冒険者をあきらめた魔導具店の店番は、未知のスキル【吸収】でいつの間にか最強に

藤花ノエン

第1話 はじまり

 

 王都サマルの大通り、その一等地にある店。



 落ち着いた雰囲気と高級感のある店内は、今日も静かだ。客が少ないのはとても気に入っている。



「あの、これある?」


 商品が並べられている棚を眺めていた中年の男が、空になったところ、商品名と金額の札を指さした。



「あー、そこになかったらないですね」



「本当か? テキトーなこと言ってんじゃないだろうな? ちょっとは在庫を確認したらどうなんだ」


「はい、少々お待ちを」



 カウンターの奥、バックヤードに戻って木箱に目を通すも、当然在庫はない。


「なくなればすぐ補充してるから、そこになかったら品切れだって言ってるだろ。ったく、高級品だってことをわかってないな」


 手近な木箱に座り、しばらく時間を潰すことにする。すぐ戻るとまたキレられるかもしれないからな。



 俺、ウィルは冒険者向け高級魔導具店イアルの店番をしている。



 取り扱う品はどれも金貨数枚から数百枚。特殊効果付きの武器や防具、あっという間に傷が癒えるハイポーション、天候を操ることすらできる魔法のスクロールに希少な素材など、駆け出しはもちろん、並の冒険者には到底手が届かない一品ばかりだ。



 カランカラン、と扉の鈴が鳴った。来客のようだ。



「おう、来てたのか。ここにくるってことは、大物狙いか?」


「そうとも、知ってるだろ? 『破滅』ヴェルドラが周辺国を更地に変えてるって話。ギルドは緊急クエストを出したぞ。これで一生遊んで暮らせるっ」


「ばか、お前なんかに倒せるかよ。動く山みたいなもんだぞ」


「はっ、言ってろ。おれは火属性三十だぞ! 火球で焼き切ってやる。それに貢献さえ認められれば報酬は出るんだ」



 盛り上がっているな。


 報酬が桁外れなのは、過去に討伐されたことがないからなのに。


 その威勢のいい冒険者も倒せるとは思っていないのだろう。しかし、挑戦することができるというだけで、どこか生き生きとしているように見えた。 



「……俺にもなにか、属性さえあれば」



 俺は無属性だった。



「君には、どの属性値も極めて低い」 



 十五歳で受ける鑑定の儀において、司祭にそう告げられた。



 属性は全部で六つある。火、風、水、土に、光と闇。その時点で高い数値があるものは適正があると判断され、一般的にはその属性のスキルを重点的に習得できるよう鍛練を積む。


 火属性の数値が高ければ、数値に応じたその属性のスキルを覚えることができ、初級のスキル火球であっても、威力は個人により異なってくる。数値が絶対なのは、一般常識であった。



「ん? この『吸収』ってのはなんだ。おい、だれかこのスキルを見たことあるやつはいるか?」



 司祭は声を張り上げるが、それに答える者は誰もいなかった。よく覚えている。


 絶望の中で、一瞬差し込んだ希望の光だったからだ。



「君、スキルをすでに持っているというのは驚いたが、属性値ないということは、つまりそういうことだ。残念だが」


 その後のことはよく覚えていない。おそらく何度も口にした慰めの言葉が司祭からかけられていたのだが、欲しかったのは冒険者への切符だけだった。



 考えても仕方ない。



 積み上げられた木箱の開け、


 冒険者はスキルだけでその格が決まるわけではない。そのために毎日、寝る前に剣を振っているのだから。そろそろ戻るか。


「すみませーん、やっぱりなかったです。すぐに仕入れておきます」


 仕入れを管理しているのは店主だが。



 その男は冒険者仲間と話をして気分がよくなったのか、そうかと軽く手を上げて店を去った。金貨五枚もする飛躍のポーションを使ったところで、その防具ではかするだけでも死ぬだろう。



「ちょっと、これ品切れなの?」


 若い女性が、店の中央にある棚の向こうからかけられた。


「あーそこになかったらないですね」


「ちょっとちょっと、店員さん意識が低いんじゃないの?」


 くそ、やっかいな客か。


 若い娘、どこかの貴族令嬢か。だとすればとにかく謝って大事にならないようにするのが無難だ。



「って、お前かエリー。また買わないのに来たの?」



 艶やかな銀に近い白の長い髪が印象的な娘が、そこにいた。十五になったばかりだというのに、その成長は著しい。出るところは出て、締まるところは締まっている。



 エリーは俺の幼なじみサリーの妹だ。十歳以上離れている。小さい頃から三人でよく遊んでいたことから、とても懐かれている。山や川、森でよく遊んだが、虫や魚を捕る俺のことを尊敬のまなざしで見つめていた。あれくらい大きくなれば誰でも出来るのだが、エリーのまわりには年頃の男が俺しかいなかったのだろう。



