8

身体強化ビルド・ヴァンピィ。」


 ヴァンパイアを対象とした強化魔法。人間のエリオットにとっては効果はそう高くないし、持続しない。


「でも、この位ならっ。」


 骸骨系アンデッド達が振り下ろしてくる錆びた剣を後ろに半歩引き、寸前で避ける。勢い余ったアンデッドは空ぶり、前へとつんのめる。その瞬間を逃さず、その剣を踏み台にして頭蓋骨の上に登る。

 そこから見えるのは頭蓋骨の海。目的の魔法陣まで一直線に進むだけでいい。


「できるっ!!」


 強化された肉体による反応速度をいかし、次から次へとアンデッドの頭を飛び移り、前へと進む。その間、魔法陣破壊用の魔法を唱えることも忘れない。


「地よ、力を貸したまえ。」


 詠唱を口にしつつ、着実に歩みを進めるエリオット。が、それも突然の痙攣と共に止まってしまう。バランスを崩したその身体はアンデッド達の中へと吸い込まれる。

 足が痺れる。恐らくは毒。原因は……アンデッドに触れたこと。靴を履いていてなお、満足に動かない足。それほどに強力な毒。それが周りを囲むアンデッド全員に付与されているのか。


「いいハン……デ。」


 ふらつく足で何とか立ち上がる。周りのアンデッドは何もしてこない。あえて鈍くすることで、より多く触れさせようという魂胆だろう。アンデッド・ドラゴンに集中するためには、周りのアンデッドに魔法を使う余裕はない。そして近接戦を選べば、私と同じ目に合う。唯一の解決策はより大規模な魔法を使うこと。でも、そんなことをすればダンジョンが崩壊してゲームオーバー。

 八方塞がりの状況においてもエリオットは歩みを止めない。その杖に魔力を込め、前に群がるアンデッドを蹴散らし、少しずつ前へと進む。

 しかして、それを許す敵ではない。アンデッド・ドラゴンはエリオットに向けて再び咆哮する。


「キェアアアア!!!!」


 喉奥から吹き出したブレスは、アンデッド達を飲み込みながら、エリオットへと一直線に向かっていく。

 もうどうにもならない。それを自覚しながらもエリオットは杖から手を離さない。その口からは自然と詠唱が漏れていた。


「その身に力を――」


 エリオットから数体前のアンデッドが掻き消える。それでもその両眼は閉じない。

 諦めないものに救いはくる。視界の端、天井から見覚えのある男が落ちてくる。


「その魔法、俺に寄越せっ!!!!」


 意味の分からない叫び。それでも身体が先に動いていた。杖はその男、アランの方へと向けられる。口もまた動いていた。


身体強化ビルド・ヴァンピィ。」


 パチリ。エリオットの頭の中で響いた何かが噛み合った音。それが何かは分からない。分からないまま、アランを見つめる。エリオットの魔法に包まれ、輝くアランの肉体。強化の直後、空を蹴り、アランはエリオットの前へと降り立つ。

 エリオットを守るように立ちはだかったその背に容赦無く襲いかかるブレス。服だけではなく、肉も腐り、落ちていく。


「ア、アラン、それ以上は……!!」

「ははっ、大丈夫、俺は――」


 言い終わる前にアランの肉体は消え去ってしまう。何が大丈夫なのか、最後まで軽口を叩く男だった。でも、何だかんだと言って見捨てないでいてくれた。助けに来てくれた。その気持ちを無駄にはしない。

 涙を拭き、立ち上がろうとするエリオットの肩を誰かが叩く。急いで振り向くも、そこには誰もいない。気のせいか、と顔を前に戻そうとしたその時。声がした。今しがた聞いて、それが最後になったはずの声が。


「はぁ、人の言うこと素直に信じろよな。大丈夫って言っただろ、なんせ――」

「……!!」


 高鳴る胸を抑えて振り返る。そこには声の主がいた。再生途中なのか、その頭の部分は黒い霧に包まれている。それでも、アランはけろりとそこに立っていた。その口元から鋭い歯がちらりと覗く。


「俺はヴァンパイア、だからな。」

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