第5話 風を切る


「ここともお別れになるのかな」




 賑わいをみせる王都の街道を歩く。店に戻って、部屋のかたづけをしなくては。


 普段なら煩わしいと感じるひとごみも、今日だけは不思議と不快に感じなかった。


 広場から店のある通りに曲がる。ここは高級店が軒を連ねる通りだから、道行く人の数は少ない。




「ん?」


 ふと、背中に強い風を感じた。


 振り向くも、当然なにもない。何の変哲もない石造りの街道と店があるだけ。




 ただの突風か。




「うわっ!?」


 前に向き直ったところに、またも強い風が吹きつけ、身体がよろめいた。




 よく見ると腕やズボンが破れている。鋭利な刃物で切られたように。




「くっ、誰だ! でてこいっ!」




 服はどんどん破れ、切り傷から血も出ている。前から、そして後ろからと絶え間なく放たれる風の圧。見えないが、自然のそれではないことは俺にだってわかる。


 こんな街中に魔物が出るわけがない。人間だ。


 殺意をもっての攻撃。いたずらにしてはやりすぎだ。




「出てこないというなら、『土壁』」




 俺を中心にして円上の壁を展開し、わずらわしい風属性の攻撃を防ぐ。さらに、見渡せる範囲で襲撃者が身を隠せそうな場所にも円すい型のそれを展開した。


 しばらく様子をみるか。追撃があるならこちらも容赦はしない。




 しかし、このスキルは本当にすごい。


 周りに土がある限り、壁が崩れても補充していくのだから、壁は容易に壊せない。




 このスキル一つを習得するだけでこんなにも安心感が得られるなんて、高ランクスキル様々だ。あこがれのS級冒険者に肩を並べた気分。




「なんだなんだ? 大きな音がしたが。って、えええ!?」


 店からぞろぞろと出てきては、驚き倒す人たち。騒ぎはあっという間に広がった。




 やべええええ。


 やりすぎた。石造りの道がめちゃくちゃだあああ。




「まま、魔物の仕業か? みんな気をつけろ。どこかに魔物が潜んでいるぞ。わあああ」


 気持ち大きめの声で言ってから、おびえるようにその場を去る。




 完璧だ。これでやったのが俺だとは誰も思うまい。


 弁償となれば俺には到底払えない。だって蓄えなんてほとんどないのだから。王都は家賃が高い。


 それに、目立つ行動は避けたい。教会が俺を探しているし、他の属性はともかく、闇属性の数値が高いのはまずい。


 異端の者、魔族として火あぶりにされるかもしれないからな。




「まあ、そうなっても水属性の高ランクスキルを習得していれば耐えられるか」




 戦闘での手応えも上々。


 俺は襲撃者についても深く考えず、そのまま借りている部屋へと戻った。




 翌日、俺は系列の別店舗に足を運んでいた。




「そうかい、さみしくなるね。でも、がんばるんだよ! あたしは応援してるから」


 ふくよかな体型をしたマノンさんに抱きしめられると、母性を感じてしまう。柔らかい。ただただ、柔らかい。二人でその幸せがつまった二つの袋を挟んでいる感じ。




 実際の母は、田舎で畑を耕しているが。


 こんな美人が母だと、親離れもむずかしそうだよな。


 そんな不問な事を考えながら。俺は店を後にした。




「また会いに来てもいいですか? 次はもっとたくましくなって帰ってきますよ」


「あら、かっこいいこと言うわね。ふふ、待ってるから。はいこれ、食べなさい」




 鼻歌交じりに野菜スティックをかじり、街を歩く。


 マノンさんからもらった野菜スティックだ。うーん、塩加減がちょうどいい。


 きゅうりににんじん、そして大根。




