第20話 猶予はない
形式的な式典も終わり、偉そうに壇上でふんぞり返っていたS級冒険者らも帰ったクランの大広間。
「――君は、治安維持のための王都内の巡回警らだ」
ひとりひとり当面の参加クエストが言い渡されていく。
いずれは選べるみたいだけれど、最初は研修もかねているらしい。
広いテーブルが三つあり、書類のたばに目を通す担当官らしき人に、先ほど話を聞いていた列でそのまま並ぶよう指示された。
なんだか、テーブルの質とか担当官の身なりとかに差があるような……。
それに、有力貴族がいる最前列は椅子に座って話が聞けるみたい。俺達は立って聞くの?
どうやら最前列の金持ち連中は、王族の護衛や他国に出向いてクランの宣伝、広報的な活動ばかりが言い渡されている。
安全そう。実に楽そうだ。どうせノルマとかないだろうし。俺が店番をやっていた頃は、毎月ポーション三十本が販売ノルマだった。
「では次。君、前へ」
「え、は、はい」
いつの間にかロリアとエリーは終わっていたようで、俺の番が来ていた。
「君は、あぁ……うん? これは」
書類に目を通す白髪頭の老人は、小さなめがねでそれを二度見して、俺をまじまじと見つめた。
めがねをかけて見ていたのに、今では大きく見開かれた裸眼でその書類を見ている。
目が悪いのかいいのかどちらだ。というか、反応が気になる。その紙にはいったいなにが書かれているの。
「えっと、俺のクエストは、なんですか?」
「ん!? あぁすまん。君はイボーン砂漠の調査、拠点構築、現地民との友好構築だ」
その言葉に、大広間内の冒険者という冒険者が驚き目を見開いた。
「え、なに? なんなの? どうしてこっちを見る?」
「ウィルくん、イボーン砂漠は、魔獣が闊歩するほぼ未開の地なんだよ」
「ロリアは知っているの?」
「う、うん。冒険者ならみんな知ってると思うけれど。そこには価値のある資源や太古の失われた技術が眠っていて、人類にとって魅力的な大地なんだけど、それは魔獣にとっても同じで、討伐推奨Sランクの魔獣がゴロゴロいて普通は入れないの」
「ええ……。でも現地民もいるって」
「みんな武装してて、部族以外とは馴れ合わないんだって。超常的な武器を使うからS級冒険者を数人含んだパーティーじゃないと近づくことも出来ないって」
「……」
無理だよね? あれ、最初のクエストって新人の研修的な意味合いがあるんだよね? おかしくない? まだ冒険者登録すらしていない元店番の男だよ?
「ずっと塩漬けになってる捨てクエストじゃん」
「なにかの実験か?」
「平民らしい末路だ」
隣の列でこちらを見下す男達。
ふざけんなよ、そこそこの貴族のくせに。死んでたまるかよ、ここは断固拒否させてもらおう。訴訟も辞さない。
「私もそのクエストを受けます! 変えてください!」
「同じくっ!」
俺が変更を求めようとしたとき、エリーとロリアが前に出た。
「はじめのクエストは特別な事情がない限り変更できない。君たち新人はただ言われた通りのクエ――」
「だったら他の人に相談します! 特別な事情ありなんです私。ウィルと離れられないので」
それどういう事情? さすがに無理があるでしょ。子供ではないのだから。
「ロリアも特別な事情ありです! 志願します」
この子も思い切りがいいなほんと。
騒ぎを聞きつけて、職員達が集まってきてしまった。やばいよやばいよ。
「し、しかし……これはクランの決定で……。こちらとしてもあなたのお家に配慮しての決定であることを汲んでいただきたい。報酬などの待遇に雲泥の差があることはおわかりで? やりがいも申し分ないかと。警備の配置についての不満ということであれば、王族の側近より許可が出れば都合はつけられます」
エリーは王宮での護衛を言い渡された。
来月に控える国を挙げての催し物であり、他国の間者などから王族を守ることが求められる、名誉のある指名クエストだ。ギルドには掲示されない。
「それでも断るっ」
「……なんなの、今年の新人は……」
その時、ひとりの若い男が白髪のおじいさんに近寄ってきて、耳打ちした。
上からの指示を伝えているのか、白髪のおじいさんは顔をゆがませているが、従うしかないといった感じか。
「なに? たしかに名家のご令嬢ですが、わたしの首が? それだけはなんとか――責任は? ――わたしにはない? ――はい。そのように――」
なんだなんだ? 新たな展開か?
「ええ、まず君。ウィル君だったか。クエストの件、返事を聞いていなかったが」
おじさんはエリーを、汗を垂らしながら見た。
「そ、そうですね、問題ありません。謹んでお受けします」
俺もまた、真横にいるエリーの機嫌を確認しながら言った。
強引に通すこともできるが、こいつを怒らせていいことはない。
それに、俺は未経験者。試験も突破、こうして合格できた。スキルはいくつも持っているし、属性値もおそらくは誰にも引けをとらないだろう。
だからなのか、あれだけ焦っていた冒険者への渇望はある程度落ち着いていた。焦る必要がなくなったというか。
「そうか。それでお隣の……、はい! そうです問題ありませんすいません大事にはしないでください娘の学費を稼がないといけないんです」
「それはよかったです。ありがとうございますっ! この子も一緒でいいですよね?」
エリーはロリアを抱きしめながら、確認をとった。
確認というか、なんというか。普段は貴族らしい傲慢な態度をとったりしないだけにやっかいだ。
「いえそれはちょっと。あなたおひとりならなんとか都合がつけられますが、おふたりもご一緒というのはさすがに。他の者への示しがつきませんし、クランとしても、好き勝手にされては――」
「いーちゃーんっ。聞いてよちょっと。私たちチームなのに引き離そうとするのっ、いーちゃんからも言ってくれない?」
たまりかねたのか、エリーは最前列にいる赤毛の娘に声をかけ、腕に抱きついた。
エリーに負けず劣らずの美女で、そのスタイルの良さは誰もが見とれてしまう。
ふたりがいちゃいちゃと抱き合っている。うん、こういうのもいい。俺自身ではなく、美女とエリーを……、ありだな。
「イ、イザベラ様……」
白髪のおじいさんが動揺するのも仕方ない。
ロッタル家のイザベラ。
名家も名家の大貴族と、うちの子は友達です。
「いつも元気ね。えーちゃん」
「もちろんでしょっ。いーちゃんはむずかしい顔ばっかり。笑ったほうがかわいいのに」
えーちゃん? エリーのあだ名がえーちゃんって、どうなの?
「ふふ。それで、なにをすればいい? 二年のときにおごってもらった借り、やっと返させてくれるんならよろこんで協力する」
「ありがとー! いーちゃん大好きっ」
「……ほんとなんなの、今年の新人は……」
おじいさんは眉間に手を当てて、ため息交じりに言った。
その後は早かった。
イザベラの口添え一つでロリアのクエストも変更され、俺とともに三人が辺境の砂漠へと行くことになったのだ。
翌朝。王都は、ある話で持ちきりとなっていた。
隣国のリグンが多額の資金を投じて傭兵や冒険者を雇うも『破滅』ヴェルドラに踏み潰されて首都をはじめ町という町が半壊したとの報。
ヴェルドラは進路を変えた。その先には、イボーン砂漠がある。
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