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 小さく、弱き生命は外敵から身を守るために集団の形態をとることがある。そこから熱して倒す、もしくは電撃とか。その方法はその生物による。では、スライムはどうか。スライムももちろん集まることで、外敵を倒そうと試みる。スライム達は集まり外敵を包み込むと、外側で合体し、1つの大きなスライムとなる。そうして中の生命は陸で、もれなく溺れ死ぬ。アランが陥っているのはそうした状況だった。

 それはエリオットにも分かっていることだった。本当ならここで腰を付けたまま、見ていてはいけないのだろう。しかし、エリオットには何故かあの男が無事だ、という確信があった。直前で杖を奪い取ったのもあの男だし、今回の討伐依頼を持ってきたのもあの男だった。そして何より、私はあの男の名前を知らない。この短い期間で記憶に強烈に刻まれたのだ、名前も名乗らないまま死んでもらっては困る。


「――。」


 確信というよりも期待を抱くエリオットの耳に微かな声が届く。音の発信源は目の前、スライムの山。

 巨大なスライム、その表面にうっすらと線が浮かび上がる。そして、次の瞬間。スライムは内側から破裂した。後には、辺りを濡らすゲル状の破片と僅かに立ち上る蒸気が残った。恐らくその原因を引き起こしたであろう男は、その全身をべっとりとした元スライムで濡らしたまま立っていた。


「な、何が……というより、大丈夫でしたか?」


 滑りやすくなっている足元に気を使いながら、エリオットはアランへと駆け寄る。

 ぺとり、ぺとり。髪から元スライムを滴らせるアランの腕からは微量の血が流れ出ていた。どのタイミングでかは分からないが、やはり無傷で脱出は出来なかったらしい。


「ん?あぁ。大丈夫。こう見えて、俺の身体は訳アリでね。スライム位、どうってことない。あ、あとこれ返すわ。」

「それならいいですけど……って、私の杖ベタベタじゃないですか!!」

「そりゃ、スライム切るのに使ったし。ベタベタにはなるよな。それに、貸したのはお前だろ?」

「はぁ!?あれは貸したというより奪い取られたって言った方が正しいです!!」

「ちっ、めんどくせーな。」

「あっ、今、舌打ちしましたね。」

「借りて失敗したならまだしも、解決しただろ。必要な犠牲だったんだよ。」

「なっ、この人は……!!」


 互いに向き合い、いがみ合うアランとエリオット。泥沼化するかに思えた二人の争いは、ふいに両手を合わせ、頭を下げたアランの言葉によって打ち切られた。


「あーすまん。流石にこれは俺が悪い。この杖は俺の名に懸けて必ず元通りにするからさ、許してくれ。」

「そこまで言うなら、許してあげなくもないですけど。」

「どっちだよ。」

「んーっ。そういうとこですよ。」

「はいはい。さ、ギルドに報告しに帰ろうぜ。」


 これで話は終わった、とでも言いたげにひらひらと手を振り、歩き出すアラン。が、後ろから強く引かれたことでその歩みは止まってしまった。アランのぼろ布に近い服の裾をエリオットが掴んでいた。

 前にもこんなことがあった、とアランは思い出しつつ問いかける。


「何だ、まだ問題あるのか?」

「あ、いや、問題というか。あなたの名前を聞いてない、というか。」

「ん。そうだったか。俺は……あー……えー……まぁ、いいか、アランだ。よろしくな、えーっと。」

「自分の名前も忘れちゃったんですか?私はエリオット、です。」

「よろしくな、エリリ。」

「エ、リ、オ、ッ、ト、です!!」

「ははっ、帰るぞ、エリリ。」


 憤慨するエリリもといエリオットの抗議を気にも留めず、アランはギルドへの道のりを戻り始めた。エリオットは夕陽に照らされ、ベトベトの身体を光らせるアランの背中を追いかける。

 アラン、この妙な男に心躍る自分がいることに少し驚きながら。

 


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