第22話 巨竜討伐
雲が出てきたおかげで、ある程度の暑苦しさはやわらぐ。
青い目、短く切りそろえられた髪が特徴的なその女。歳は俺よりは若くみえるがいくつだろう。その女はリジーと名乗った。
「あたしには力がある。望まぬ力だ」
ほう? わけありのようだね。
「スキル『掌握』。生まれたときから授かっていたスキルで、鑑定の儀で判明したのに、だれにも相手にされなかった」
「それって」
俺と同じだ。スキル『吸収』を誰も知らなかった。属性値が低いばかりに、そのスキルも価値がないものとされた。
「このスキルは魔物を服従させることが出来る。頭の中で思うだけで、近くの魔物は抵抗しなくなる」
「すごいスキルじゃないか! 冒険者として活躍し放題だね」
しかし、リジーの顔は空と同じで曇ったままだ。
「そう思うよね。でも、普通の人から見たら魔族と変わらなくてさ。だって魔物が目の前でおとなしくなっちゃうんだよ? こわいよね」
ははっと、と笑うが、その顔からこれまでにいろいろあったということが察せられた。
根拠のない偏見とかにさらされたか。もしかしたら、居場所がなかったのかもしれない。
ん。だとしたら、俺にスキルを使うよう迫ったのって。
「あなたの噂を聞いて、あたしは神が現れたと思ったんだ」
「噂? ど、どこから俺のスキルについてきいたんですか?」
「街中でささやかれるほどではないが、その道の手練れは知っているぞ? あたしは隣の国にいた時に耳にした」
隣国にまで届いている? どういうこと? どのルートで話が伝わっているの。
ああそうか。辺境の地にクエストとして追放されたし、エリーとロリアまでついてきたから、ちょっとした話題になったって事か。
「それで、俺にスキルを使うよう言ってたのって?」
「ああ。まずは無礼をわびたい。この通りだ。そして後生の頼みがある。あなたのスキルでこの『掌握』を吸収してくれないか? 対価はいらない。多少のリスクも覚悟の上だ。必要なら、なんでもするから、頼む」
頭を下げるリジー。
誠意をその全身から感じる。本気でお願いしている。そのために俺に会いに来たって事か。
ずっと悩みだったみたいだし、なんでもするとまで言っているのだから、力にはなりたい、けれど。
「頭を上げて。……あの、申し訳ないんだけど、どうやら俺のスキル『吸収』は、相手から奪うんじゃなくて、そのまま自分のものにするみたいなんだ。だから、俺がリジーさんの『掌握』を吸収したところで、あなたは変わらず使えるんですよね。もっと使いこなせるようになったら、奪ったりとかできるのかもしれないですけど……すいません」
その言葉にはっと目を見開くリジーは、頭を上げ、そのまま仰向けで大の字になって倒れた。
「リジーさん!?」
「殺せっ! もう殺せよ! これが最後の望みだったのにっ! もう終わりだっ!」
「話は聞かせてもらった」
そこに、腕を組んで歩くエリーが来た。
感慨深げな表情で、うんうんとうなずいている。こいつ本当に全部聞いていたか。
「ウィルくん、なんとかしてあげて?」
ロリアまでもこの表情。
完全に感情移入していやがる。
力になりたいのは山々だけれど、俺には出来ない。それをどうしろと。
「殺せっ! 魚っ! あたしを食え!」
「落ち着いてよリジーさん。魚の魔物ならさっき倒したからもういないですよ」
「でも地面が揺れてるから、二匹目だよ! さあ食ってくれっ」
「え?」
エリーとロリアは顔を見合わせて、しゃがみ込んだ。地面に手を当てて揺れを確認している。
それにならって地面に手を当てる。確かに揺れている。それに、雰囲気が違う。
立っているおれにもはっきりとわかったからだ。その揺れの大きさに。
「うそ、だろ!?」
振り向くとそこには、山のようななにかが、一歩、また一歩と歩を進めていた。
□
『破滅』の名にふさわしいドラゴン、ヴェルドラ。
背には木々が生い茂り、一つの生態系が成り立っていそうなほどに広い。手足は短いが、その太さは城壁なんてものともせずに踏み潰せるという話にも納得だ。
長い首に大きな頭、牙の長さはどんな城もかみ砕きそう。全体を俯瞰してみるに、構造自体は亀に近いかもしれないが、迫力は言うまでもない。
「どうするのこれどうするのこれっ。三人で倒すには骨が折れるよおー」
エリーは悲鳴を上げた。
