第11話 少女の複雑な顔


 さらさらと形状を崩す骸骨。


 やがてすべてが粉になり、平原に吹く風に飛ばされていった。




「んんん。だから、これも試験に含まれていたってこと。逃げる者は論外だけど。んんん。制圧力が主な審査要素だったってわけ」




 ふーと息をつく細身の男は、ページャーと名乗った。


 二次試験の担当官で、A級冒険者らしい。




 詳しくは教えてくれなかったが、エリーが言うように闇属性の数値が五、そして土属性と水属性の数値が二十近くあるとのことだった。




 それにしても、召喚系のスキルはなかなか奥が深い。


 水と土の属性を基本に構成された素体に、闇属性を活かして魔物系に仕立てたのだ。




「で、俺たちは合格っと」


「やったっ。でも、ここに私たちしかいないってことは、他の人たちは、もしかして」




「んんん。同じ反応をしてくれて助かるよ。んんん。受験者は皆驚くからね。んんん。そうでないと」




 ずいぶん余裕が出てきたみたいだ。


 声にも登場時の鼻につく感じが戻ってきている。




「どういうことですか先輩?」


「んんん。まだ後輩になれたわけではないけど。同期になるかもしれない者等の元へと送ろう。んんん」




 ページャーが手をあげたとほぼ同時に、怪鳥とも呼ぶべきか、奇妙な見た目の大きな鳥が


近くに降り立った。


 その背には二十人くらいがしがみついた。




 すでに突破したやつらか。


 スリザもいる。受かったのか、よかった。




「コホン」




 ページャーが頭をさげた男は咳払いを入れて話し始めた。




「えー二十名を予定していたが、通過者のうちに一名が事故により重傷ということで、十九名が最終試験に挑むことになる。詳細を説明するから集まるように」




 ぞろぞろと集まり出す受験者。




 俺と同じような身なりの、使い古された質素な装備の者たちは見るからに肝が据わっている。


 反対に、あごをあげてズカズカ歩くのは、貴族連中か。




 属性値は遺伝する。


 嫌みな奴らが都合よく不合格になったりはしないか。




「しかし、だれだ? 年に一回しかない加入試験の一次を突破したってのに、その好機を逃したやつは」 


「ヴァルチャー家の人間らしいぜ。試験よりも、生きてるのが奇跡ってほどの重傷らしい。もう冒険者は難しいって話だ。間抜けめ」




 高級そうな革靴で泥の上を歩く二人。スリザや貧しい出の者を露骨に嫌悪する貴族。午後の試験を免除されたやつらではないから、たぶん上級の貴族ではないはず。




 こいつらはどんなスキルを使うのかな。




「最終試験は毎年この時期に大量繁殖する魔物の駆除だ。名をウォーインセクト。農作物を食い荒らし、自身に敵意を示す者には徹底して抗戦する。過去には、この群れに襲われて冬越え出来ずに滅んだ国があるとも言われている。公式には王立の魔法騎士が駆除することとなっているため後方に控えてはいるが、君らだけで対処してもらう」




「ええ」


「うそだろ……」


「責任が重すぎる」


「危険だろ」




 確かに、これは訓練でも模擬試合でもなく、実戦。




 死者が出るかもしれないじゃないか。




 なぜかざわつく受験者をみて、その男は笑っていた。後ろでページャーも笑っているのが妙に鼻につく。




「わくわくするねっ、ウィルっ」




「しないけど……」




 ぐっと拳を握って顔をほころばせているけれど、なにか楽しい要素あるのか。




「はっはっは。まあ、いっても全長は人間の腰ほどしかない昆虫型の魔物だ。知能も低いし、飛行高度も低い。それに弓の精度も低い。四低だな。はっはっは」




「飛ぶのかよ」


「弓まで使うってやばくないか」


「数匹でいいなら……」


「危険だろ」




「これは俄然やる気がでてきたっ。領民が育てた食べ物は領民のものだからね」




「おやおや、他の奴らと違って立派な貴族さまだね」




「もー。ウィルはすぐからかうんだから。お姉ちゃんと一緒に戦えるかもしれないんだよ? これは燃えるっ」




「なるほど。それはかっこいいところをみせなきゃいけないな」




 先ほど話にあったように、騎士は後ろで見ているだけなのだろう。 




「はっはっは。決して強い魔物ではないさ。ああ、三人一組で挑んでもらうから。好きな者


同士で組め。では日程と集合場所は追って伝える」




「え?」




 言いながらその男はページャーを連れて怪鳥に乗り、飛び去った。




 三人一組ってことは、ここにいるのは十九人だから。六組で十八人。一人余るじゃないか。


 愚行。蛮行。糾弾されるべき失態を犯しておいて、クランの人間は去った。


 立つ鳥は跡を濁していった。




「どうしよっかウィル。あと一人」




「そんなことよりあぶれてしまった人の気持ちを考えろよ!? 最後に余って同情の目をその身体に散々浴びせられた上でどこか優しい組にいれてもらうそいつの気持ちを考えろよ!」




「どうしたの? なにか思い出しちゃった? 大丈夫。ずっとウィルのそばにいるから」




 俺の肩に手を置くエリーの目。




 その目だよ。その視線だよ人を傷つけるのは。




「こっちを見ないで」


「もーっ。なにウジウジ言ってるの。私が誰と組むか決めるから、そこにいなさいっ」




 言ってしまった。


 あいつ、どんなやつをつれてくる気だ?






