3

 たゆん、たゆん。アランとエリオットを囲むスライム達が跳ねる。まるで飛び掛かる瞬間を待っているかのように距離を縮めてくる様子はない。それでも逃げ場はなく、アランとエリオットは背中合わせで立ち尽くしていた。


「おい、黒プリースト。いくらヴァンパイアハンターとはいえ、プリーストだろ。強化魔法とか……なんかこうドカンとやる魔法とかないのか?」

「ふっ、よく聞いてくれました。その曖昧な言い方は気になりますが、プリーストならストレングスや聖懺セイクリッド・ルインとかを使えるのかもしれません。」

「おい、まさか。」


 嫌な予感がアランの脳裏をよぎる。聞きたくない、というように耳を塞いだアランだったが、指と指の隙間からエリオットの声が入り込んでくる。


「ですが、私はヴァンパイアを倒す為だけに魔法を学んだプリースト。私の魔法は全てヴァンパイアに効果的に効くようにアレンジしてますし、その詠唱しか覚えてません。つまり。」

「つまり。」

「この状況において私は完全なお荷物、ということになりますね!!」

「開き直ってる場合かよ……。」


 ヴァンパイアハンターとして戦うなら、パーティーメンバーを強化できる魔法位覚えてても良いような気がするんだが。この子、ちょっとアホなんじゃないだろうか。自分のことを棚にあげて、アランはエリオットの心配をし始めていた。

 そんなアランに矛先が向くのも時間の問題だった。


「そういうあなたはどうなんです。『無職は称号だー。』とか言ってましたけど、本当のジョブは何ですか。もちろん、魔法使えますよね?」

「働いたら負け、どこかの偉い人が言った言葉だ。俺は働きたくない。働く理由なんて、強いていうなら食事くらいだ。それもたまに働けば事足りる。よって、俺は働かないことに決めた。そんな訳で俺は日雇い依頼にしか参加しないからな、冒険者じゃない。」

「長い上に答えになってませんけど。」


 アランを白い目で見つめるエリオット。その視線に動じることもなく、アランは首を横に振る。


「まだ話の途中だ。俺が冒険者になれないのにはもう一つ理由がある。それは。」

「それは?」

「俺は魔法が使えない。俺には微塵も魔力がないんだ。」

「……は?」


 アランの告白にエリオットは耳を疑う。

 魔法が使えない? そんなことがありえるのだろうか。確かに魔法を使わずに生活をする者、働く者は多い。しかし、それは魔力がその身体を流れていないという訳ではない。ただ、その魔力が微量すぎる、もしくはあっても選ばないだけだ。それに、冒険者以外が魔法を使えないかといえば、そうではない。魔法学校、あるいは独学でも魔法を学ぶことはできる。それをこの男は魔法が使えない、と言ってみせたのだ。

 鵜呑みにできる話ではない。でも、今は悠長に話をしていられる状況でもない。


「つまり、あなたもお荷物ってことですよね?」


 エリオットはアランの告白を一言で片付ける。

 先程まで人を責めておいて、流石に気まずそうにするかと思った。しかし、その予想は容易く裏切られる。戦力外宣言をしておいてなお、アランは堂々と立っていた。


「ははっ、馬鹿にするなよ。魔法がなくても戦えることを教えてやる。」

「いやさっき……って、きゃっ。」


 さっきまでスライムに窒息させられかけていたのをこの男は忘れてしまったのだろうか。

 言い終わらない内に、アランはエリオットの右手首を掴んだ。突然の出来事に身体が震え、手から重さが消える。振り返って見ると、アランの手にはエリオットの杖が握られている。今ので取られたらしい。


「これ、借りるぞ。」

「それ、私の杖!!」


 取り返そうとするエリオットをさらりと交わすと、空いた左手でエリオットの首根っこを掴んだ。そしてそのまま、斜め上方向へと放り投げた。


「お前はいらん。」

「へ……ふええええっ!?」


 軽い手つきにしては力強く、スライムが追いつけない速度で外に投げ出される。視界に映るのは、今の動きでスライム達に一斉に飛びかかられるアランの姿。


「いてて。」


 何とか受け身をとって着地した頃には、アランはスライムの塊に包まれて見えなくなってしまっていた。


 

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