第8話 試験


 壇上には、シューゲルと名乗った一人の男が立っている。歳は四十代くらいか。


 代表補佐との説明があったが、冒険者なのだろうか。事務方の人間か?




 ついに加入試験の当日を迎えた。




 今日まで意外と長かった。一ヶ月あまり怠惰な生活をエリーの庇護のもとで送ってしまったが、教会にも追われ、衛兵に指名手配されていたのだから仕方がない。




 隣で意気揚々としているこの娘も、まんざらでもなかったし。


 こんな生活も悪くないわね。なんて言っていたから、多少お腹の肉が増えてしまったとしても、しょうがない。




 加入試験を受けに行ったあの日の翌日。


 エリー宅に推薦状が届いたのだ。それを見た瞬間は二人で喜んだが、よくよく目を通してみると試験を免除するものではなく、単に加入試験を確実に受けられるよう『推薦』するものだった。




 さすがに悪質ないたずらかと破り捨てかけたが、差出人はクラン内の人間だと記載されていること、「君たち二人はきっと加入できる」との一文を心の支えにして、こうしてここまで足を運んだというわけだ。




 エリーは合格通知を受け取ったかのように喜んでいるところに、水を差すわけにはいかない。




「ほら、ウィル。始まるよ」


「あぁ。わかってる」 




「今日、この日を迎えられたことを私はうれしく思う。ここにいる者に、真の意味で不適格者はいないだろう。しかし、我らがクラン【落葉の丘】はさらに成長する。その道のりは険しく困難を極める。ゆえに、やむなく加入者を絞らねばならないということを理解して欲しい。才ある冒険者よ、健闘を祈る」




「うおおおおおお!!」




 途端に高揚する周りの冒険者たちは、強そうな奴らばかり。全部で五十人以上いるか。


 使い古された武器や、身体になじんでいる革鎧。若者もちらほらいるようだが、どの者も冒険者を数年経験していますみたいな顔をしている。自分C級、B級冒険者ですけど、みたいな。


 それこそ俺たちのような、ピカピカ新品の防具や武器を身につけているやつはいない。




 どうせエリーん家でゴロゴロしているだけなんだったら、ギルドに行って冒険者登録だけでもしておけばよかった。




 これで加入できるのは一人か二人って、やはり無理でしょ。




「うおおおお」




 隣にいる麗しき幼顔の娘も、両手を挙げて雄叫びを上げている。




「お前も未経験者ってこと、忘れんなよ」


「なに? ウィルってばビビってるの? そんなのあっという間に縮められるから。一瞬だから」




「そうですよ。すべては属性値ですから。スキルは後からついてきます」




「「?」」




「おっと失礼。わたくし、スリザと申します。以後お見知りおきを」




 胸に手を当てて仰々しい挨拶をする、エリーとは逆の隣にいる小さな男。




 小柄だが歳は三十代くらいで、病的にも見える白い肌と濃い目の下のくまに猫背が印象的。 装備は不自然なくらいに軽装で、刃物も果物ナイフのような短剣が一本。その立ち振る舞いからも、貴族ではない。俺と同じくらいか、もっと貧しい出か。




 隣の娘もそうだか、金持ち連中が大半の中で、俺は目の前の男に親近感を覚えていた。




「どうも。互いにがんばりましょう。みんなで加入できればいいですね」




 白々しさが顔から出なかったか不安だったが、どうやら気づいていないみたいだ。




「ええ。試験はいくつかあるようですから、協力しましょう。わたくしにお力添えできるかは、わかりませんが」




 にこりと微笑むスリザ。


 人当たりの良さと物腰の柔らかさに好印象を受ける。




「そうですね。ここから、何でも手に入るほどの大物冒険者に成り上がりましょう。あんないい服を着て、肩で風切って歩きたい――」




 言いながらその先に視線を奪われてしまった。


 壇上を颯爽と歩き、受験者の最前列に並んだ女性がいたのだ。




 綺麗にまとめられた赤毛は腰まであり、すらりと伸びた体躯ながらも、体幹が鍛えられているのか、ただ歩いているだけなのに厳格さ、品格を感じさせる。


 身にまとった衣服は明らかに高価。素材はシルクで、刺繍も芸術の域だ。




「おお。あのお方は、ロッタル家のイザベラ様。この王都でも有力な貴族ですね。おそらく加入は確定しているでしょうが、体面を気にしての受験でしょう」




 手をこねくり回しながら含みにある感じで言うスリザと、反対側で「あっ、イーちゃんだ」と手を上げるも気づかれていないエリーにこちらの反応が追いつかない。




「ではさっそく一番の方、こちらへどうぞ」




 今並んだばかりのイザベラが指示された場所へ移動し、高そうな剣を的に向けた。




「おお」


「さすが名家」


「スキルも当然高ランクかよ」




「『死花』。実に恐ろしいスキル。くくく。五つの属性値が五十を超えていないと習得できない、ロッタル家で受け継がれる技」




 他の冒険者やスリザが驚くのも無理はない。その技は、度を超していた。




 的として設けられた簡易のわら人形はもちろん、周囲の空間そのものが消えてなくなったのだ。


 わら人形を中心とした球体状のなにかが、空気ごと消える。




 得体の知れないそれは実に不気味な事象であり、どんな強者をも畏怖させる。




「お、あ……、よ、よろしい。待機室へ。次の者」




 しばし言葉を失っていた担当官は、我に返って震える手を精一杯上げ、イザベラを先へうながした。




 当の本人はすました顔で剣を納め、使用人のような人とともに建物を出た。




「試験はこれでは終わりのようですね。たしかに実力は申し分ないですが、いやはや貴族というのは実にうらやましい」




「え? もう帰れるの?」


「はい」




 スリザが言うには、一部の受験者は形式上の試験を終え、午後の部はまるまる免除となるらしい。




 いつしか話に聞いた、他のクランや国軍からの移籍組のことか。それとは別にも内々に加入が決まっている貴族もいるみたいだ。




「残りの者は列に並べ。一次試験を順次開始していく」




「ほらウィル。いくよ。私と一緒に絶対受かるんだからねっ」




 胸を寄せるように握りこぶしを作っているけれど。君もいいとこの貴族なのだから、試験半分免除とか……ないの?




「わかったから、ひっぱらないで。手首をひっぱらないで」




 三列あるうちに一つ、一番近いところに並ぶ。


 思えばこのクランに来てからエリーには引きずられてばかりだ。


 先ほどのすかした女の人が受けたものと同じで、離れた的をスキルで破壊するという簡単な試験。


 手始めに実力を披露させるのか。




「おらああああ! どうだ!」


 的に石の塊を命中させて雄叫びを上げる若者冒険者。会場全体も盛り上がってきた。




「くくく。わたくし共も負けていられませんね」 


「ああ。いっちょやってやるか」




 スリザの下卑た笑みに若干引きつつ、俺はエリーの後ろに並んだ。

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