第10話 制限

 昼食を食べ終わったソフィアとディオネ、翔馬達は、翔馬の魔法適正を調べるべく、校舎の一角に向かっていた。


「魔法適正って誰でもパパッと調べられるわけではないんですね。てっきりディオネさんにでも調べられるのかと思ってました」

「当たり前じゃ。まあ、魔法適正は各呪文を一つずつ唱えさせればよいんじゃがな。はっきり言えば効率が悪い」

「そうなんですか? 呪文を広めればいいのではないでしょうか?」

「おお! それは名案じゃな! ……などとなるはずがなかろう。まあなんじゃ、出来るなら魔法適正が多い者は早い内に、言葉を話す前から英才教育を授けたいんじゃ」

「なるほ……それって家族と引き離す、ということですか?」


 納得しかけて重大なことに気付き、翔馬は顔を険しくする。

 ソフィアは翔馬の目をしっかりと見返して言った。


「安心せい。家族も一緒に移住させるのじゃ。まあ、住み慣れた地を無理やり離れさせるということは否定せんが……我らも必死なのじゃ」

「……それでしたら。すいません、異世界人の俺が口を出すような問題ではありませんでした」


 ソフィアの決意の宿った瞳を見て、翔馬は頭を下げる。


「あっはっはっは、律儀じゃのー。お、ここじゃ。失礼させてもらうぞ」


 いつの間にか校内に入っていたソフィアは、一つの扉の前で立ち止まるとノックもせずにドアを開ける。

「「失礼します」」


 ディオネと翔馬は真面目に挨拶をして中に入る。


「あら、ソフィア様、それにディオネさんと翔馬君、いらっしゃい」

「あ、先ほどの……エレイネさん、でしたよね?」

「あら、覚えていてくれたの? 嬉しいわ」

「い、いえいえ、もちろんですよ」


 お淑やかに笑うエレイネにドキッとして顔を赤くする。


「ほお、お主、こういう女が好きなのか」

「ええ、ま、まあ綺麗な人だなぁと」

「あら嬉しい」


 口に手を当てて笑うエレイネ。


「まあ、エレイネは人妻じゃけどな」

「え!」

「わーっはっはっはっは」


 翔馬は心に傷を負った。


「まあそう落ち込むでない。幸いこの学園にいる生徒のほとんどは女じゃ。さっさと忘れて他の女を探すことじゃ」

「……もう、魔法とかどうでもいいです。地球に帰りたい……」


 端っこでいじける翔馬の肩を、ソフィアがバンバンと叩く。


「うふふ、それでソフィア様、ご用件は何でしょうか?」

「おお、そうじゃったな。こやつの魔法適正を調べてほしいのじゃ」

「畏まりました。では彼をこちらに」

「わかりました。ほらあんたもいつまでもいじけてないでこっちにきなさい!」


 エレイネがそう言うと、ディオネが背中を向けていじける翔馬の首根っこを掴んで引っ張る。


「ぐ、ぐるしい、引っ張らないでー」


 翔馬は情けない声を上げながら椅子に座らされる。

 机には大きな水晶を中心に、その周りに六色の小さいビー玉のような水晶が金の留め具に支えられていた。

 小さい水晶は、それぞれ赤、青、緑、茶、白、黒色でそれぞれが六つある魔法適性を表しているのだろう。


「へー、これが魔法適正を調べる装置ですか? 綺麗ですねー」

「そうじゃろ。因みにそれを創ったのは天授者じゃ」

「え、そうなんですか? 凄い方がいたんですねー」

「うむ、お主も偉大な先人に見習って頑張るんじゃぞ」

「はい!」


 話が一段落し、翔馬がやる気を取り戻したところでエレイネが声を掛ける。


「うふふ、頑張ってね。じゃあ、翔馬君、中心の大きな水晶の上に手を置いて」

「はーい!」


 元気よく返事をした翔馬は水晶の上に手を置く。


「では、始めます」


 そう言うと、エレイネは水晶に小さい声でぶつぶつと呪文を唱え始める。

 すると、中心の水晶が段々と光り輝いていく。

 そして次の瞬間、周りに支えられていた六つ全ての水晶が淡く光り輝いた。


「なっ! なんじゃと!」

「あ、あり得ない……」

「これは……」

「え、ええ? な、何ですか? もしかして一つも魔法適正がなかったんですか?」


 驚いたまま固まって動かない三人の様子に心配になった翔馬は、恐る恐る声を掛ける。

 しかし、彼女達から返ってきたのは翔馬の想像とは別の声だった。


「ぎゃ、逆じゃ。お主は全魔法属性に適正がある……」

「そんなのあり得ません! そんなの伝説の中でしか聞いた事が……」

「しかし、水晶は実際に六属性を示しておる。ならば……エレイネ」

「はい。そういう事かと思われます。まさか、生きているうちに全属性の才能を持つ方に出会えるなんて思いませんでしたわ」

「ま、まさか、こんなのが全属性の才能を持つなんて……」


 ディオネが愕然としている。


「こ、こんなのは酷いよ」

「あんたなんかこんなので充分よ!」

「す、すいません……」


 ディオネは行き場のない感情を翔馬にぶつけてくる。


「まあまあ落ち着くんじゃ」

「これが落ち着いていられますか!」

「まあ気持ちは我も同じじゃ。エレイネ、翔馬と同じ天授者達は皆、全属性の魔法が使えたのかのぅ?」

「いえ、そんなことはなかったはずです。ディオネさんが先ほどお話されていたように、彼らは知識以外の面についてはこちらの人間とあまり変わらなかったはずです。強いて言うのであれば多少魔力が高いくらいですが……」