 その時、ちょうど頭上に位置していた衣服店の看板が不自然な風によって一部がちぎれ、そのまま半回転して俺の首に迫っていた。




「おっと、落としちまった」




 口からこぼしてしまったきゅうりを拾おうとしゃがんだことで、奇跡的にこれをかわす形となった。 




「え? どうして俺のことをみんなが見てるの? ってなにこれ? 看板?」




「兄ちゃん。神がかった回避だったぞ。わしも久しぶりに教会に行くか」




 外れたのかと思うほど口を大きく開けていたおじいちゃんが、いきなり話しかけて北かと思うと、納得したようで、大広場のほうへ歩いて行った。




 しかし、神がかった回避……か。


 どっかで見た気が……。




「って、俺のスキルかっ!」




 二度目の鑑定の儀において判明したスキルに中に、確かにあった。


 同じような名前に心当たりがあるとすれば、あの商品だ。カウンターから一番近い棚の中段に陳列してあるスクロール。




 金額はたしか、金貨二十五枚。




 一度しか使えないが、命の危機に直面した際に自動で発動し、これを回避する、というものだったはず。


 高すぎるからか、誰も買わないから同じスクロールを何度もほこり掃除していたっけ。


 死を回避できるなら、安い買い物だと思うけれど。


 もちろん俺には高すぎて買えない。




「これもスキル『吸収』で永続的に使えるようになったってこと? 試してみる……いや、やめとこ。下手すりゃ死ぬ」




 首をさすりながら、ぶら下がった金属製の看板を見る。


 もし当たっていたら、首が飛んでいたかもしれない。




「くそが! 完璧だったろう今のは」


「まだ終わってない。こっからあいつが借りてる部屋まで三つは用意してあるだろ? 今のは一番避けやすい罠だ」


「最弱の罠だったか。安心したぞ。次であいつを仕留めよう」




 借りている部屋についたのは、昼を過ぎていた。


 野菜を軽くつまんだが、それだけでは腹は満たされない。なにかがっつりいきたいところ。そういえば、どこかの棚に粗挽き肉のハムが残っていたはず。




「どこだっけ。ああ、上の棚か」




 玄関横の、頭より高い位置にある棚を開け、お目当ての物を取り出そうと手を伸ばす。




「くっくっく。馬鹿め。これであいつはおわりだ。あの棚には毒蛇の魔物を入れておいた。肉という肉に噛みついて飲みこむぞ?」 


「そうか。これが最強の罠だな? よく魔物を用意できたな」


「ああ。闇属性値誘発剤を店から大量にくすねてきた」


「おまっ、バレたらただじゃすまないぞ?」


「まかせろって。あいつをぶっとばして責任もすべておしつけりゃあいいだよ」




「うおっ」




 背伸びしたところで足下に転がる空き瓶を踏みつけてしまい、盛大に尻餅をついた。


 そのときは見えなかったが、蛇みたいな生き物が棚から飛び出し、俺がつまずいてそのまま蹴り上げた瓶にまっすぐ入っていった。




「うわ! なんだこれ? とりあえず栓をしとくか」




 近くに転がっていたコルクで口を塞ぐ。


 瓶の中の蛇は、身動き一つとれないでいる。それなりに力もありそうだが、これでは力むことも出来ないか。




「ギルドに持って行ったら銀貨十枚くらいはもらえそうだし、いっとくか」




「まてまて! なんなんだよお前はよ! さっきから不自然なくらい避けやがって」


「なにをした!」




 かかとが壁についてしまうくらい狭いベッドの上から、二人の男で飛び出てきた。




「お前らこそ人の部屋でなにしてんだよ!?」




 ベッドの上で男二人が何してんの?


 住人が不在な間に人のベッドで、ほんとなにしてんの?




