21
と、その時だ。
「(ガラッ)おっ、いたいた。お前ー、この旅館、広すぎるし複雑過ぎるじゃろー」
前置きもせず、部屋の戸を開ける客人。
この場所の制服である浴衣を着た従業員達も「お、お客様、困りますっ」と焦っている。
易々と『王の間』までズケズケ上がり込む真似……許されるのは、それこそ知朱ぐらいなのだが……
「び、毘沙様!」
「おうホコウ、一日ご苦労だったな」
「毘沙様。わざわざ御足労頂いて」
「うむっ、来てやったぞカアラよ」
無い胸をむんっと張る幼女。
山で会った大ムカデで、そして町の神。
どうやら本当に、カアラ様が敬うほどの存在だったらしい。
「あー、本当に女将さんのお客様だったんだぁ」「お袋の客だってんならこの常識の無さも納得だな」「そ、それは本当の事でも失礼ですよぅ」
各々、言いたい放題な従業員達。
こんな環境にあるお宿だ、働く従業員も
『凶神クラミツハ』『暴風テュポーン』『傾国九尾』
と、当たり前のように一癖も二癖もある悪名高き化物揃いで。
聞いた話では、昔、地獄の役員こと獄卒の鬼達が酒の勢いで従業員に不埒を働こうとした所、目の前の三人が『数百も居た』屈強な鬼達を皆殺しにする大惨事があったとか。
ここは場所が場所、獄卒らは面子の為に報復不可避で……しかし、その後特にそれらしい事象は無かった。
寧ろ、地獄の王閻魔羅闍(えんまらじゃ)が直接カアラ様に謝罪に来たのだとか。
媚びず、屈せず、自由な桃源楼。
そんな従業員に慕われ、取り纏める方こそ、この女将カアラ様なのだ。
従業員は去り、「なんの話じゃったかの?」と毘沙様は首を傾げ、
「ああ、そうじゃ。おいカアラ! いきなり説明もなく『こやつら』を預けて! どういうつもりじゃ!」
ブーン ギチギチ カサカサ
毘沙様の手やら肩に載っていた『そいつら』は……
「も、もしかして、今日知朱様が仕事を頼んだ虫さん達、です?」
「なに? そうなのか?」
カアラ様は頷いて、
「ええ、そうですわね。その子達の『意思は固そう』でしたので、最も成長に適した場……毘沙様の所でシゴいて貰おうかと」
「ふんっ。孫の不始末を師に丸投げとはな。貴様も偉くなったもんじゃ」
「ふふっ。適材適所、ですわよ」
「あ、あの……」
「ああ、ごめんなさいねホコウさん。貴方との話も途中、でしたわよね。毘沙様もいらっしゃって、丁度良い機会です。我が孫、知朱について、少し話しましょう」
--絡新 知朱。
当人は自身を『虫好きなただのお坊ちゃん』としか思っていないのだが、しかし奴には一つ(どころではないが)特殊な(傍迷惑な)力があった。
【知恵のリンゴ】
と、ここの皆が呼ぶその力。
簡単に説明するなら、『生き物に知恵を与える』、である。
「知っての通り、我ら『妖』とその他生物との違いを挙げるとするなら、『妖力の有無』、でしょう。妖力を持つ方法は大きく二つ。遺伝か、若しくは外的要因か、ですわ」
前者は言葉の通りだ。
親が妖であるなら、妖力を備えた子が生まれる。
コレが一般的。
しかし、後者でのパターンは殆ど例が無い。
『成功例』、と言った方が正しいか。
妖力を持った者から『攻撃を受ける』、妖力を得られる『呪具等を使う』、長時間『妖力の満ちた場所に居る』……
コレらは一例だが、後天的に妖力を得るにはこのような方法を用いる。
しかし、先程も言ったように、殆ど『成功しない』。
基本的に、妖力を得る前に器が耐えられず、死んでしまうのだ。
「そう。外的要因の殆どは失敗に終わります。--しかし。我が孫、知朱という存在は例外中の例外。人以外ならば『どんな生き物にも妖力を付与』してしまうのです。それも、『無意識』に」
それこそが、知朱の傍迷惑な能力【知恵のリンゴ】。
妖力を得た生き物は、『知恵を得る』。
虫や獣や植物の妖が言葉を理解し人語を介したり、長寿になったり、姿を化けられるのも、全ては妖力のお陰だ。