「はっ、下民風情と組んでられるか! おれたちは四人でいいだろう」


「ああ」


「一組は必要だからな」


「もうけ、もうけ」




 試験内容を聞かされた時に動揺していた貴族連中だ。早々に待機させてある馬車に乗り込み行ってしまった。




「ふう……」




 杞憂に終わったか。




 被害者は生まれなかったのだ。よかった。




「あの……」


「?」




 今、声をかけられたような。




「こっち。もっと下」




 地味な格好をした少女がそこにいた。肩でばっさり切りそろえられた青みがかった黒の髪に、つぶらな瞳。




 子供が紛れ込んでしまったのか、軽食でも売る商魂たくましい露天商の娘か。




「どうした?」




「三人一組……」


「あぁ。配慮がないよないきなり好きなやつと組めなんて。運営側で強制的に決めてくれればいいのに。いや、それも困るか。貴族連中と組まされたら面倒だ」




「違う、そうじゃない。……違わないけど」




「ん?」




 ずっと歯切れが悪いなこの子。


 売り切るまで帰ってくるな、とか言われたのだろうな。


 商人も大変だ。




「ロリアと、ロリアを仲間に入れてくださいっ」




 そうか。この少女は冒険者だったのか。


 勇気を振り絞って話しかけていた、こんな少女が俺に。




「もちろん。こちらこそよろしく頼む。仲間になってくれ」




 丁寧に、淑女に対して社交の場でするようなお辞儀をして。 




「うんっ!」




 強く握られていた拳は解かれて、俺の腕に抱きついた。




「これからよろしくロリア。俺、冒険者未経験だけど」




「そうなの? じゃあロリアが守ってあげる。任せて」




 見上げるその顔はとても明るい。




 さすがにこんないたいけな少女に守られるようでは、冒険者としてはやっていけないと思うけれど、緊張もほぐれたみたいでよかった。




「ウィルー連れてきたよっ! 見て見てこの人。B級冒険者なんですって、すごいよね。それでね、聞いてよ。私が最初に声をかけたのに、いきなり争奪戦が始まって大変だったの。結局じゃんけんで決めることになって勝ったからよかったけど。私の幸運に感謝しなさいっ」




 髪がひざまである、性別がよくわからない人を連れてエリーが戻ってきたが。




「あ-、その人には大変申し訳ないのだけれど、もう決まったから」


「う、うう……ロリアです」




 申し訳なさそうにしている少女を見て、エリーはすべてを察したのか、その冒険者の方に謝った。  






 窓からは差し込む陽光に目を覚ます。




「もう朝か」




 ついに最終試験の当日を迎えた。




「おはよ、ウィルくん。エリーに起こしてきてって頼まれたけど、起きたの? 朝食出来てるみたい」




 上品な寝間着に身を包んだ少女は、今日も起こしに来てくれたのか。




「ロリア、おはよう。ここの生活には慣れた? 自分の家だと思ってくれていいからね」




「うん。ありがと。……でもこの屋敷って、エリーの家だよね? どうしてウィルくんは自分の家みたいに使ってるの?」




 その目は少し引いている?




「大人になれば、わかるよ」




 骸骨と戦わされた日の翌日から、のべ十日が経過していた。


 例年同じ時期にやってくるとはいっても、数日から数週間の誤差は当然ある。クランはその情報を王立軍から伝えられると、すぐに受験者へ封書で通達した。




 そのため、町が魔物襲来の報で騒がしくなる前に、俺たちは知っており戦闘準備をすすめていられたというわけだ。




 俺はこれといってなにもしていなかったが。


 ギルドに行って冒険者登録を済まして簡単なクエストの一つでもこなせば、経験をつめたかもしれない。




 しかし、それを拒むものがあった。




 もう何日過ごしたのかわからないが、貴族の屋敷はいい。とてもいい。


 こんな世界があるなんて、世はつくづく不公平だと感じた。




 メイドなる存在が本当にいたことにも、俺は衝撃を受けた。




 自分でしていたことをすべて任せるという羞恥。そしてその先にある高揚感は、経験しないとわからない。




 その間、俺たちはエリーの邸宅で優雅な時間を過ごしていた。少なくとも俺は。




「今日はがんばろっ。ウィルくん」




「やってやろう」




 俺の実力をまだ知らない少女は複雑な顔でいるが、安心させるために肩を抱き寄せて、朝食が用意された食堂へと移動した。




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