第17話 傷

「で、お主のその傷、なんじゃ?」


 フォルナの背中が見えなくなると同時に、ソフィアが翔馬に聞いてくる。


「……言わないと駄目ですか?」

「駄目じゃ」

「即答ですか……」


 正直嫌な記憶だ。

 人生で初めて人と殺しあった最初で最後の記憶。

 超能力者が世界中に生まれ始め数年経った、世界は彼らの強大さに気付き始めていた。

 それと同時にその危険性に。

 超能力は最先端の技術を持っている日本でさえも未だ解明できていないものだ。

 その結果超能力を使った犯罪は、事実上の不可能犯罪となる。

 それを利用して、世界中で超能力者が起こしたと思われる犯罪が起こっていた。

 だが、運がよかったのか、それとも世界有数の平和な国であったからか、日本にいた超能力者は長い間何も起こさなかった。

 だが、それから暫くして超能力者が揺らした世界が落ち着いてきた頃、とうとう日本で超能力者による犯罪が起こった。

 強盗殺人の不可能犯罪。

 当初は自殺かとさえ思われるほど完全な密室で起こったそれは、超能力者を守るための法ができるかどうかという瀬戸際に起こったのだ。

 超能力者の権利と安全を揺るがしかねなかったその者を捕獲するために、未だ最高でも高校生までしかいなかった超能力者が犯人を追った。

 やれと国から命令されたわけではない。

 だが、やらざるをえない事は言われた。

 その動いた中の一人であった翔馬は……偶々情報収集の一環で入った一軒家で、その犯人と出くわしてしまった。

 説得もできず争いになり、結果的に翔馬は肩口をばっさりと斬られ重傷を負いながらも犯人を捕らえることが出来た。


「ふーむ。お主、よく勝てたな。我も知識としてだけじゃが、殺す気で向かってくる相手をお主のような甘っちょろい男によく倒せたものじゃな」

「あっはっは、次戦った多分負けますよ」

「ふむ……魔王との戦いの参考までに聞いておこうかの。お主が勝てた理由を」

「そうですね……」


 翔馬は当時のことを思い出す。


「多分、彼と俺の勝利を分けた分水嶺は……正義の重さではないかと」

「正義の重さ、とな?」

「いやあくまで俺は、ですよ? 生きるか死ぬかのあの瞬間、俺は自分の正義の正しさを信じていたから勝てたって思ってます」

「ふーむ、あまり役にはたたなそうじゃのぉ」

「あはは……」


 ソフィアに一蹴された翔馬は苦笑いだ。

 怒りはない。

 何故なら彼女の言う通りなのだから。


「野暮なことを聞いたな。悪かった。では中に入ろう」

「はい」


 ソフィアと共に翔馬は屋敷へと入っていった。


 次の日、翔馬は昨日の教室へと向かう途中、昨日の男子生徒に声を掛けられた。


「おい、ちょっと来い」

「え、何?」

(昨日みたいなヤキをいれに来たのかな? ……懲りないなぁ)

 内心で呆れながら、翔馬は男子生徒を追った。

 今度は空き教室に連れて行かれる。


「……」


 呼び出した男は教室内に入っても何も言わない。

 このままでは遅刻しそうだ。

 昨日は時間制限もなかったので待ったが、今日は時間制限がある。

 だから、仕方なく翔馬のほうから声を掛ける。


「えーっと、今日は何の用?」

「ぐっ、なんだ……てめぇ、昨日のこと……」

「昨日? ああ、渇を入れたやつですね!」

「そ、そうじゃねぇ! その後の事だ!」

「その後?」


 翔馬は直感する。

 何もしていない一方的に翔馬を殴ったのに、ゲロを吐いたことだ。

 まあ、恥ずかしいだろう。


「あーっと……俺、昨日のことよく憶えてないので大丈夫だよ」

(もちろんバッチシ憶えてるけど……というか五年は忘れないと思う)


 男は翔馬の気遣いに気付き、それに乗る。


「ならばいい。それと、俺の名前はガロン・ノトルだ」

「ガロン君ね。よろしくお願いします」

 翔馬は頭を下げる。

「チッ……」

 ガロンは翔馬の態度に気を削がれ、舌打ちをして出て行く。

「あ、そろそろ行かないと俺も遅刻しちゃう」

 思い出したように言うと、翔馬も教室へと向かう。


 女子達と朝の挨拶をして、自分の席に座る。


「おはよう、フォルナさん」

「翔馬さん、おはようございます!」


 出会ってまだ二日だが、フォルナの声は昨日とは違って明るく、その表情も親しみの篭った視線だった。


「あの、昨夜は夜中に押しかけて申し訳ありませんでした」

「別に大丈夫だよ。部屋に女の子が来るなんて初めてだったから緊張したけどね!」


 超能力者にも女子はいたのだが、翔馬はあまり接点がなかった。


「そうなんですか? でも翔馬さん女性に人気がありそうですけど」

「ははは、全然そんなことないよ」

「へぇ……」

 意味深な相槌をうったフォルナは顔を逸らす。

(……?)


 真っ直ぐに伸びた耳が真っ赤になっていたのに疑問を持ちながらも、担任の教師が教室に入ってきたので前を向いた。

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