第16話 落ち込んだわけ

「すいません、男子生徒が途中で倒れたので保健室に送っていたら遅れました」


 今日最後の授業は既に始まっていた。


「そう? それは大変だったわね。お疲れ様」

「はい!」


 しっかり頭を下げて謝罪をした後、自分の席に戻る。


「あ、あの……だ、大丈夫でしたか?」

 席に戻ると、横のフォルナが心配そうに声を掛けてくる。

「え? ああ、大丈夫だよ。倒れただけだからね」


 さっきの男子生徒の心配をしているのだろうと思い、安心させるように笑いながら言う。

 しかし、フォルナの顔は晴れない。

(ん? なんだろ? もしかしてあの三人の誰かが心配なのかな?)

 翔馬にはよく分からないが、ああいうのを好きになる女子というのはそれなりにいるらしい。

 彼女もそうなんだろうと思い、納得する。

 授業が終わっても三人はとうとう帰ってこなかった。

(やり過ぎたかな? でも止めるタイミングなんてなかったし)


「じゃあまた明日」


 そう言って立ち上がり帰ろうとする。


「あ、待って」


 だが、フォルナから返ってきたのは、泣きそうな声だった。

 女子生徒達がこちらに集まってこようとしている。


「フォルナさん、ちょっと教室の場所が分からないから教えてくれる」

「あ、はい」


 なんかよくない雰囲気胃を感じた翔馬は、ひとまず教室から退避する。


「皆さん! また明日―」


 女子達への挨拶は忘れない。


「あ、あの、どこに行くんですか?」


 翔馬は暫く歩き、他の生徒達がいない場所まで行くと立ち止まる。


「ええっと、どうかしたの? ええっと、よく分からないけど神妙そうな顔してたから場所を移したんだけど……」

「あ……」

「それとももしかして倒れた男子が気になるの? ええっと、別に問題ないから安心して!」

「え、ちがっ」

「あ、大丈夫だよ。別に言いふらしたりなんてしないから!」

(あ、もしかして俺が呼び出したことがまずかったかな? 変な噂とか立てられたら……)

 心配になってきた。

(あ、それともまさか付き合ってる、とか? やべー、彼、嫉妬深そうだったからな……)

 更に心配になってきた。

 そう考えると、彼女の表情が、断るに断れず仕方なく付いて来たけど後で彼氏への言い訳どうしよう、と考えている顔に見えてくる。

 翔馬は異世界に来てしまった時以上の危機感を抱き、物凄い勢いで頭を下げる。


「ご、ごめんなさい! こんなところに連れてきちゃって!」

「え、ええ!」

「俺、気を遣ったつもりだったんだけど、こんなの周りが見たら誤解しちゃうよね。本当にごめん!」

「え、い、いえ……」

「じゃあ、俺、先に帰るね! じゃあまた明日!」

「あ、しょ……」


 早く離れなければと思い、慌てて翔馬はその場を走り去る。

 取り残されたフォルナは自分の胸に震える手を当て、翔馬の背中を見ていた。


 その夜、翔馬は自分の部屋で寝転がっていたが、ノックの音で立ち上がる。

「はーい」

(誰かな?)

 先ほど話したばかりのソフィアとディアナではないだろう。

疑問に思いながらドアを開けると、外にはフォルナが立っていた。


「あ、フォルナさん、どうしたの? まさか! あの男子と……別れたんじゃ……」


 責任の取れないことをしてしまった。

 一つのカップルを自分の手によって終わらせてしまった罪悪感によって、頭が真っ白になる。


「翔馬君! 違うよ!」

「え、なにが? あ、別れたわけじゃ」

「だからそれが違うんです! 私、誰とも付き合っていませんから!」

「え、違うの?」

「はい」


 フォルナが頷いたのを見て、翔馬は心の底からホッとする。


「あの……私、さっき翔馬君が言っていたことが分からなくて、帰ってから考えて、それでやっと意味が分かって……」


 どうやら誤解していたみたいだ。少し恥ずかしい。


「あ、あははは、早とちりみたいで安心したよ」


 フォルナもそれに併せて少し笑うが、すぐに暗い顔になる。


「何か、あるんだよね?」

 翔馬の質問にフォルナは小さく頷く。


「……入って座りなよ。俺でよかったら何でも聞くからさ」

「ありがとうございます」

「別にいいよ」


 おずおずと中に入ってきたフォルナは、翔馬に案内されて椅子に座る。

 翔馬はベッドに座りフォルナが話し始めるのを待つ。

 こういう時、急かしたりしてはいけないと何処かの本で読んだことがある。


「あ……」


 何度か口を開こうとして閉じたりしていたフォルナがとうとう話し始める。


「私、翔馬君が男子生徒に連れて行かれるところ……見てたの」

「……」

「そ、それで私、見ていることしかできなくて……。目を伏せちゃって目を開けたら、もう終わってて……翔馬君、平然と立ってて、木刀が当たって本当は痛かったはずなのに……」

「……」

「ごめんなさい! わた、私、本当は止めるべきだったのに……何もできなくて、せ、せめて先生を呼ぶべきだったのに……」


 段々しゃっくり混じりになってきたフォルナに、翔馬は優しく言う。


「えっと、上手く言えないんだけど、実は強力な防御魔法が使えるんだ。人の目には見えないから見えなかったかもしれないんだけど、彼らの木刀は俺には当たってないよ」


 そう言って上着を脱ぐ。


「ほら、痣一つないでしょ? だから気にしなくていいよ」

「うん。あっ……その傷……」


 フォルナは翔馬を見てホッと一息つくが、その代わり別のものが見えてしまった。


「ん、あっ、これ?」


 肩甲骨の辺りから右胸辺りまで大きな切り傷の痕があった。

 先ほどできた傷ではもちろんない。


「昔ちょっとね……」


 地球にいた頃にとある超能力者と戦った時にできた傷だ。


「それ、痛くない?」

「うん、二年前にできたものだから今は全然!」

「そう、なの……よかったぁ」


 心の底から安心したようにフォルナは言った。


「だからあんまり気にしないでよ。俺は大丈夫だから」

「……うん。ありがとう」


 暫く二人は見つめあう。

 だが、外から感じた物音に気付いた翔馬は、そちらに歩いてドアを開ける。


「「わっ!」」


 ソフィアとディアナが室内に転がり込んでくる。


「何やっているんですか……」

「いや、お主が我の屋敷に女を連れ込んで如何わしい事をせんようにとなー」

「しませんよ……、彼女は俺のクラスメイトで席が隣の」

「先に聞いた。そんなことよりも……話は終わったのか?」


 ソフィアがフォルナの方を向いて言った。


「あ、は、はい! 夜中に押しかけてしまい申し訳ありませんでした!」

「よい。そのようなことを気にする我ではないからのぅ」

「翔馬君もありがとうございました! では私はこれで失礼します!」

「うむ。外まで送ろう。翔馬付いて参れ」

「え、ソフィア様に送っていただかなくても」

「よい。そのような些事は我は気にせぬ」


 そう言って、ソフィアはずんずんと前に進んでいく。


「じゃあ行こうか」

「は、はい」

(やっぱり女の子は笑顔が一番だね、うん!)


 翔馬の部屋を入ってきたときとは見違えるほどの笑顔になりながら、翔馬は内心でそう思った。

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