「てめー、なに勘違いしてやがる。ふざけやがって! 『煙幕』」


「『風刃』」




 サラバン兄弟は、立て続けにスキルを使用した。


 煙幕で室内は充満し、それを切るように斬撃が飛んでくる。煙の動きを注視していれば、なんとか交わすことが出来るが、うしろの壁がどんどん壊れていく。


 賃貸契約終了直前だっていうのに部屋をめちゃくちゃにしやがって! 保証金が返ってこなくなるじゃねか。




 落ち着け俺。




 原状回復費のことを心配している場合ではない。




 とにかく外に出なければ。


 くそ、今どこにいるかもわからない。こんな狭い部屋だというのに。視界が奪われ呼吸もくるしくなってきた。




 どうしたスキル『神回避』。発動するなら今だぞ! 所有者が命の危機に瀕しているぞ。




「おれらを差し置いてお前が冒険者なぞ片腹痛いわ! ごほっごほっ」


「やはり単純な攻撃のほうが信頼できる。はじめからこうすればよかったんだよ兄弟。罠なんて、準備するだけ無駄だった」




 兄弟二人の声だけが聞こえてくる。


 自分の使ったスキルの影響を受けずにすむ方法があるのかもしれない。




「お前等の仕業か! ごほ。おかしなことが続くなと思ったんだよ。……もしかして、昼前に襲ってきたのはお前らか。ごほっ」




 さすがに属性値やスキルの質や数で上回っていても、経験ではまだ負けているか。




「まだまだこれからだ! 五年かけて習得した『風刃』でお前を細切れにしてやる」


「ははは。兄弟、勝負だ。おれの煙とお前の刃。どちらがあいつを倒すか」




 ころんとなにかの瓶が転がる音に、視線を落とす。


「これ、盗難が疑われていた魔力増幅ポーション! おまえら……」




 取り返しがつかないことをやりやがった。本店で取り扱う商品もかなり高額かつ、自社ブランドの商品だ。あの金の亡者バレリーが多額の資金を投じて製造し、ハイブランドとして定着するようこだわりをもっている。




 つまり、思い入れが強いということだ。




「初めて飲んでみたが、悪くねえぞ? 金を払うほどではないが」


「っは、兄弟。わるくねえ。これもあいつに押しつけりゃいいんだ。空の瓶がこの部屋にあるってことが証拠だろ?」




 いかれているのかこいつら。 




「バレリーは従業員も疑ってかかる男なのに、お前等はどうやって商品を盗み出したんだ?」


「おいおい、おれたちの出自を知らないのか? 仕入れ先くらい把握しておけよ。煙幕弾はうちの商品だぞ」


「安く卸してやってんだよ」




 そういうことか。


 俺にしているみたいに雑には扱えないわけだ。




 貴族の力は強い。


 サラバン兄弟は元より生活のために金を稼ぐ必要なんてないんだった。同期だから、散々自慢話を聞かせられたっけ。


 こいつらにとって、冒険者というのも単なる暇つぶしか、対面を取り繕うものにすぎないのかもしれない。


 ゆくゆくは家業を継ぐ。俺にはない未来だ。




「ぐああ」




 くそ、油断した。


 左の二の腕を、刃物で切られた。いや、風の刃か。




 考えろ。


 ここで『火炎球』を放つとどうなる? だめだ。『土壁』は、土がない。癒やしを求めてサボテンを買ってあったけれど、あれってどこにいったっけ。土? だめだ、ほかのスキルは、ああ、思い出せない。ごほっごほっ。




 ええい! 落ち着け俺。頭を冷やせ……! そうか『氷撃』だ。マカレナさんから吸収したと思われるスキル!




「ごほ、これで終わりだ」




『氷撃』




 ひし形の氷が目の前でみるみるうちに形成されていき、頭ぐらいの大きさの物が四つ出来上がったところで、はじけ飛ぶように目的に襲いかかった。




「「か、身体が、凍――」」




 パキ、パキときしむ音。


 二人は凍り付いて動かなくなった。このスキルもやはりS級冒険者でなければ届かないほどの高ランクスキル。氷塊がぶつかった物は、伝播するように次々と凍っていく。




「悪いな。お前たちの罪をかぶる気はないんだ」




 戦闘終了。




 新たに使用したスキルも実用的で、攻撃時、それにある程度離れていても使えるというのは利便性が高い。




「おっ、煙もはれてきた」




 壁がギタギタに傷ついて風通しがよくなってしまったから煙が外に出たということに俺が気づくのは、もう少し後であった。






 ――スキル『風刃』獲得。




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