。
中距離攻撃が可能なスキルはそれなりに揃っている。最悪群れがやってきても『火炎球』、いや『氷撃』で氷づけにしてやる。
「おいで! マーパっ!」
かけ声に呼応するように魔法陣が地面に浮き上がり、そこから鋭い牙に目、銀色の毛が全身を覆う四足歩行の獣が現れた。
というか、これって……。
「狼だ」
「狼ね」
「マーパ。倒して」
その狼は、ワフっと返事をしてからウォーインセクトに向かって一直線に駆け出した。
魔物。
それは魔族の眷属とされる下等生物。当然襲ってくるものには容赦しない。
クエストとして各地のギルドに依頼がかけられるものも、これらの討伐が多い。
「やるわね」
初手で射られた矢を交わした狼は、ダガーが握られた手に噛みついた。バックラーで殴られてもひるまない。
牙は深く食い込んでいるため、振り払おうとすればするほど傷が広がる。ついに腕がもげ落ちた。
少し距離をとったところに三本目の矢が射られたが、これも軽くかわして次が射られる前に弓を持った腕を噛んで負傷させた。
その魔物は、狙いを定めることができなくなったのか、矢を放つことをやめた。
マーパかしこいな。
「ふっふん。どうだった? B級冒険者の実力は」
その場に倒れたウォーインセクトの個体を背に、少女は胸を張った。
「え! C級なの!? すご」
「大物冒険者ね。私たちも負けてられないよウィル」
「そういえば聞いてなかったけど、お姉ちゃんたちは何級なの」
「何級でもないよ。ギルドに登録すらしていない」
「え!? 【落葉の丘】の加入試験って、D級に満たない冒険者が合格したことはないって……よく聞くけど」
「「そうなの!?」」
衝撃の事実だった。
エリーに言われるがまま事を進めていたから詳しいことは知らなかったが、こいつも思い切りがいいやつだ。どうして知らなかったの。
任せっきりだったから責められはしないけれど。
――ウィル組討伐数、1。
どの組よりも成果を上げたその三人は、ただ口を開けて見つめ合っていた。
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