第9話 感知される


「案外……地味だな」




 試験はその後も順調にすすめられたのだが。




 最初のそれはある種の挨拶代わりみたいなものだったようで、二つ目は身体検査、そして今、運動能力の測定を終えたところだった。




「ふー。実際はこんなものよ」




 たゆんたゆんと胸を揺らして俺の前に立つ娘。走り幅とびだ。


 受験者は多く、クランの人間も運営にかなりの数が割かれているため、こうして二人一組で進めている。




「はい、次は股開き」


「んん。もう、ちょっと。あっ」


「……」




 当然、エリーも薄着だ。


 尻をついて両足を開き、上半身を目一杯倒している。


 想定していなかったのか、胸元が緩い服を着ている。肉付きの良さは姉のサリーもそうだが、目の前で顔を赤くしてまで身体を倒す娘もまた、たいへんよい。




 ごくり。




 谷間の先には……、何があるのか。




 それを俺はまだ知らない。まだ、知らないのだ。




 短パンに浮き出た下着のラインを、ただ見ている俺。




「いやあ拍子抜けですね」


「!? ああそうだなスリザ。……試験内容のことだろ?」




 自身の三倍はありそうな大男と組まされたというのに、いつも明るく飄々としているその男。


 エリーをガン見していたの、バレた?




「ええ。何か心当たりでも?」


「あるわけないよ」




「はは。気づきましたか?」


「え、なにに?」


「午前中と比べて人数が減っているのですよ。わたくしの見たところ、上級貴族が根こそぎ帰られています」




 猫背気味の小男は汗一つかいていないが、ひたいをなでた。




「落ちたってこと?」


「逆です。おそらく免除ですね。願わくばその方々の加入枠が別であってほしいです」




 貴族とのつながりはクランにとっても利益となる。


 ご子息を招き入れることで恩を売り、対価として割のいい依頼や他の貴族を紹介してもらえ、王族とのパイプ役になることも期待できるのだろう。




「その子供は安全な後方勤務にしておけばいい、ってことか」




 口角を上げた事から、その小男は瞬時に察したようだ。




「さ、うだうだ言っててもしかたありません。次は……面白そうですよ?」


「次?」 




 視線の先には。




「三列に並べ。これより属性値を測定する」




 丸刈り頭の青年が仁王立ちで言った。




「きたっ。ここで他の有象無象との差を見せつけなくちゃ」




 つんと張った胸をことさら張るエリーに視線が集まる前に、俺が腕で見えないように隠す。


「あんっ。もう……人前だよ?」


「それはこっちのセリフなんだよ! さわってもないのに変な声を出さないで? ほら、上着でも羽織って」




 ぶー、と口をとがらせるエリーにかまわず、俺の上着を渡しておく。




 一連のやりとりを見ていたスリザは苦笑するだけで、すぐに列に並んだ。


 そこまで興味がないのかもしれない。出世への執着がその瞳の奥にあるように感じたが、考えすぎか。




 名前を確認してから手のひらをかざして、ひとり、またひとりとスキル『感知』により属性値を把握していく丸刈りの男。


 それを紙にすらすらと書いていく。




「アリューリュ・シュモン。風属性値、三十五!」




「「おおおー」」 




 男が野太い声を会場内に響かせると、受験者らは感嘆の声を漏らした。




 どうやら、数値が三十を超える場合にのみ開示しているようだ。属性値三十といえば、王国の魔法騎士にとっての基準となる数値。冒険者でそれだけあるということは、賞賛される数値ということか。それにしても、ひとりで全員を担当するのは大変そうだ。




「うー、緊張してきたかも」


「おや? 散々息巻いていたのにビビってるの。今のところ、エリーよりすごいやつはいないけど」


「そんなことないっ」




 胸の下でぎゅっと腕を組むエリー。


 どうやら注目をあびるのが恥ずかしいようだ。




 ふっ、しょせん小娘。


 育ったのは身体だけか。




 そんなに育っては自分のへそも見えないのじゃないか? 




「「おおおおおお」」




 会場が一際騒がしくなり、やむなく視線をそちらに向けると。




「いやぁ、恐れ入ります。恐縮です。ははっ、それほどでも」 




 スリザが肩をすくめて戻ってきた。




「下民風情が。生意気だ」


「おとなしく泥水をすすっていればいいものを! 醜いゴブリンめ」




 どうやら貴族連中はお気に召さないみたいだ。


 こいつらは末端の貴族なのかな。もしかしたら、この試験は彼らにとっても人生の局面を大きく変えることになるのかもしれない。




 みんな必死なのだ。




「ほー、あの人ってすごいんだ」


「え、そうなの? 聞いてなかった」


「ウィル、何見てたの? どこを見たいのぉ?」




 こいつ! 大人をからかうような目でこちらを見ている。なぜ腕を組んだ? なぜ胸の下で腕を組んだ? 




