第6話 クラン


「……新しい生活に、胸が躍っちゃった?」


「あの……はい。そんなとこです」




 楽そうな格好をしたヒゲ面の家主は、目の前の惨状にただただ唖然としていた。


 騒ぎを聞きつけて前に通りに人だかりが出来ていたのだ。当然近くに住んでいる家主もやってきたというわけだ。




「さすがにこれは、追加でもらわないといけないよ」


「ですよね。これで足りますか?」




 ある貴族の紋章が入った革袋から、金貨を十枚取り出して渡す。




「多いよ! こんなボロ部屋には銀貨五十枚くらいで十分だから。びっくりした。きみ、けっこうお金持ちだったんだね。店番って儲かるの? 貯金が趣味? こんな、だれも住もうとしないボロ部屋を借りといて」 




「そ、そうだったんですか……、では金貨一枚で。おつりは結構です」




 初めて知った。この部屋はずっと空き部屋だったのか。俺には十分高い家賃だったが。王都の物価おそろしや。




「そうかい。まあ頑張れ。衛兵にはうまく言っといてやるよ」 


「どうも。それじゃあ」 




 ちなみに例の兄弟は、逃がしてやった。


 手持ちの金と価値のありそうな物は全部没収したけれど。




 氷付けになった二人に、衝撃を与えないように『火炎球』を近づけて溶かしてみると、呼吸を再開したのだ。


 てっきり死んでしまったかと思っていたが、生きていてくれてよかった。一瞬で芯まで凍り付いたから大丈夫だったのかな。


 いずれにしろ殺しは重罪。事情を説明したところで貴族殺しとして牢獄に放り込まれてしまえば、冒険者となる前に夢が終わってしまう。それだけは勘弁だ。






 空は晴れ渡り、風が心地よい。




「あー、今日もいい天気。とりあえずギルドに行くか」




 俺はついに冒険者になる。


 スキル『吸収』からはじまったのだろう。これはいわゆる大器晩成ってやつだろうか。




 力がなければ、きっと今も店番をしていたと思う。


 なぜこんなスキルが俺にあるのか、それはわからない。ただ今は、出来ることをするだけだ。器用貧乏にならないように。




「あいつらから吸収したことも、きっとあるんだろうな。向上心? 出世欲? 違うか。スキルなら鑑定の儀を受ければわかるし、違う町で調べよう」




「ウィルっ。探したよ? あなたの部屋に行ってみたらめちゃくちゃになってて、慌てて探したんだから」




「エリー。どうしたその格好? 狩りにでもでるのか?」


「違うっ! よく見なさい。狩りにロングソードなんて使わないでしょ」


「ああそういうことか。闘技場は反対方向、あっちだぞ」


「ちっがーう! ぼ、う、け、ん、しゃ! 私も行くところがあるの」




 ぎりぎりと白い歯をすりあわせるも、幼い顔なので怖くはない。身体は小娘とはかけ離れているというのに、どうして顔だけこどもなの?




「奇遇だな。俺もギルドに向かってるんだ。一緒に行こっか」


「奇遇じゃないのっ。もう、どうしてわからないかなあ」




 大きな胸をすくい上げるように腕を組み、口をとがらせるエリー。胸元の装甲が甘いのではないのか。肩から背中、そしてお腹まわりは鉄製のコルセットみたいなのを着込んでいるけれど、胸は……その、でかい。


 相変わらずの谷間だ。


 下半身も、鉄製の長靴みたいなのを履いてこそいるが、膝から上、やわらかそうなむちむちのふとももが出ている。そのひらひらは、スカートか?




 それでも、剣を腰に携えてとなりを歩くエリーはなかなか冒険者らしく、様になっている。 いいとこの令嬢だからか、出るところは出ているのにピンと背筋を伸ばして歩くので、かっこいい。




「ん? ギルドはこっちだよ? どこにいくんだ、やっぱり闘技場にむかっているの――」




 十字路にさしかかったところで、右に曲がる幼なじみ。


 まっすぐいった先には目的の建物がうっすら見えている。右に曲がった先にあるのは、大人の男たちが魅了される店が軒を連ねる通りと、それに伴って利用される宿屋街。




 まじかよマリー。


 いくらなんでもいきなりすぎる。


 こういうのは雰囲気が大事って何かの本で読んだが、最近の娘はそういう手順を踏まないのか?


