27 ケース2【電脳少女】前篇



晶子さん……。

君の笑顔にボクは今日も癒される。

クラス替えをして、君がボクの隣の席になって……ニコリと微笑みかけてくれた時から、この思いは色付き始めた。

君が図書委員と知ったボクは、放課後毎日、君の所に訪れたね?

あの作家の小説が好きだと友人と話していた君の為に、最新刊を机の中に入れてあげたのはボクだと、気付いているかい?

最近、『後をつけられている気がする』と怯える君……大丈夫、ボクが守ってあげるよ。

おしとやかで、引っ込み思案で、黒髪の美しい君。

そんな……そんな君が……


「はい、あーんっ。ぅふふ、だし巻き卵、美味しいですか?」

「ラー油掛けていい?」

「えー? 折角繊細な味付けをしたのにぶち壊すつもりですかー? ふふっ」


突然現れた編入生に、そんな笑顔を向けるだなんてっ。



──ひと月後。


「はぁ……」


あの衝撃的な一日から、ボクは学校を休んでいた。

生きる気力を失い、廃人のような気持ちで過ごす日々。

けれど──


『モチモチー! 月見団子ですよー! 今日の動画はねー』


「はぁ……やっぱり可愛い」


けれど今は、卑屈な気持ちも絶望感も焦燥感も一切無い。

そう。

全てはこのVtuber、団子ちゃんのお陰。

オタク業界というものにてんで疎かったボクだったが、沈んでいた時、たまたま見た彼女の動画にボクは釘付けに。

ウサ耳……頭にいくつもついたお月見団子……キラキラと星の様な瞳……

トークもよく滑ってるけどそこが可愛らしく、ゲーム実況も決して上手なプレイではないけれど一生懸命で……


「ああ、彼女に会いたい──」


自然と漏れ出る願望。

何度この台詞を呟いたか。

画面の中に居る彼女。

生放送の動画にコメントを送るだけの一方通行な会話。

反応は貰えるが、それだけ。

コミュニケーションとは呼べぬ遣り取り。

触れられず、体温も味わえない。

この子は現実の人間と違い僕を裏切ったりしないのに……どうして現実はこうも残酷なのか。

希望を得たボクが更に望むあまりに気付いてしまった絶望感。

──そんな時、ふと、『甘い香り』が鼻をくすぐった。


『おーい』


え?


『あっ、やっと気付いた! 君だよ、君ー!』


なんだ?

画面の中の団子ちゃんが……

団子ちゃんがボクを見てる?

団子ちゃんがボクを見てる!?

団子ちゃんがボクを見てるぞ!


『無視しないでー!』

「も、もしかして、ボクに話しかけてる?」

『そーですよ!』


待て、待て、しかし冷静に現状を考えてみよう。


今、ボクは彼女の過去の動画を見ていた。

急に彼女、生放送を始めたのか?

だとしても、何故彼女側からボクが見えている?

パソコンの内蔵カメラでも作動しているのか?

ボクの顔が全国に晒されている?

そもそも、会話の相手はボクなのか?

たまたまボクの返答がタイミングよく合わさったわけでなく?


『何を考えてるんですかー? いま団子は君だけに話しかけてるんですよー、帝(みかど)くーん!』

「ぼ、ボクの名前を! 現実だ! やっとボク達は通じ合えたんだね!」


団子ちゃんは『こうなった』経緯を話す。


・突然、自分の中に流れ込んで来たボクという情報

・それと同時に、感じた事の無い感覚を知覚

・自分は【月見団子】という存在だと再確認、そして芽生えた自我


後半はよく理解出来なかった。

他のVtuberには『中の人』が居てキャラを演じてる『やらせ』なのは知ってるが、団子ちゃんは『中の人などいない本物』だろう?

自我、とはどういう意味だろうか?

まぁいい。


『貴方が、団子をこんな風にしたのでしょう?』

「え……? ぼ、ボクは何も……でも、ずっと君とお話ししたいとは思ってて……」

『じゃあそれですよ! 貴方の想いが団子に『気付き』を与えたんです!』


──それから。


しばらくはビデオ通話の感覚で遣り取りをするボク達。

好きなもの、嫌いなもの。

許せるもの、許せないもの。

色んな会話をした。

やっぱり、彼女はボクの想像通りな素敵な子で。

日を追うごとにその想いが膨れ上がっていく。


ボク自身も、彼女に恥じない男になる為に、自分磨きを始める。

引きこもりで増えた体重を落とす為にダイエットや筋トレをしたり、美容室に行ってみたり、スマホに移動した団子ちゃん(たまに何故か電波が悪かったが)にアドバイスを貰いながらお洒落な服屋で買い物したり。

画面越しに会話するボクらを、奇異な目で見る者たちがいたが、ボクには逆に、これほどの素晴らしい時間を知らない周囲が可哀想で……


──そんな日々を過ごしていた、ある日……『革命』は起きた。


『なんだか調子いいです! 今日なら出来そうな気がしますっ』

「な、なにを? えっ! ちょ!」


唐突に。

パソコンの画面から団子ちゃんの手が伸びて来て、ボクを掴み、


「うわあああ!!!」


中に引き摺り込まれた。



「おーいっ」

「ぅんん……、……ん? あ、れ?」


ここは……ボクは、自分の部屋に居たはずじゃあ?

和室だ。

ボクの家に和室は無い。

しかし、どこか既視感。

……あ! いつも『画面越し』によく見ていた部屋だ!

す、すなわち──


「団子ちゃんの部屋……?」

「そうです!」


道理で!

甘くてドキドキする凄く良い匂いで満ちてるなと!


「で、でも、どうやって……?」

「調子がいい、と言いましたよね? なんだが、貴方をこっち側に引っ張って来れると思ったんですっ」


解ったようで解らない、やはりトーク下手。

しかし顔が近い。

近くて見たらやはり可愛い。

本当にコレは現実か? 夢じゃないのか?


「みんなにも紹介しますよっ、さぁ!」


団子ちゃんはボクの手を握り、立たせてくれた。

彼女はいつだってボクに勇気を勇気を与えて、奮い立たせてくれる。

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