生きるだけの本能しかなかった生物が、そんな進化を遂げる……まさに、【禁断の果実】。
「条件は、知朱に『頼られる』事。それだけでその生物は代償無く『力』を手に出来ますわ。いえ……敢えて代償を挙げるとするなら、知朱に『心酔』し『尽くす事を喜び』としてしまうようになる、でしょうかね」
そうなるのも、知朱の能力の影響だろう。
当人が望んだわけでもないのに、強引に頼られ、力を与えられ、魅了させられる能力。
幸か不幸でいうなら、確実に後者。
「知朱は生まれながらにして絡新の後継者にふさわしい程の『膨大な妖力』を持っていました。それを、わたくし達のように抑える事なく、普段から垂れ流して生活している……一般人は『異様な存在感』を覚え、妖には『触れてはならぬ存在』に見えた事でしょう。知朱の能力は、溢れ出る妖力を触れた生物に無意識に注いだ、その結果なのですわ」
「で、では……そこの虫さん達は、今現在、妖力を持った……つまりは妖と化した、というわけですね?」
「ええ。成り立てですので、今は意思疎通程度しか出来ないでしょうが、力を研鑽していけば、いずれは立派な知朱の手足と成れるでしょう」
「ひ、人の姿に成れたり、言葉を話せたりです?」
「本人の努力次第、ですわね。数十年修行しても出来ぬ者も居れば、半年で完璧に化けられた者もおります。ーー【薄縁】、貴方のように、ね」
「……恐縮です」
凡ゆる知識を小さな脳に叩き込んだ半年間。
思い出したくもない苦行ではあったが……まぁ、必要な時期でもあった。
「う、薄縁さんが、半年で? やはり、才能、でしょうか」
「さぁて、どうでしょうねぇ? 『知朱の影響で妖になった者は成長も早い』ですからねぇ。それも知朱の能力の一部なのか、当人が『一刻も早く知朱の役に立ちたい』と奮闘するのか……興味は尽きませんわ」
カアラ様が私に向けるその悪戯っぽい笑みは、知朱そっくりだ。
「誤解の無きよう一つ補足するなら、(知朱に)妖にされた生物が彼を慕うのは『能力による洗脳では無い』、という事ですわ」
そういった洗脳能力であるならば、能力を掛けた際に妖力の痕跡が必ず遺る。
だが、知朱に妖にされた生物に、そのようなモノは見られなかった。
『確認出来ぬ程の僅かな妖力を使った洗脳』だとしたら、成長によって力を付けた妖であるならば自力で解けたりするが……知朱を嫌いになる妖は今の所居ないし。
もし、妖力を介した洗脳でなく『言葉や触れ合い』による精神的な技術だったなら、もうどうしようもないが。
「まぁ、あの子の妖術の域に達する『天然魅了(テンプテーション)』が洗脳と言われたら、否定出来ませんわね」
隙あらば孫自慢するカアラ様。
しかし、私の解釈は(死んでも口には出せないが)別だ。
アレは、魅了でも洗脳でもなくーー『呪い』。
「ほ、ホコウもっ、知朱様は素敵な方だと思ってますっ。妖でないホコウがそう思うのですから、あの方の魅力は本物ですっ」
「ふふっ、孫の争奪戦はこの場所以上に地獄ですので。……ああ、そういえば、貴方がお世話になっている毘沙様の所にも、何匹か『知朱経由で妖になった者』がいた筈ですが」
「えっ? そ、そうなのですか、毘沙様?」
「よいかお前達? 我の所は野生より甘くはないぞ? 厳しい規律、実力主義、早寝早起きで飯の好き嫌いは認めんぞ?」
キキキ パタパタ ギチチッ
虫達にキリッと指導する羽衣幼女。
「び、毘沙様?」
「ふふっ、口では難色を示しても、やはり面倒見の良い方ですわ。頼んだ相手に間違いは無かった」
恐らく、知朱と毘沙様の所に行った際にも、『その者達』は知朱の存在に気付いていただろう。
しかし話の腰を折ってはならぬと、奴らは唇を噛んで耐えた筈だ。
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