第19話 厄災


 クラン【落葉の丘】。


 その大広間は最奥にある壇上でにらみ合う男達に視線が集まる中、それは唐突に起きた。




「!?」




 グラリと視界がゆがむ。いや、俺が倒れかけたのか?




 片膝を床につけつつ、頭を押さえる。


 こんなにひどい頭痛は初めてだ。いったいなにが起きた?




「大丈夫? どうしたのいきなり」




 エリーに抱き上げられて立つ。こいつはなんともなかったようだ。




 周りを見渡すと、平気だった者がほとんどであった。俺の倒れっぷりに前列の特徴のない貴族連中が冷たい目でこちらを見ている。




 なんだおまえら、こっちを見るな。




 スリザも苦虫を噛みしめたような顔で額に手を当てているし、他には、最前列の有力貴族も何人か頭を押さえていた。


 あの赤毛の令嬢はふらついたようで、両隣から心配されている。




 よかった、俺だけではなかった。




「レイブン! 貴様、ふざけるのも大概にしろっ」




 ガインズはこちらとは反対側、つまりS級冒険者らのほうに向かって怒鳴り声を上げた。




 七つ並べられている椅子のうち、右端から三番目。




 レイブンと呼ばれたその男は、肩甲骨あたりまである紫色の髪に目鼻筋の通った顔で、浅く座り足を組んで、尊大な態度を崩さない。




 ずっとあんな感じだけれど、あの人がなにかやったのだろうか。スキルとか?




 というか、こっちを見て、笑っている? 




 まるで、いいものをみつけた子供のような顔。無邪気であり不気味。スリザと気が合いそうだけれど、当の本人はレイブンをにらんでいた。




「レイブン。闇属性のスキルを扱う者として、王都でも名が知られています」




「闇属性、一緒じゃないか。スリザは仲良くなれるんじゃない?」




「彼は謎が多く、噂では死体を新しいスキルの研究に触媒として使っているとか」




「ええ……。倫理的にだめでしょ。闇属性の属性値が上がりそう。いや、高いからそんなことしてるのか」




 あらためて壇上を見ると、口論はいまだに続いていた。




 代表とか……真ん中でどっしり座っているけれど、いいのだろうか。これって、クランの品格にかかわったりするのではなかろうか。


 もしかして「S級冒険者って、実際こんなものだよ」、ていうことを暗に伝えていたりするのかな。




「強引なやり方は褒められたものじゃないぞレイブン。お前がいくら強者を気に入ろうと、本人の意思で断ることもできるのだから」




 セルバンは、諭すようにその男に話した。




「ああ、悪かった。お前等のさえずりを終わらせたかっただけだ。さあ、次に進めろよセルバン。なあ代表?」




 見た目の通りの、がらの悪い青年の声。


 あの人には近づかないでおこう。唇とか紫色だし。




 代表は軽くうなずくだけで、ふたりをみていた。




「わかりました」


「ふん」




 代表の指示にはガインズも素直に従うようで、ドカリと自分の席に腰掛け腕を組んだ。


 それを確認したセルバンは、咳払いを一つ入れてから話し始めた。




「我々【落葉の丘】は、常に複数のクエストをギルドや商会、国から依頼され、これを完遂している。君たちにもクランの人間としてこれに参加してもらうわけだが、はじめは大きく分けて六つのうちのいずれかになる」




 淡々と説明するその男は、そこで一息ついて、最前列の者達にあらためて語りかけるように続けた。 




 最後列の俺達には一瞥もくれない。貴族、階級至上主義者か。




「西方で長年続いている魔族との戦い、つまり最前線での戦闘に参加するものや王侯貴族の催し物の警護、大手商会に追走しての護衛、あとは他クランと共闘して大規模クエストに参加するものや、素材採取などもある。参加するクエストによっては、剣を振る機会は少ないことと思う。各国に出向いてクランを売り出してもらうこともある。これは適任者に限られるが」




「ウィルさんも気づかれましたか。ガインズは最後列、つまり我々を見て話していたのに対し、この方は最前列の者にしか語りかけていない。平民や貧民は戦地に送るのが慣例となっているのかもしれません」




「合格しても、クランに加入したところで同じ」




 スリザはこの大広間に来てから一番いい顔をしていた。


 手負いながらも反撃の隙をうかがう獣のような目。言われるがままにその命を散らしてたまるか、という断固たる反骨心。




 こういうやつらが冒険者として名をはせる者の資質なのかもしれない。成り上がるためなら危険もいとわず、場合によっては仲間の屍すら踏み越える。




 反対側には、何も考えていない犬みたいに壇上に釘付けになっているエリーと、緊張感からか額に汗をにじませているロリアがいた。




「ん? どうしたのウィル? 楽しみだねっ。腕ががなるっ。ふんっ」




 細腕に力こぶをつくったつもりのエリーだが、まったく筋肉は隆起していない。 


 ほんと前向きなやつだ。 




 対照的っていうか、経験があるかないかでこうも違いが出るなんて。


 俺としては無難にクエストをこなしてそこそこ有名になれれば十分なのだ。魔族との戦いなんて、命がいくつあっても足りない。




 実際、国軍の兵士が死にまくったためにクエストという形で冒険者まで借り出されている。


 冒険者にとっては高収入を得られて名を売る機会ともなっているが、活躍するのは一部も一部。その下には名もなき冒険者の屍が山となっていることに、誰も目を向けない。




「――そして最後に。クランとしては目下、最優先の案件は『破滅』ヴェルドラの討伐である。多くの顧客から求められているこの案件は、大手はもちろん中小のクランも合同でとりかかっている。これを成すクランが今後、王都で覇権をとるだろう。直接的、間接的にもこのクエストに関わることになると、心に留め置いてくれ。では、今後の配属については各担当よりしてもらう。以上」




 話は終わったようで、セルバンは席に着いた。




「ん。やっと終わったね。話が長いから困っちゃうよ。ねえウィル? 今日はごちそうにしなきゃ。ロリア、どうしたの?」




 険しい顔をしているロリアにエリーは顔を近づけた。




 なにか気になることでもあったのかな。




「……ヴェルドラは、三つとなりの国を壊滅させたって。徐々にここに向かってきてる」




「怖いよね。不安になってきた?」




 普段はしっかりしてるが、やはり年相応なところもあるのか。




「ロリアの家族はとなりのリグトル国に住んでるの。この国が突破されたら次はリグトル……って思うだけで。家は貧しいし、おばあちゃんは足が悪いから避難に時間がかかって……」




 おお……。そういう話だったか。


 もしかしたらこの少女は、家族を養うために冒険者をやっているのかもしれない。




 だとすれば、とても立派な子だ。俺が客のいない間にカウンターで商品の魔導書をぼけっと読んでいる間にも、この子は家族のために戦っていたのか。




「なんとか食い止められるよう頑張ろ? クランも重要視してるって言ってたから、クエストも参加できるんじゃないかな」




「うん! ありがとウィルくん」




 不安が解消されたわけではないのに、明るく笑うロリアの手をにぎって、俺達は列ごとに並ぶよう指示されたところに向かった。




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