15

………………

…………

……


パタパタ

──むにゃあ?

ほおをペチペチされる感覚。


「ん、んー(伸び)……はぁ。どしたの? なんかあった?」


僕を起こしたのは、一匹のアゲハチョウ。

蜘蛛ちゃん達同様、僕がこの学校でスカウトした精鋭の一匹(一羽?)。


「君の担当はどこだったっけな? 忘れたから案内してよ」


ヒラヒラヒラ

教室の扉から廊下へ消えるチョウ。

僕は席を立ち、カサコソと膝丸は定位置である僕の後頭部に。

アレ? タンポポちゃんが居ない? ……ま、すぐどこかで再会出来るだろう、という確信。


「……おっと」


注目されている。

今は授業中だったか。


──僕らはイレギュラーな存在である。


本来であるならば、真面目に勉強している教室の中に居てはいけない存在。

少年少女らの安全を守りに来たわけだが、だからといって、生活の邪魔をしてはいけないのだ。

教師も、異質な僕らの扱いに困っているのか注意も出来なさそうだし。

さっさと行きますかね。


「……(ピッ)」


無言で敬礼し、クールに廊下に出て行こうとすると、「「「がんばえー(小声)」」」 クラスメイトらの激励を、背中に浴びせられられた。


ヒラヒラヒラ……


授業中の廊下は、静かなものだ。

アゲハチョウの羽音のそれを追う僕の足音しか聞こえない。

のんびり歩いてていいものなのだろうか? まぁいいのだろう。

──あったもしれない世界の話。

例えば僕がこの学校の人間で、守りたい人なり日常なりがある立場だったなら、今、こんなノンビリはしてなかったのだろうけど……

生憎、この世界の僕は、裏稼業の家に生まれたお坊ちゃんだ。

普通の世界の生活など、こんな『機会』でしか体験出来ない。

ヒラッ ヒラッ ヒラッ ……ピタ。


「おっと。ここ?」


パタパタ

チョウが扉にくっついて返事代わりに羽をパタつかせた場所──【職員室】。


「ふうむ。まだ入ったことないな、ここには」


普通の学生であるならば緊張する場所なのだろうが、要はスタッフルームだろう?

僕は昔からおばぁの会社のスタッフルームに入り浸って可愛がられて来たから、苦手意識など皆無。


「案内ありがとね。ここで待ってて(ナデナデ)」

「……♪ (パタパタ)」


蝶の背中を撫でた後、扉に手を掛けて、


「(ガララッ)チャーッス。……おやぁ?」


どうせ怪訝な顔で教師らに注目されるだろう ──そう覚悟していたのだが。


「き、君は……?」


こちらを見ているのは、一人の『ハゲたスーツのおっさん』。


「僕は噂の転入生さ。おっさんはここの先生?」

「お……わ、私は、ここの校長だ。そ、そうか……君が、例の……」

「まぁ自己紹介も済んだ所で──校長、『この状況』はなんだい?」


職員室は、『止まっていた』。


ある教師は電話を耳に当てたまま、

ある教師はコーヒーカップを口につけたまま、

ある教師は談笑しながら──

まるで、静止画のような光景。


「いや、まるで『時間停止モノAV』かな」


ベシッ 膝丸に叩かれた。


「こ、この状況? わ、私にもなにがなんだか……」

「ふーん」


なんだが挙動不審だな。

校長の癖に堂々としてないっていうか(偏見)。

部外者の僕らの方がまだ堂々としてるぞ。

こんな状況になれば、誰でも焦るって話か?


