一章 俺はパーティーを組まない

1

 アラン達は冒険者ギルドに所狭しと置かれている机に腰を降ろしていた。アランの目の前に座った少女は興奮しているのか、座ってすぐに話を始めた。


「私とパーティーを組みませんか?」

「あ、お姉さん、野菜ジュース一つ。」

「あの、聞いてましたか?」

「もちろん、聞いてたさ。ここの代金払ってくれるんだろ?」


 少女の真剣な声を無視してウェイターに野菜ジュースを頼むアラン。少女に問い詰められてなお、アランは平然とうそぶいて見せる。


「違います。やっぱり聞いてないじゃないですか。」

「あー、はいはい。いいから早く話してくれ。」

「何ですかこの人……!!」


 先ほどまでの嬉しそうな表情はどこへやら、憤慨する少女。それでも何度か深呼吸をした後、冷静な表情へと戻り、話を切り出した。


「私は狩人ハンターです。」

「そっか。それは良かったな。じゃ、俺はこれで。」


 愛想笑いと共に席を立ち、逃げようとするアランの服の裾を少女は掴んで離さない。


「逃がしませんよ。勝手に飲み物まで頼んでるんですから、話だけは聞いてもらいますよ。」

「頼んどいてあれだが……嫌な予感がするんだよ。」

「だからって今更逃がすと思いますか。」

「思わない。はぁ、話は聞くさ。せっかくのおごりだし、な。」


 アランはウェイターから受け取ったグラスを満たす赤色の液体を口に運ぶ。そして、契約完了だ、とでも言うかのように先を促した。

 少女はそれに頷き、立ち上がる。


「私はエリオット=ピエトリア。……ハンターです。高い魔力を持つ私とパーティーを組めば、あなたの冒険者ライフも楽になること間違いなし、ですよ。」


 磨き上げた宝石のように紅く輝く瞳。白く、透き通るような長い銀髪。身を包む黒いワンピースには、腕から太ももの辺りまで幾本ものベルトが巻き付いている。そして右手には黒々としたプリーストにしては禍々しい杖が握られている。その杖の先では、金色の細い何かが入った透明な球体が輝いている。

 年のころは16かそこらだろうか。幼さを感じさせる見た目、個性的なファッションでありながらも、その振る舞いの節々からは高貴さが感じられる。きっと由緒正しき家の出なのだろう。それがどうしてハンターなんてやっているのか。アランは興味深いと身を乗り出した。


「確かにあんたは魔力も高そうだし、顔も可愛い。だがそれで俺をだませると思ったら大間違いだ。高魔力ならウィザードかプリーストになってるはずだろ?それがハンター?冗談キツイな。」

「私はハンターはハンターでも。ヴァンパイア専門のハンターなんです。」

「……。」

「ですので、あなたがおっしゃる通り、本当のジョブはプリーストです。ハンターを名乗らせてはもらっていますけど。」

「……。」


 アランの読み通り、エリオットはハンターではなくプリーストだった。いや、ハンターでもあったというべきだろうか。

 これではっきりした。この少女の問題が。ここまで好条件をぶら下げた少女がパーティーからあぶれている理由は、一つに尽きる。アランは躊躇いなくその言葉を口にする。


「ヴァンパイアなんて伝説上の存在だろ。そんな伝説上の存在としか戦えないプリーストはどう考えてもお役御免だろ。」


 ヴァンパイア。人や家畜を襲い、血をすするとされる怪物。そもそも存在しない、だとか随分と前に狩り尽くされたとも言われている存在。今生きている人間で見た事のある人間はいるだろうか。少なくとも、目の前の少女がそうでないのは見て取れた。つまりはまぁ、目の前の少女はただの夢見がちな女の子、というこになる。それに、ヴァンパイアハンターと名乗った以上、こいつの魔法は対ヴァンパイア専用の可能性が高い。どう考えても役立たずだ。