 これはおしおきが必要ですね。




「くそがっ!」




 露骨に嫌悪感を示した青年が、スリザに向かって突然短剣を投げた。




「あぶな、ちょっと! いくらなんでもやりすぎでしょ!?」




 短剣は雷光が如く速度で走る。


 スキルを使用したってのか? この環境下で? もはや正気をうたがう。




 しかし、その小男は落ち着きを崩さず一歩下がってかわした。 




 いや、耳から血が流れているということは、かすったか。




「大丈夫ですか? これ、使ってください」 


「どうもウィルさん。お気になさらず。大丈夫ですから」




 スリザは血を拭い、その男の顔を一瞥してから、またこちらに向き直って笑顔を作った。




 たしかあの男は、なんといったか、貴族の、ヴァルチャー家の長男ウィエフ。


 先ほど感知を済ましていたからわかるが、風属性の数値が三十で、スキルも一家が代々習得しているものがあるとか。




 金髪に碧眼。


 見下すその様がとても板についている。


 わかりやすい貴族って感じか。




 運営に報告しようと思ったが、スリザさんが事を荒立てたくないみたいだし、本人の意思を尊重すべきだよな。




「次の者」


「はーいっ。ほらウィル、いくよ。ちゃんと見ててね?」




 前に出たエリーは、振り返って俺から視線を外さなかった。一定の距離から手をかざせば、スキル『感知』は使えるようだ。




「――」




「うおおおおおおおおお」


「すげええええ」


「えええええ」


「名家じゃん……どうしてここに?」


「けっこんしてくれええええええええ」


「天使かああああああ」




 決して多くない女性受験者の中でもダントツの美貌と、男性受験者を含めてもいまだに出ていない複数属性値の報告に、今日一番の盛り上がりにも納得だ。




 本人は照れて、もじもじしているし。




 冒険者っていうか……、町の酒場の看板娘、感。




「なにもんだよあの男はよ」


「あれだろ? 下男。付き添いで来ただけの荷物持ち」




 まわりの冒険者らがこちらをみて好き勝手に言っているが、気にせずにいこう。




「これは掘り出し物だ。我が派閥に」


「あぁ。今のうちに勧誘を進めておけ」




 おやおや。クランの冒険者さんも、エリーの存在に気づいてしまったようですね。




 水属性と風属性、それに両属性を組み合わせたスキルをすでに所持しており、光属性の初級、中級程度のスキル習得も期待できる人材。




 ほっておくはずがない。




「ねえねえ見てた? 私の事見てた? すごい? 私ってすごい?」




 駆け足で戻ってきた娘は高揚と緊張からか、ほてった顔を近づけてくる。




「すごいすごい。もう女優とかになって舞台に上がったほうが儲かるんじゃない?」


「もーっ! ちゃんと褒めてよ。ねえウィル」




「他の受験者から散々賞賛されたでしょ? この欲しがりさんめ。まだ褒められたいの?」


「ちっがーうっ! ウィルに褒めて欲しいのっ。もうっ、わからずやさんめっ」




 そっぽを向くが、それでも横目で様子をうかがってくるエリー。あまり冷たいのも悪いので頭をなでると、顔を崩して笑った。




 その笑顔は昔からずっと同じ。




 大切な、守るべき存在。


 冒険者として危険な地に身を置くことになれば、スキルはいくつあっても安心ということはないかもしれない。




 今一度、気を引き締めなければ。




「次の者! こちらに」


「はい」 




 意を決して前に出る。ついに俺の番だ。


 今晩は俺の話題で持ちきりとなるだろう。教会にはここにいることを耳にするだろうが、もう遅い。




 大手クランが身を保護してくれるはず。


 大切に、かつ戦力として担ぐだろうな。




 ――会場の二階、贅沢にガラスでこしらえた壁のむこうから、そのヒゲ面の男は誘うように言った。




「おうセルバン。面白いものが見れるぞ」


「今年の新人はもう振り分けただろ? ごねたところでロッタル家の娘はうちの派閥で決まりだぞ?」


 長髪を耳にかける切れ長の男は、眉を上げてはねのけた。


「貴族連中の話じゃねえよ。まあいい、あれはおれが先に目をつけたからな」




 ――二人はそれぞれの感情を持って、階下を眺めた。




 


 名前を確認される。




「――」


「はい」




 すっと空気が張り詰める。




 俺に手をかざして、スキル『感知』を使う丸刈りの男。




 そして、会場は――。

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