「で、これからどうするの? 警察でも呼ぶ?」

「い、いや、それは……この状況を見ても、まともに対応してくれるかどうか……」

「後手後手だなぁ。まずはこの状況を調べてみるか」


グルリ、職員室内を歩き回る。

ふと、若い女性教師のホッペに手を伸ばし、


「(ツンツン)ふむ……どんな感触かなと思ったら『カチカチのパターン』か。柔らかかったりしたら『止まってるフリ』を疑えたけど、これはマジに止まってるっぽいね」

「い、今の状況が説明出来るのかねっ?」

「説明も何も、見たまんまさ。触れた感覚はカタいけれど、死後硬直とは違う。かといって、ロウ人形のような精巧な作り物とも違う(はず)。これらから導き出される答えは」


ゴクリ--校長は喉を鳴らして……


「まぁ答えは置いといて、こちらから出来る事は何も無いから変化が起きるまで眺めてよう」

「(ガクッ)はは……まぁ、そんな簡単に解るワケがないよな」


ムッ。

このおっさん、僕を舐めてるな。


「そう煽られちゃあここは何としても僕が解決しなきゃだな? (ドスン)」


机の上で胡座になる僕に、校長は少し慌てた様子で、


「き、気を悪くしたなら謝るっ。どうだろうっ、ここは任せてくれないか? 私にも校長としての責任があるっ」

「んー? なんだか僕を『追い出したい』感じに聞こえるけど?」

「そっ、そんな事は……(チラリ)」


ん? 校長、今視線を逸らした?

いや、何かを『見た』?


「わ、分かった……では、ここは任せていいかな?」

「いいよー」


突然、物分かりが良くなった校長は一人廊下に出て行こうとする。

その背中を眺めていると、

フワリ

窓も開いてないのに大気が揺れ、

タタタタタ!!!

こちらに迫って来る足音『だけ』が聞こえてきて、


「ハックチュ!」


……おや?

覚えのある可愛いクシャミも聞こえてきた。

どこからだろう?

『頭上から』聞こえたような?

それに、この『花粉が舞った』ような濁った視界……どこかで?


「ブワックション!」「ぐはぁ!」「エンッ! エンッ!」


あーん?

『野郎のクシャミ』とか誰得だよ。

可愛いクシャミが書き換えられたわ。

てか、今のは校長のクシャミか?

にしては、『複数人分』職員室に響いたような?

……ふむ。


「膝丸」


僕が声を掛けるのと同時に プシュ! っと糸を吐き出す相棒。

放った先は、『声の聞こえた』場所。

膝丸の聴力と空間把握能力ならば外すなど有り得ない。


「「「ぐあああ!!!」」」


むむっ。

『何も無い空間』に糸が巻きついて、それから、また男の声。

断末魔。

複数人分の、である。

バタンッッッ

人間大の糸の塊が床に派手に倒れ込み、


「んー? 透明だったのに、ボンヤリと姿が見えて来た?」


男が『三人』。

制服姿。

ここの男子生徒だろう。

ブクブクと泡を拭いて気絶している。


「い、一体何が……?」


校長まだ居たんだ。

なんか尻餅ついてるし。


「さぁ。兎に角解決したっぽいよ。──お?」


ふと気付けば、止まっていた教師らが何事も無かったようにテキパキ働いていた。


「あれ? 校長そんな所に座って、どうしたんです?」

「い、いや、なんでもない」


動き出した教師の一人に手を引かれ立ち上がる校長。


「ん? なんだこのデカイ糸の塊?」「ミノムシみたいだな……」「あれ? てかなんか時間進んでません?」


現状に訝しむ教師陣。

さっきまで顔を出していた男子生徒らだが、すぐに膝丸が糸で隠してくれたようだ。

丸出しだったなら騒がれてたろう。

僕はミノムシからハミ出た糸を掴み「失礼しましたー」とズルズル引っ張って廊下へ向かう。

止める教師は誰もいない。

皆関わりたくないのだろう。

やれやれ、とんだダークヒーローだよ僕ァ。

──しっかし、だ。

今回の『時間停止騒動』、結局、原因や(犯人がいるなら)目的はなんだったんだろう?


「あっ、そういえば校長。先程伝えた『金庫の番号』の件ですが」

「えっ? あ、ああ……そ、その件は……もういいかな?」

「そうですか」


「校長ぉー、ちょっとこっち来てー(クイクイッ)」

「ッ!?」


校長が青ざめた顔で僕を見た。

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