「誤差の範囲、じゃな」

「はい」


 エレイネが頷く。


「ええっとー、つまり俺は全魔法属性が使えるということですか?」


 蚊帳の外にされていた翔馬は我慢できなくなって質問をする。


「まあそう言うことじゃな」

「おお!」

「つまり学園にこやつを入学させることに何の問題もないということかの! いやー、道の途中で魔物に襲われてこんなよい拾い物をするとはな! 日ごろの行いがいいおかげかの! あーっはっはっは」


 仁王立ちで大笑いしているソフィアとは対照的に、エレイネが冷静に聞き返す。


「やっぱり彼を学園に入れるおつもりでしたか」

「そうじゃ、これなら何の問題もなかろう?」

「いえ……逆に問題になるかと」

「む? ああ、なるほど」

「ですね……」

「三人だけで納得してないで俺にも教えてください!」


 置いてけぼりにされている翔馬が堪らず声を上げる。


「んーあれじゃ、いわゆるお主には才能が有り過ぎるんじゃ」

「それほどでもー」

「調子に乗らない」


 そう言ってディオネに一発頭を叩かれる。


「うむ、早い話、お主に才能がありすぎると無用な詮索をされかねん」

「詮索をされたら何かまずいんですか?」

「あほ! お主に強大な力があると分かれば国が黙っとらんわ! あの手この手でお主は前線に連れて行かれるぞ。それは嫌じゃろ?」

「は、はいもちろんです!」

「うむ、ならばお主が天授者だということと六属性の魔法が使えるということは黙っておれ。それと超能力というのも出来る限り使用禁止じゃ」

「わ、分かりました。気をつけます」


 翔馬は何度も頷く。


「でじゃ、この学校に入るにあたって幾つか魔法才能を絞らねばなるまい。うーむそうじゃなー……二つでは少ないかのぉ」

「はい。既に学校が始まっておりますし、翔馬は正体を詳細に明かせません。途中から授業に加われば騒ぎ立てる者も出てくるでしょう。それらを黙らせるためにも、ある程度の才能の開示は必要かと」

「うむ、その通りじゃ。じゃとすると……四つといった所か?」

「はい、そのあたりが無難かと。この学園にも何名か居りますし」


 話が纏まったソフィア達は改めてこちらを見る。


「というわけじゃ。悪いが二つは諦めざるを得ない状況じゃ」

「分かりました! 俺も賛成です」

「うむ、よい返事じゃ。それならばまずは風と闇は決定じゃな。お主が万が一超能力とやらを使わざるを得なかった場合、言い訳がしやすい」

「風と……闇ですか?」


 風は分かる。凄い強風は人どころか車さえ浮かす。

 もし万が一重力魔法を使っているところを見られた場合、風魔法で持ち上げたといういい訳が出来る。

 しかし闇魔法が必要な理由はわからない。


「確か闇魔法には鈍化の魔法があったはずじゃ。じゃろ、ディオネ?」

「はい、確か低位の魔法にそのような呪文があったはずです」

「へー、なら重力を見られても大丈夫ですねー」


 呑気に翔馬が呟くと、ディオネが顔を近づけてきて凄みながら警告する。


「使わない事が前提なの。見られてもいいや、なんて気持ちでいるんならこの話、無しにするわよ?」

「す、すいません」


 その恐ろしい顔に、また翔馬は顔を縦に振る。


「次に必要なのは水じゃな。翔馬、お主は確か傷を癒したりは出来んのじゃったな?」

「はい、重力で無理やり止血したり傷を塞ぐことくらいは出来るんですけど、火傷とかになりますと重力ではどうにもならないですね」

「ならば三つ目は水で決まりでよかろう。最後の一つは……」


 残っているのは、光と火と土だ。

 闇を持っているのだ。

 ならば断然……。


「ひ……」

「光は駄目じゃぞ」

「ええーなんでぇ!」


 光と言おうとして先に否定されてしまった翔馬はごねる。


「先ほどと同じ理由じゃ。どちらかを持っておる者はいても両方とも持っておる者は希少すぎるんじゃ。少なくともこの学校にはおらん。下手な詮索をされたくなければ諦めるんじゃ」

「……はぁーい」


 翔馬は渋々納得する。


「で、火と土、どちらがよい? 選ばせてやる」

「二つしか選択肢がないんですが……」


 翔馬はぼやきながら考える。


「火と土の特徴を教えてください」

「うむ、火は簡単に言えば戦闘用がほとんどじゃ。ファイヤーボールもそうじゃが、基本的に戦うためにあるようなものじゃな。悪魔との戦争で使われるのもほとんどが火の魔法じゃ。土は簡単に言えば建築関係とか細工関係によく使われる。まあ正直地味な魔法じゃな」

「へー、それぞれの属性に色々な特色があるんですねー」

「うむ、で、どうする?」

「うーん、その二つでしたら土ですね。攻撃力は別に必要としてませんし、土の方が便利そうですし」


 魔物との戦闘になれば、重力能力を迷いなく使うつもりだ。

 ならば覚えたての火魔法を使う暇などない。


「そうか、お主がそれでよいなら我は何も言わぬ。では改めて、お主が使えるのは、風、水、土、闇じゃ」

「分かりました!」

「うむ、ではそれで学長に申請しておこう。ディオネ、後で四属性それぞれの基本的な魔法を後で教えてやれ」

「はっ、畏まりました」


 ディオネが頭を下げたのを見て、ソフィアが立ち上がる。


「では邪魔をしたの、エレイネ」

「いえ、私もこのような凄い才能を見れてよい経験になりましたわ」

「うむ、それとこのことは……」

「分かっております。他の方には秘密ということですね」

「よろしく頼む。では、ディオネ、翔馬、行くぞ」

「はい。ではエレイネ先生、失礼致しました」

「ありがとうございました」

「うふふ、また来てね」


 エレイネは華麗な笑顔で三人を見送った。

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