「こんなに可愛い令嬢が会いに来てくれるのに、贅沢ねウィル。もう上がりの時間じゃない? ついてきてほしいところがあるの」


 腕を後ろで組み、身体をくねらせる様はたしかに愛らしい。


「それが目的か。あいかわらずだけど、そういうことは先に言っておいてくれないと。わかったよ。向かいの店で待ってて、戸締まりするから」




 エリーに手を引かれて、町の中央に堂々とたたずむ教会にやってきた。


 今日はこの娘の鑑定の儀が行われる日なのだ。形式的な式典は午前中に終えているようで、午後になってから一人ずつ鑑定を受けていくらしい。



「俺たちのときと変わってないんだな」


「そうなの。私もやっとだよ。ここまで長かった。これで二人に追いつける」


「とくに苦労したわけじゃないんだから。ほら、行っておいで。待ってるから。祝いの準備に鳥の丸焼きでも買っておこうか?」




 幼なじみのサリーは、王宮で薔薇騎士として活躍している。過去に五十までしか確認されていない光属性と闇属性のうち、光属性で四十をたたき出したのだ。その時は教会と王宮が彼女を文字通り奪い合っていたっけ。




 懐かしい。もはやいい思い出だ。俺とは違って彼女の未来は明るい。元より貴族の娘だから、将来は安定しているのだろうけれど。




 エリーの手を離してそっと背に手を置くと、その娘は逆に俺の手首をつかみ、引っ張った。「!?」


「ウィルも受けるのっ。お姉ちゃんに手を回してもらったから大丈夫」




「いやいや、普通は十五と時にしか受けられないだろ。鑑定の儀はずっと予定がつまっているはずじゃ」


 この教会には王国中から十五になった者たちが希望を胸に集まる。それに他の催しもやっているから、年中人が出入りしており、見るからに暇などない。




「だ、か、ら。お姉ちゃんがやってくれたんだって。この前の舞踏会で、教会の人に司祭になってもいいから妹と一緒にある人も受けさせてほしいって頼んでたのっ」


 ぷっくりとほほをふくらますエリー。  




 あいつ、そんなことをしてくれていたのか。なんの確証もないのに。




「サリーは本当に薔薇騎士をやめる気か?」


「ううん。言っただけだって。ほらいくよ、もう時間だから」


 べーっと、舌を出したエリーもまた、教会を好きではなかった。俺もだが。


 後ろ暗い噂が絶えないからな。




 大聖堂。




 ステンドグラスから陽の光がたくさん差し込んでいる。こんな天井の高い建物などほかにない。




「すばらしい。水、風、そして光属性が突出しておる」


「やったー。やったよウィル」


「わかった。わかったから落ち着け」




 うれしさのあまり人目もはばからず抱きついてくる。顔に押しつけられた胸で息が出来ないから離れてくれ。




「それで、えっと、名前はなんだったか。まぁよかろう。さ、後がつまっているんだ。手をかざして」


「……はい」




 明らかに扱いが悪くなった司祭をなるべく気にしないようにして、人生で二度目になる鑑定の儀を受けた。カミナリのように稲光を内側で散らしている特殊な水晶に手をかざすと、下に引いてある羊皮紙に文字が浮かび上がった。




「!?」


「え」


「ふふ、やっぱりお姉ちゃんの言うとおりだ」




 司祭が言葉を失っているのも無理はない。


 こんな数値をたたき出した者など、過去にいないのだ。




【結果】ウィル・ウォルテック 三十二歳       




 火属性 120/100    


 風属性 110/100           


 水属性 115/100     


 土属性 105/100      


 光属性  80/50


 闇属性  70/50




 スキル


『吸収』




【結果】エリー      




 火属性 000/100    


 風属性 070/100           


 水属性 060/100     


 土属性 000/100      


 光属性  20/50


 闇属性  00/50




【結果】王国魔法騎士(約200人 属性ごとの平均)




 火属性 030/100    


 風属性 030/100           


 水属性 030/100     


 土属性 030/100      


 光属性  03/50


 闇属性  03/50




 ウィル・ウォルテック(十五歳)




 属性オール0 




 スキル『吸収』


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