 たしかに、彼女の気持ちにはうすうす気づいているが、まだ早いと思うし、数年たてば考えも変わるかもしれない。


 しかししかし。


 こんな格好をしているのはそういうことなのかもしれない。


 それに無垢な娘の気持ちを突っぱねれば、挫折から大きく屈折して明るい未来に陰りが出てしまうかもしれない。


 ここは一つ、彼女の満足をある程度満たしつつ、完遂はしないという方向で対応――。




「ついたよウィル」


「え!? ここ? 宿じゃない……?」




 いつの間にか到着していたそれを見上げる。


 立派で精密な彫刻が随所に施されているが、まだまだ新しい石造りの建物。四階建ては木造なら珍しくはないけれど。よっぽど儲かっているのか。


 商会か、大手の運送屋か。




「クランよ。それもかなり逸材揃いの有力クラン。今王都で一番勢いがあって、勢力、事業規模を日々拡大している冒険者集団」




「クラン……、なら客に何人か籍を置いている人はいたけど。それって徒党を組んでクエストに挑むためのものだろ? べつに一人でもこなせるクエストはあるし、大規模クエストってたいてい個人参加出来るよね?」




「はぁ……。ウィル」


 俺の発言にあきれたのか、エリーは胸の下で腕を組んであからさまに肩をすくめた。




「寒いなら上着を羽織ったほうがいいよ」




「ちっがう。まったくもう。よく聞いて? クランにはギルドから未公開のクエストが依頼されたりするの。情報を伏せておきたい内容のものとか、内密に進めてほしいものとか……わかるでしょ? 信頼関係を結べば継続的な取り引きとなるし、依頼の規模も大きくなるから個人よりも有利なの。報酬は、言わなくてもわかるよね」




「普通のクランは事務所とかもたないよね? 無駄な負担が増えるだけだし」




 ギルドにクランとして登録を済ませ、個人の頃と同じようにクエストを受けていき名を売って指名を待つのが一般的だ。


 同業者は多く、クランによっては報酬をあらかじめに下げてでもクエストの依頼を獲得する。それだけ競争が激しいため、大きくなっても大抵のクランはわざわざ建物を所有しない。 


 なじみの酒場を拠点とするのだ。




 酒場は町の中央に集中しているため、ギルドにも近くて便利だ。




 そしてなにより、自尊心の高い冒険者は他人に従うことを嫌う。そんな者たちをどうやって統率するというのか。




「大手って言ったでしょ?」




 町でも名の知れたクランに成長すれば、力を誇示するために部屋を借り、看板を掲げることもあるが。




「それはS級冒険者が何人もいるクランだけだろ。この王都にそんなクランって、三つくらいしか……」




「そこに加入するの。私と一緒にね」




「ええ……? 俺、冒険者未経験なんだけど?」




 無理でしょ。




「自信持ってよ。鑑定の儀の結果、忘れちゃった? さ、【落葉の丘】に行きましょ」


「えぇ……? ここって……【落葉の丘】のクランだったの? たしかに見たことある旗だけど」


「うん」


「大手っていうか、この町の最大手クラン……」




 無理でしょ。




 冒険者を目指していたといっても、ここまで来ると別世界過ぎて調べたこともなかった。届かないとわかっているのに知ってしまっても、つらくなるだけだから。




 それでも。いくら遠ざけても、好きな気持ちにはあらがえない。 




【落葉の丘】といえば、上級の冒険者が約五十名に二十名ほど専属の鍛冶職人や、錬金術師までかかえているという話だ。




 毎日のように大口のクエストを指名で受け、貴族や王宮から依頼があるという。


 そういえば最近、魔族に奪われた戦略的な拠点を奪取するという長期のクエストを見事に達したって報があったっけ。




 あの時は町中がお祭り騒ぎだった。




 一説には、小さな国が買えるほどの報酬が冒険者ギルドより支払われたというのだから、夢がある。




「いくよウィル。引きずってでも一緒に加入するんだから」


「あぁぁ……」




 俺は本当に引きずられながら、クランの門をくぐった。




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