7
穴はそこまで深くなかった。滞空していたのは、数秒ほどだっただろうか。エリオットは地面に叩きつけられ――る寸前で受け身をとって転がった。
服についた埃を払って立ち上がる。薄暗い中、巨大な空間の中心で光を放つ魔法陣。そして、その上に鎮座する巨大な影。眠っているのか、それが動く様子はない。ただ、魔法陣が放つ光は徐々に強くなり、それに合わせて呼吸をするようにそれの心臓部が点滅し、その点滅もまた速まっていく。
「な、アンデッド・ドラゴン……。」
恐怖や衝撃よりも、感動が先にあった。その全身は骨格を主体とし、その瞳と心臓部のみにドロドロとした肉塊が残されている。そのおどろおどろしいも美しい姿に目を奪われる。アンデッド・ドラゴンは、ドラゴンの亡骸を元に形成されるモンスター。ドラゴンが死の寸前に突然変異して生まれることもあるが、その多くはドラゴンの亡骸を触媒に召喚することで生み出される。死んでいるとはいえ、ドラゴン。素材の入手から召喚まで、難易度の高いモンスターのはず。一部ではなく全身を召喚してみせるなんて、並みの召喚師ではない。
つまり、ここにある悪意もまた並みではない、ということになる。目覚める前に片を付けた方がいい。
「焔よ、ここに。」
杖の先から赤色の魔法陣が二重、三重にと展開されていく。寝ている今でさえ、建物二階分はあろうかというその巨体を焼き尽くすには恐らく五重、六重に重ねる必要がある。が、その詠唱をする猶予は残されていなかった。
「ア……ァァア……。」
付近での魔法の行使を感知し、アンデッド・ドラゴンはその足で立ち上がった。見上げるほどの大きさを前にして、エリオットに残された選択肢は退避以外になかった。
しかし、エリオットは退避しない。杖を構え、詠唱を続ける姿勢を取る。
「燃えよ、燃えよ。熱く、燃えよ。」
ここから逃げた時点で、防戦一方となる可能性が高い。それなら、動きの鈍い内に倒してしまう方がいい。
アンデッド・ドラゴンもまたエリオットを見据え、その口を開く。向こう側が透けて見える空洞に魔力が集まり始めるのを感じる。ブレスが来る。
「アアアアァァ。」
「その不死たる身を尽く焦がさん――」
束の間の沈黙。先に動いたのは、アンデッド・ドラゴンだった。
「キシャアアァァ!!!!」
「
金切声と共に吐き出されるブレス。薄紫の霧の様なそれを迎え撃つ炎の渦。両者の勢いは拮抗し、その余波がダンジョン内部に被弾していく。
思ったよりも威力が強いわけではない。この状態なら押し切れる。エリオットは自分の作戦勝ちに安堵していた。炎の渦を維持したままの姿勢で、杖から右手を離す。
「焔よ、雷を纏え。」
魔法の同時展開。魔力操作に長けていなければ不可能な芸当をエリオットは慣れているかのようにやってのける。
拮抗しているなら魔法を足してしまえばいい。安直ではあるが、単純な解決法。しかし、それができるのは自分だけではないことをエリオットは知らなかった。
「痺れろ、痺れろ。息をする間もなく、痺れろ。」
「シャアアア!!」
ブレスの勢いを増すためにもう一度叫んだのか、そう考えたが違う。アンデッド・ドラゴンは左前脚を少し上に上げると、足元の魔法陣に叩きつけた。それに呼応するように魔法陣が光り、足元から次々にアンデッドが生み出されていく。
(そんなのあり……!?)
アンデッド達がこちらに辿り着くまで、十秒もかからないだろう。泣き言を言っている場合ではない。エリオットは黄色の魔法陣を展開した右手を杖に重ねる。
「
「キェェェェェッ!!!!」
雷が炎の渦に螺旋を描く。炎と雷の合わせ技が炸裂し、アンデッド・ドラゴンのブレスを打ち破る。そしてしかる後に爆発。頭部分が瓦解し、崩落する。それと時を同じくして胴体部分も崩れ落ちていく……かに思えたが。
足元の魔法陣が再び怪しく光る。すると、アンデッド・ドラゴンの身体は元通りに再生していく。まるで時を戻したかのように。
「は、そんなのあり……?」
流石に声が出た。これからアンデッドを処理しようという時に復活。どうやら破壊すべきなのは、あの魔法陣の方らしい。あれを破壊しなければこの戦いは終わらない。そして、それが分かっているから、あのアンデッド・ドラゴンはあの上から動かない。本能でその身の安全を感じ取っているのだろう、あるいはそういう術式が組み込まれているのか。
分かるのは自分が絶体絶命であること。そして、相手の弱点。それならすべきことは明らかだ。
「魔法陣をぶっ壊すっ!!!!」
進むべき道が分かっているなら、そこに立ちはだかる障壁は全て粉砕する。それがエリオット=ピエトリアという少女。
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