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曰く、ヴァンパイアは不死身である。膨大な魔力を持ち、その身の魔力が尽きぬ限りその身が朽ち果てることはない。そんな、怪物。
目の前の男がそうだ、という確信は持てなかった。それでも目の前で再生する姿を見ては信じない訳にはいかない。
「立てるか?」
「はい。」
差し出された手を握り、立ち上がる。不思議と足はふらつかない。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですけど……それよりも。」
「あぁ、分かってるって。あの化物倒すのが先、だろ?」
「いえ……その……。」
「何だよ、はっきり言えよ。」
アランが特に気にしていないなら、言う必要もないのかもしれない。それでも言っておいた方がいい。私が気になるのなら。
「服を着て……ください。」
「あちゃー……完全に忘れてた。カッコつかねぇな、まったく。」
全てをさらけ出しておいて、顔だけを隠すアラン。その声に動揺はなく、余裕さが垣間見える。この男はこれまでも幾度となく、この姿を晒してきたのだろうか。
反省は済んだのか、顔に当てていた右手を離す。すぐにその中指と親指が弾かれ、音を立てる。
「これでいいか?」
即座にアランの身体を霧が包み、いつものボロ布を纏わせる。特殊な繊維でできているのだろうか。近くで見ると、その糸の一本一本が光沢を持っているのが分かる。素材が良いのにボロ布に見えてしまうのは、きっと着ている人間が悪いのだろう。
「おい、今何か失礼なこと考えたろ。」
「考えてませんとも。」
「絶対考えてたな。はぁ、後で聞かせてもらうからな。」
「はーい。」
「まずは、こいつらを片付ける。」
そこで初めてアランはアンデッドへと振り向いた。アランの登場時から近寄ってこなかったアンデッド達が更に退く。威勢のいい声を上げたのは、アンデッド・ドラゴンだけだった。
「アラン。あのドラゴン、魔法陣を壊さない限り再生し続けます。」
「なるほど。厄介な仕組みだな。」
「どうします?」
「どうするも何も……まずは、自分に強化魔法をかけてくれ。」
「はい。
「よし、じゃあ行くぞ。」
そういうや否や、アランはエリオットの首根っこを掴み、ドラゴンへ向けて放り投げた。
「ちょっ、ええええ!!!!!!」
直線を描きながらエリオットはドラゴンの口めがけて飛んでいく。それに応じてドラゴンもその顎を開く。三度目になるブレスが今、放たれようとしていた。
「これ、ぶ、ぶつかりますって!!」
「あはは、そのまま視線を釘付けにしといてくれると助かる!!」
下を見ると、投げた張本人はこちらを見上げながらお気楽そうに追いかけてきている。強化魔法を受けているとはいえ、アンデッドに視線を向けることなく蹴散らすその姿は、見ていて頼もしい。
不味い。どんどん近づいている。まさかあの男、何の策もないというのだろうか。アランから意識をシフトし、杖を構え直した時。アランが叫ぶ。
「強化魔法、重ね掛けしてくれ!!腕、中心に頼む!!」
「は、はい。
「ありがと、なっ。」
アランの両腕に赤い幾何学模様が刻まれる。ヴァンパイアの超人的身体能力を更に向上させたアランは、低姿勢でアンデッド・ドラゴンの胴体下へと滑り込んだ。勢いづいた両脚は、魔法陣に一筋の亀裂を走らせる。アランはそのまま尻尾の真下まで行くと、跳び上がり、その尻尾を抱え込んだ。
「エリオット、危ないから気を付けてくれ。」
「へ?」
ブレスが吐き出される寸前に投げかけられた言葉。アランがこれから何をしようとしているのか、恐ろしくて考えたくない。
警告は済んだ、とでも言うように、アランは尻尾を抱えたままドラゴンを振りまわし始める。エリオットに当たる筈だったブレスは、天井に円を描くように放たれる。当然、天井は崩れ、風圧で壁も壊れ始める。エリオット自身も吹き飛ばされながら、事前にかけておいた強化魔法のお陰で何とか無事に着地する。
「はぁ、もうちょっとで死ぬところだった……。」
降ってくる岩々を杖で砕きながら、アランの様子を伺う。数十倍の体格のアンデッド・ドラゴンを振りまわすアラン。おおよそ天井が無くなり、二階層が見えてきた頃。勢いを活かし、アランはドラゴンの尻尾を身体の中央に持ち替えて立つ。
「これで仕上げだっ!!」
そして、アンデッド・ドラゴンを尻尾から魔法陣へと突き刺した。事前に天井を破壊したのは、このためだったようだ。ドラゴンの首から上は、二階層の穴に展開されていた隠匿魔法に入っていて見えない。
アランが飛び込んだ時に出来た亀裂を更に広げるように、魔法陣はひび割れていく。その輝きが完全に失われた頃、ドラゴンもまた塵と化して消えていった。
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