「たしかに私は見たことないですけど……お爺様はありました。」

「爺のもうろく話だろ?そんなの信じて大丈夫か?」

「なっ……!」


 エリオットは聞く耳を持たなくなったアランの軽口に動揺し、少しの間口をパクパクさせていた。しかし、今まで聞きなれてきた言葉だったのか、すぐに元の強気な表情へと戻る。そして、伸ばされた腕と人差し指はアランに向けられていた。

 

「これはあなたにとっても悪い話ではないはずです。」

「はぁ。」

「実はあなたのことを数日間観察させてもらいました。あなたはパーティーも組んでいなければ友達も恋人もいない。そして依頼に出ることもほとんどない……というか、日中に家から出ることもほとんどない。俗に言う無職ニートというジョブですね、あなた。」

「だから何だよ。あとニートはジョブじゃない、称号だ。」


 ストーカーなのかこいつ。

 謎の熱意を発揮するエリオットはアランの反抗を意に介することなく、話を進めていく。


「ふふ、今あなたはクエスト掲示板を覗いていました。パーティーを組んでいない貴方では、挑戦できるレベルのクエストは無かったのではないですか?」

「はっ、足手まといと組んで挑戦できるクエストもなさそうだけどな。」

「いえ、そうでもないでしょう。知っての通りクエストには参加資格がありますよね。ソロなら大規模討伐でもない限りは参加できないでしょう?」

「……そうだな。」


 悔しいが、エリオットの言う通り、アランが参加できるクエストはそう多くない。大体のクエストは、ソロというだけで門前払いされてしまうことが多い。ソロでクエスト達成できるような実力ある冒険者なら、パーティーを組んでいるはずだからだ。それにアランはとある事情から臨時のパーティーを組むことを避けている。よって現状、アランはぼっちニートを極めてしまっている。


「ふふ、ぐうの音も出ないでしょう。形だけでも私と組めば、あなたの生活は楽になるはず……ですよ!!」

「それはいい。俺のメリットは分かった。」

「じゃあ……」


 アランの言葉に目を輝かせ始めたエリオット。嬉しそうに顔を寄せてくる彼女をアランは片手で制止する。


「待て。お前のメリットは何なんだ?」

「私はヴァンパイアを見つけたい。そのために冒険者になりました。ヴァンパイアを見つけるには各地に存在するダンジョンの踏破、秘境への介入が必要になるでしょう。」

「仰る通り。その計画のどこにもニートを仲間にする余裕なんて無さそうだ。」

「ぐぬぬ。私の魔法はヴァンパイア専用なので普通のモンスターとは戦えないですし、パーティーにも入れてもらえないので、お金もないんですよね……あはは。」

「じゃあ何か、今はぼっちニートが顔を突き合わせてるだけってことか?」

「そう……いうことになりますね。」


 散々話を聞いたが、感想としては結局世間知らずな少女のおとぎ話。普通の人間なら話も途中でどこかに立ち去っただろう。ただ、今回はその相手がニートのアランだった。エリオットもまた同じ波動を感じてアランに声をかけてきたのだろう。


「ま、面白い話だった。暇つぶしにはちょうどよかったよ。次はもっと面白い話を聞かせてくれ。」


 アランはそう言うと机に手を付き、立ち上がった。そのままエリオットを置き去りしようとする。残念ながら、それを逃すヴァンパイアハンターではなかった。エリオットはギルド内の冒険者に聞こえるように、声をあげる。


「私を捨てるんですか……!!あれだけ酷いことをしておいて……!!今日だってここの飲み代肩代わりさせて……うぅ、酷い……酷いよぉ。」

「お前……っ!!」


 焦るアラン。アランと対峙する当の本人は顔を覆う両手の隙間から笑って見せる。アランが睨み返すと、すぐに顔を再び覆い始める。周囲の目が厳しい。いい年したニートが可愛らしい少女を泣かしている、この現状は非常に不味い。アランは覚悟を決めた。


「あぁ……!!もう分かった!!組んでやる、組んでやるからとりあえずここから出るぞ!!」


 少女の首根っこを掴み、小脇に抱えるとアランは冒険者ギルドを飛び出した。

 時既に遅し。冒険者ギルド内でのぼっちニートの評価は地に落ちてしまっていた。

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