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ドスッ
痛みは無かったが。
貫かれた感覚はあった。
胴の部分からは殆ど感覚が失せ、肌寒さくらいしか覚えない。
風が通り抜ける感覚。
お袋にやられた敵も、お袋の腕の太さに見合わないボーリング玉程の大穴が空いていた。
俺も今はそんな感じだろう。
信じらんねぇ……ホントに殺すか?
「(ペロペロ)なんか人集まってて……ん? ギャー! ち、知朱さんが『兎耳のコスプレ女子』をぶち殺してるっすー!」
ブチ破られた結界の穴から、ひょっこりと猫の妖が顔を覗かせ、絶叫している。
「あっ! テメー舞子! 何アイス食ってサボってんだ! こっち来い!」
「絶対嫌っす! そんな太いの挿入(はい)ら無いっす!」
手を引き抜く知朱。
乱雑に、俺はそのまま仰向けにドスンと倒れた。
野次馬が集まって来るのが分かる……。
一般人の悲鳴……。
もう知らねぇぞ俺は……。
ああ、ダメだ……力が抜けていく……いや……抜けて行ってるのは、俺の魂か……
「オイ、いつまで死んだフリしてるん?」
…………あ?
瞬間、火の中にぶち込まれように、体中に熱が巡る。
「ッハア!?」
体を起こし、真っ先に腹に視線と手を寄越す。
……傷が、無い?
いや、服はくり抜かれたように破れてるから、幻覚じゃあ無いんだろうが……。
「やー、やっぱりこのお薬凄いねぇ」
「……その軟膏は」
桃源楼秘伝の霊薬だ。
貴重な塗り薬。
「チョイっと患部に落としただけで、すぐに元通りなんだもの。医学の進歩はすごい」
んな便利な薬じゃねぇよ。
使用者の『妖力』を消費する等価交換の霊薬だ。
俺みたいな致命傷に使ったら、それこそ普通の妖なら命と引き換えレベル、だってのに。
コイツ……『コレがあるから誰でもブチ殺し放題』なんて危険思想じゃ無いだろうな?
「ぅわっ、なんか生き返ったッス……もしかして手品ッスか? で、でもこの駐車場の惨状は……」
っと……こうしちゃいられねぇ。
このアホは何もしねぇだろうし、周りに騒がれる前に急いで隠蔽処理を──
パンッ
と、不意に、周囲に響き渡る一つの拍手。
「ワッ! び、ビックリしたッス……だ、誰?」
バタバタバタ!!!
「……って!周りの人が倒れた!? 何したっすか!?」
「おっ、ベリーじゃん」
……金魚の糞が、周りの野次馬どもを気絶させた。
得意の『電撃』をスタンガンみたく使ったんだろう。
手間が省けて助かったのは事実だが、礼は言わねえぞ。
同じ桃源楼の従業員なんだから当然の仕事だ。
「あ、そういや糸も回収しないとね」
人差し指を立ててクルクルと回し出す知朱。
すると、体の締め付けが次第に緩くなっていく。
「この糸はね、いつも頭にいる膝丸って蜘蛛が『こんな時の為』に頭に残しといてくれたヤツなんだ。丈夫でしょ?」
お袋が寄越した蜘蛛の妖か何かか?
どちらにしろ、この糸は既にその妖の糸とは別種と化している。
紐なり縄なり鎖なり、絡新が糸と認識し妖力を通した時点で、それは絡新の糸へと変化するから。
「便利なんだよこの糸ー。クシャッて握ってから開けば、買い物袋にもなるからねー。最近じゃあレジ袋も有料で困っててさー」
「世間話してないで、さっさと仕事に戻りなさい。踊りの指導があるんでしょ。逃げられるわよ」
こっちにまで来た金魚の糞が、知朱をそう叱るも、
「でーじょーぶ。舞子ちゃんはさっき隙を突いて糸ひっ付けといたから」
知朱の人差し指の先に巻かれた糸の一本は、結界の穴にまで伸びていて……「な、なんか動けないッスー!」という苦悶の声が結界外から聞こえてきた。
チラリ
金魚の糞は──傷は無いとはいえ腹をぐちゃぐちゃにされたような気持ち悪さが残ってて──まだ立てない俺を見て、小憎たらしくほくそ笑み、
「伸びた鼻は折られたかしら?」
「……なんでテメェの功績みたいな顔してんだよ、金魚の糞が」
「ええ、そうね」
『私の王は凄かったろう』とでも言いたげな笑みは、崩れそうになかった。
「んー。そーいえばこの子の顔、どっかで見た事あるんだよねー」
「シゲさんのお孫さんだからじゃないの」
「おおっ、この子がっあのジジイのっ。伏線回収だねっ。そのままぶっ殺したままだったら今後顔合わせ辛かったよ」
「会えなくもないとかどんどけ面の皮厚いのよ」
「おめぇシゲさんの孫だった事を幸運に思うんだなっ(ペシペシッ)」
「ペシペシ叩くな馴れ馴れしいっ」
親戚みたいにベタベタしてくる知朱を手で払うも、何が楽しいのか笑みを崩さず、
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