第21話 決着


 まだ朝だというのに、太陽が照りつけている。


 すでに辺り一面が砂、砂、砂。砂漠だ。




 王都から南に丸三日を費やして訪れたのは、イボーン砂漠のとなりに位置するシャラケという町。そこで一泊して、イボーン砂漠にある唯一のオアシスを目指している。




 砂上を進むのは、ラクダがひく乗り物。それに俺達は乗り込んでいた。




 客は他にひとりだけ。ずっぽりと頭まで隠したローブを着込んで、じっと座っている。その体型から女性と判断したエリーが何度か話しかけていたが、丁重にお断りされていた。




「暑いよウィル、そのうちわで風を送って」


「これでいいですかお嬢さん? あんまり水は飲み過ぎないでよ? 次は予定の宿まで給水できないんだから。それで、ロリアはなに読んでるの?」




 となりでおとなしく紙を広げている少女は、真剣なまなざしで見入っていた。


 号外らしい。




 大きな出来事が起こったときにだけ、街の主要な建物の壁に貼られる知らせ。




「となりの国がヴェルドラにやられたって。傭兵までたくさん投入したのに。ここに向かってるってのも気になる」




「まあ、そのときはそのときで。今はこの異国の空気を楽しもうよ。似合ってるよ? その格好」




 日差し対策にと衣服を探していたところに見つけた民族衣装を、せっかくなので買い込み、そでを通している。




 なかなか似合っているよ。へそだしとかいいよね。




「うわぁ、大きな魚ー。気持ちよさそうに泳いでる」


「何言ってんのエリー。海でもないのに……!?」




 そこには砂上に頭を出し、また潜る巨大な生き物がいた。


 茶色い肌に鋭い牙。ひれを器用に動かして砂上を泳ぐもぐらのような大魚。




 こちらに気づいたらしく、その巨大魚は口を大きく開いた。


 なにかする気か。魔物か? 魔物なのか?




「お客さんっ! 逃げてください! やつはうちのラクダを狙ってます。引きつけますから皆さんは逃げてくださいっ」




「そうですかね? わかりました。みんな、降りるぞ」




 御者のおじさんに従って荷を担ぎ、走る。




 巨大魚は目に見えない衝撃波を俺達のほうにむけた放った。ラクダには目もくれず、こちらに。


「ウィルくん、ロリアたちハメられたかも」


「え?」




 ロリアの視線の先には一目散でこの場を去る乗り合いラクダ車がいた。御者のおじさんはあからさまにしめしめという顔をしている。




「ふざけんなよおおお」


「ウィルっ」




 迫る衝撃波をスキル『土壁』で防ぐ。しかし一瞬で砕かれた。


 これはなかなかの威力。他にも強力な技を持っているかもしれない。となれば、すぐに片付けるべきか。




「みんなは、その人を頼む。とにかくやってみるから」




 スキル『氷撃』『火炎球』を立て続けに放った。


 しかし巨大なその魔物は砂の中に潜り、俺の攻撃をかわした。




「やるー。中に潜られたら手足が出せないわ」




「敵を褒めてる場合じゃないよエリー? ほらきた真下だっ! みんな走れっ」




 その巨大魚は俺達の足音から位置を予測して、砂ごと食らった。




「やっぱりお腹空いてるのね」


「お姉ちゃんはいつも余裕だね……」


「ほんとだよまったく。ん? そうか! 腹が減っているなら。食らわしてやろう」




 再び地中に潜り身を潜める巨大魚は、砂のわずかな重みでさえ察知するのか、じっと立っていても居場所がばれる。真下から大口を開けて砂ごと飲み込むそのタイミングに合わせて、俺はスキルを発動した。




「みっつ合わせ技を食らえっ!」




 火炎球を最大限出して、それを土壁でふたのように覆う。砂上を泳ぐ巨大魚は、まんまとこれを食らい、叫び、のたうちまわるが、まだ諦めていないようで海面から飛び出すかのように砂上に全身をあらわにして、俺へ食いかかってくる。