「骨だけじゃすまないよっ! どうして戦う前提なの!? 逃げるんだよ少しでも遠くに。山を攻撃しても木が何本か折れて地面がちょっと削れるだけだろ? ほらロリアもいくよっ」
「うん、でもあの人は」
少女は荷物を担ぎながら、そちらに視線をむけた。
「踏み越えていけ! さあ! あたしはここで土に還る! 土葬できて一石二鳥だっ。はっはっはは」
土葬っていうか生き埋めというか、たしかに踏まれたら即死だ。この子、おかしくなっちゃってる。
でも、俺が最後の望みだったんだよな。
俺は大の字になって叫び続けているリジーを抱きかかえて、走った。
「ちょっとなにしてんの離してよっ。あたしはここで土に還るって言ったでしょ! 最後の一花咲かせたいの」
「まず砂漠だから花を咲かせるのは難しいし、生きて咲かせよ。大変だったんだろうけどさ、スキルは使いようだろ?」
「いいからおろしてよっ。ちょっとどこさわってんのっ!」
暴れるリジーだが、死にたがりを放置するわけにはいかない。
これは正当な保護活動だ。断じてやましい気持ちがあるからふとももをつかんでいるのではない。
「ほら、たとえばあの化け物を『掌握』してみたら? 活躍すればいいんだよ。わたしはいい人ですよって。……あの化け物はさすがに無理だろうけど」
「もうっ、責任とってよね。やってみるから」
そう言って、背負われたまま振り向いたリジーはスキルを行使した。
「え!?」
「ウィルくん、すごいよっ」
前を行くエリーとロリアがなにやら仰天しながら後ろを見ている。
まさかね、まさかだよ。
「うそだろ!?」
ヴェルドラは足を止めていた。強引に頭を地面に押しつけられているような、困惑と怒りの表情。
ぐるるるとうなるその声は、やたらに恐怖心が煽られる。
「いけるんじゃない? これ、いけるんじゃない!? 今のうちにとどめを」
「しゃがんでウィル!!」
頭上をかすめる紫色の光の柱。
その光は遠く彼方の山に行き着き、山頂を吹き飛ばした。追って吹き荒れる爆風に飛ばされないようにしゃがむ。
その影響でか、砂嵐が起きている。
「これは無理だぁ。あんなの『土壁』じゃあふせげないよおお?」
「今さっきいけるって言ってたのに、すぐこれだよ」
肩をすくめるエリーに突っ込んでいる暇はない。というかお前ももっと焦れよ。
「でもリジーさんの力は本物だよ。これだけでも十分だって」
最年少のロリアが気を利かせる。とても出来た子だ。
「ごめん、半端だった。次は頭も動かせないよ」
「えっ、まだいけるの?」
「うん。全力で行くから、見ててくれる?」
いつの間にか、というか俺が下ろしたからだが、自分の足で立ち、その馬鹿でかいドラゴンに身体を向けるリジーの声はとてもたくましかった。
「あぁ、見てるよ。次はみんなで一斉攻撃だ。エリー、ロリア、いいだろ?」
「しょうがないわね。初クエストだし、派手にいくってのも」
「うん。どこまで力になれるかはわからないけれど、けっこう楽しいかも」
無謀かつ無計画なこの作戦は、高揚した四人の気持ちが後押しして、実行された。
「うおおおおおおおおお」
走る三人。エリーを先頭にして、俺、ロリアの順に一列だ。
リジーがかけた『掌握』により頭も動かせなくなったヴェルドラは、にらみをこれでもかというほどきかせている。
一生忘れないからなって顔をしている。これは倒しておかないと。引き返せない。
「いくよっウィル!」
「ああ!」
たなびく茶色の髪とくびれを見ながら、俺は答えた。
ロリアの召喚した狼がヴェルドラの気を散らしている間に、エリーが首元に迫る。
俺の役目は、下準備。『火炎球』をありったけ出して、喉元や首の付け根、つまり少しでもやわらかく薄い部分に集中攻撃を仕掛ける。
熱さに怒り狂うヴェルドラ。
そこに『氷撃』を重ねて熱を冷まし、また『火炎球』をぶち当てる。エリーが到着するまでに少しでも削る作戦。大きな血管に届けばどんな化け物も失血死するだろう。
やがて真下に到着したエリーが、最後の一撃とばかりに一振りをくらわせた。
「おりゃああああああ」
破壊の限りを尽くした最高討伐ランクの巨竜は、絶命こそしなかったが、あらがうことをやめた。
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