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ブワッ!


毛を全開に逆立たせて警戒心を露わにする膝丸。

過去、彼女が僕の前でこうなったのは、『大震災』の時や、『本家夜襲被害事件』の時や、彼女の『トイレが近くなった時』ぐらい。

余程、目の前のオオムカデに危機感を抱いているのだろう。

僕を守護(しゅご)る任を、おばぁ直々に科せられた大蜘蛛膝丸。

僕に危機が迫れば、彼女は何よりも、自身よりも、僕を優先する『覚悟』が出来ている。

ーーまぁそれはそれとして。


「うおおおっ、デッケーッ」


オオムカデに駆け寄る僕。

その行動は予知……出来ていたであろう膝丸は、それでも僕の髪を引っ張って何とか止めようとするも時既におすし。

僕はオオムカデのお腹? 下半身? 辺りに抱き付いていた。

ウーン、このカチカチとした外皮の鎧感、想像以上にイイね。


「クックックッ……まさか無警戒で飛び込んで来るとはのぅ」


なんとっ、このオオムカデ喋るぞっ。


「まさか、このような僻地に、かような『めんこい娘』が来るとはのぅ。偶然迷い込むような場所でも無いというのに」

「むー、僕は男だよっ」

「……肝が座っておるのか、無知の怖い物知らずか……ヌシは我に臆せんのかえ?」

「え? だって普通にカッコいいじゃん? ムシ系は(膝丸に限らず)昔から触れる機会が多かったしっ」

「嬉しい事を言ってくれる。じゃが、これほど常軌を逸した巨大で神々しい存在を目の当たりにしても、か?」

「デカイ分だけカッコよさも倍増だよっ。まぁ、普通の人ならおったまげるだろうけど……世の中には手話英語を扱えるゴリラや、頭のこの子(膝丸)という前例あるから、デカくて喋るムカデさんが居ても、ねぇ?」

「それらと一緒にされるのもどうなんじゃ……しかしこうなると、少しは恐れて貰いたくなるのぉ。我の前と現れたモノは全てが神への供物。どれ、取って食ってやろうかぁ? (ニチャァ)」


ボタリと落ちるヨダレ。


「あ、食べるのはやめといた方がいいよ? お腹壊しちゃう」

「ククッ、我がハラワタの心配をされるとはのぉ。大抵の毒なぞ、我の胃液の酸には及ばぬよ」


大口を開けるオオムカデ。

頭から離れて暴れようとする膝丸を、僕は片手で押さえ付ける。

僕の真正面まで、いかつい顔が近付いてーー


「ふんっ、これでもその瞳に恐れの色は浮かばぬか。小憎たらしいわっぱじゃ。……むっ?」


と。

気付けば、地面には【タンポポ】。

タンポポ……そういえば、どこかで?

そのタンポポは、風もないのに、お辞儀するように茎をペコペコさせて。


「なんじゃ? ……ふむふむ……先程『このヌシに助けられた』とな。はぁ、何とベタな……」


うわ、なんか花と喋ってるし。

けれど、僕がタンポポを結果的に助けた話……この子はどこで知って?


「案ずるな。元よりその気なぞ無いわ。下がってよいぞ」


すると ズボボッ タンポポは地面に引っ込んでいった。

何だったんだ今の。


「全く。このムカデの山で、よもやカラスにすら馬鹿にされようとは……我々も落ちたものよ。……で、なんの話じゃったか」

「小憎たらしい云々って」

「ああ、そうじゃそうじゃ。顔を見て思い出した所じゃた。その『こがね色の髪』と『紅石が如く赤い瞳』……」


オオムカデの瞳がキラリと光り、


「ヌシ、もしや絡新の者か?」

「そだよー」


僕は肯き、


「ここに来れば『可愛子ちゃんに会える』って唆されてさー」

「道理で。その子憎たらしい態度、大昔のカアラを思い出すわい」

「へー、昔のおばぁも。想像しやすいなぁ」

「おばぁ……成る程。つまり、ヌシが『件の』孫、か。待っておったぞ」


オオムカデは顔を離して、


「少し、目を瞑れ」

「え、なんで?」

「なんでも、じゃ」

「しょうがないなぁ……(チラッ)」

「薄目を開けるな。おい、そこの蜘蛛」

「え? わっ、ちょ、膝丸っ、急に顔に引っ付かないでっ」


メキメキ、バキバキ


「えっ! なんか凄い音聞こえてるんですけど! 変身シーンでしょこれ! ぐおおお離れろ膝丸ぅぅぅ」


しかし、無慈悲にも、そんな攻防をしている間に辺りは静かになって……


「もうよいぞ」


ササっと顔から離れ、僕の両手に収まる膝丸。

今更じゃボケェ。


「(スッ)……あれ? オオムカデは?」


あれだけ視界を埋め尽くしていたモンスターが影も形もなく、その後ろには神社の本殿があったのだと初めて認識。

それから、


「ここじゃここじゃっ」


ピョンピョン! 目の前で何かが跳ねた。

可愛らしい『幼女』だ。

絵本の昔話で見るようなヒラヒラな羽衣を纏い、肩にはユラユラと透き通るほど綺麗な布(確か天衣)が揺らめいていた。

お遊戯会かな?

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