「くそ! このままだと下敷きにされてしまう。一か八か、まだだめかもしれないけど」




 頭の中で念じる。その巨大魚が放った技を。




「はっ!」




 両手から放たれた衝撃波は、巨大魚をはじき返し雲を切り裂いた。




 スキルの『吸収』は、なんとか間に合っていたようだ。俺はその場で尻餅をついて胸をなで下ろした。




 体内から焼き尽くされた魚の匂いがあたりに漂った頃、その魚は動かなくなっていた。




「で、これからどうするの? 町に戻る? 目的地まで歩く? どちらも歩きだけど」 




 魔物を倒した事による達成感に浸る間もなく、エリーが現実を突きつけてきた。


 確かに考えないと、あっという間に干からびてしまう。




「とりあえず、目的地を目指そう。手持ちの食料は大事にとっておきたいので、お腹が空いた人はあの魚を食べてください」




「……今日の夕食は魚料理?」




 ロリアは力なく笑った。




「あのー、そちらさんもよかったらどうです? たいへんなことになりましたねお互い」




 ローブに身を包んだその人は顔は見えないが、ぼそりとなにか言っているが、全く聞こえない。


 そもそもこの先の砂漠なんかになんの用があるのだろうか? 俺が言うのもなんだが。  


 帰省? 実家がこんなへんぴなところにあるってのもおかしいよな。




「やはり、この方なら」


「え、なんですか?」






 □






 横から吹く風が肌をなでる。


 生ぬるい、実に生ぬるい。この緊迫した状況とも相まって、汗は止まらない。




 目の前にいる謎の女は、まっすぐこちらを向いて黙っている。ただ黙ってこちらを見ている。怖いのだが。




「あの……、同じクランの方ですか? あなたもクエストでここに? 別のクランの方でしたか?」


「……」




「個人で活動されてる冒険者さんでしたら、失礼しました。別にわたしはクラン至上主義者とかじゃないんでっ!?」




 突然、その謎の女は助走もなしに飛びかかってきた。


 拳を容赦なくたたき込んでくるので、無様に転げながらも回避する。




 さらにドス黒い魔力弾が三発。体勢を崩したままでこれを避けることは出来ないと判断して、スキル『土壁』を展開して防いだ。




 あぶねえ。土が一瞬でなくなったんだけれど、どういうことだ。




 下腹部からくる不快感。この感じは、闇属性のスキル。




「どうした、お前の力を使え」


「俺の力?」




 スキル『吸収』の事を言っているのか? なぜそれを知っている?


 誰かから聞いたとしても、世間一般に知られているスキルではない。つまり簡単には信じられない未知のスキルなのに。 




「ほら、みせてみろ。『シャドウアイ』『ダークハンド』」




 一体が暗闇に包まれ、その女の頭上に二つの目が浮かんだ。さらに、後方から伸びる手。


 スキルの同時発動。




 何度となくやってきたが、ロリアに言わせれば簡単ではないらしい。




「ちょ、話し合いで解決できませんか? もしかして同じ試験を受けた人? 落ちたとしても俺のせいじゃないですよ」




 暗闇から伸びる手は三本。


 攻撃することは出来るようで、こちらもスキルで対抗するが、終わりがみえない。




 この空間から抜け出さないと。




 闇属性系のスキルには光属性が効果的。だとすれば、俺が使える光属性のスキルは。




「悪いが片付けちまうぞ! 話はその後聞かせてもらうっ」




 背後から迫る三本の黒い腕を、俺は一本の輝く糸で束にしてまとめた。


 そのまま縫い付けて動けなくする。




 スキル『聖なる金糸』。


 治療のためのスキルだと思い込んでいたが、攻撃にも使える。この糸は強靱だし、なにより闇属性に強いのだ。




「ぐっ」




 伸びてくる腕を次々に糸で縛り上げ、勢いが弱まったところで覆われた網の幕をぶち破った。




 ぎりぎりと歯を食いしばっている女は、いつの間にか顔を出していた。


 とても悔しそうだ。




「使えよスキル」


「ん? 『吸収』するまでもないさ。なぜ襲いかかった? 聞かせてもらおう」




 戦いは、決着をみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る