第15話 リンチ

今日は他の生徒にとってはこれと言った祝日でもなく、また学期初めの授業というわけではないので午後まで授業がある。

 翔馬は教室に戻るが、教室内はあまり生徒がいない。

(どうしたんだろう?)

 そう疑問に思うも、自分の席に戻る。

 だが、翔馬の横にケレスがやってきて説明をする。


「翔馬さん、今日は今から剣術の授業があります」

「へー、あ、でも、運動着持ってきてないや」

「そうなんですか? 大丈夫ですよ。運動着は予備を貸してもらえますので」

「あ、そうなんだ」

「ご案内します」


 ケレスの案内で体育着を借りて着替えた翔馬は、運動場へ向かう。


「思ったよりも普通だな……」


 長袖と長ズボンで、どちらの素材も通気性は悪くはないが吸水性は悪そうなことを除けば、普通のものであった。


「ジャージ、じゃないよな? 中に半袖も半ズボンも履いてないし……」


 自分の服を引っ張りながら呟く。

 だが、校庭で待っていた翔馬の耳に女の子達の声が聞こえてくる。

 来たか、と思いそちらを向くとそこには信じられない光景があった。


「なっ!」

 翔馬は驚愕の光景に口を開いて固まる。

 女子の服装は……半袖にブルマかスパッツだった。


「ブ、ブルマなんて初めて見た。それにスパッツはスパッツで……悪くないな、うん」


 本や画面上で見たことはあっても、実際に見たのはこれが初めてだった。

 女子側も翔馬に気付き、声を上げて近寄ってくる。


「翔馬君、その服、凄い似合ってるね」

「そ、そう?」


 そうはとても思えない。

 しかし周りの女子生徒は頷き合っているのを見ると、そう思えてくるから不思議だ。

 周りに言われると流されてしまうのも日本人の悪いところだ。


「ねえねえ、私はどう?」


 ウサギ耳をした獣人の女子生徒が少し前に屈みながら聞いてくる。


「ええ?」


 上の服は隙間がゆったりしているため、前に屈むとその内側が見えてしまうのだ。

 慌てて視線を外した翔馬は


「に、似合ってると……思います」

「ありがとう!」


 笑顔になると翔馬の右腕にガッと抱きついてくる。


「うわっ!」

(や、柔らかい……)

 腕に当たる少し固くも腕の形に変形する柔らかい感覚に翔馬は頬を赤くする。

「ちょっと抜け駆けは駄目よ!」

 人族の少女がウサギ耳の少女に注意するが、犬耳の少女が翔馬に近寄ってきて聞いてくる。

「ねえ翔馬君、うちは?」

「に、似合ってると思います……」

「きゃー嬉しい!」

 そう言って、犬耳の少女も翔馬の左腕に抱きついてくる。

 ウサギ耳の少女よりも少し大きな胸を腕に押し付けられ、翔馬はこのままでは(下半身が)まずいと思い、言おうとする。


「え、ええっと……あの、胸が、当たって……」

「んー? 何か言ったぁ?」


 ボソボソとした声ではあったがここまで密着しているのだ。聞こえないはずがない。しかし犬耳の少女は少し意地悪そうな笑みを浮かべながら惚ける。


「いえ、あの……なんでもないです、はい」

「じゃあ私は背中!」

「ええぇぇ!」


 背中にも柔らかい衝撃が走った瞬間、その更に背後から怒鳴り声が聞こえてくる。


「貴女達! いつまでそこで固まってるの! もう授業は始まってるのよ!」


 目端を吊り上げ怒鳴るのは、灰色の髪をした人族の少女だった。


「委員長、かたぁい」

「固くて結構! ほら散った散った」


 女子の一人が文句を言うが、委員長の断固とした態度に渋々女子生徒達は散っていく。

 翔馬も流れに従って散っていこうとすると、委員長に声を掛けられる。


「編入生の貴方! ちょっと待ちなさい!」

「え、俺?」

「貴方以外誰がいるの? 女子に囲まれてへらへらして! 授業の妨げになるのでしたら貴方は断固とした態度で彼女達を追い返すべきではありませんの?」

「そ、そうかもしれません」

「大体、貴方のような田舎者が……」

「授業始まってるよー」


 委員長が翔馬に文句をグチグチと言おうとしたが、その後ろからウサギ耳の少女が意趣返しのつもりか、委員長を注意する。


「ぐっ……」


 委員長は言い返すことができず、小さく呻く。

 委員長は委員長で翔馬の邪魔をしているのは事実だ。

 例えそれが注意だったとしても。

 委員長は負けん気が強いらしく何か言い返そうと口を開こうとするが、教師のフォルフーナもにこやかにこちらを見ている。

 これ以上注意すれば自分が先ほど注意したことと矛盾してしまう。


「貴方、後で話があります!」

「あー、委員長がどさくさに紛れて翔馬君と二人きりになろうとしてるー」

「なっ! 私はそんな破廉恥なことはしてません!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る委員長。

 それを女子達はニヤニヤしながら見ていた。

(仲良さそうだなー)

 委員長も嫌われているというよりからかわれて遊ばれている感じだ。


「はいはい、皆さん、お静かに! では授業を始めるわよ!」

「「「はーい」」」

「貴女達ねー……はあ」


 委員長はぬけぬけと元気よく返事をする女子達に何か言おうとするも、最後には溜息を吐いて諦めた。

(真面目なんだな)

 翔馬は委員長に少しだけ同情する。


「すいませんでした。気をつけます」


 そう言って翔馬はしっかりと頭を下げる。


「わ、分かればいいのよ」


 ぷいっと視線を外した委員長はフォルフーナの下へ向かっていった。

 剣術の授業は、木刀を前に振るという基礎授業だった。

 翔馬も無心で木刀を振る。

 そこにフォルフーナから声が掛かる。


「翔馬君、剣術を誰かに習っていたの?」

「あ、はい」


 中学の授業で剣道の授業があった。


「へー、なかなか筋がいいわね」

「ありがとうございます!」

 素直に翔馬は頭を下げる。


 だが、その様子の端っこで見ていた男子生徒の何人かは小さく舌打ちをする。

「ちっ、いい気になりやがって……」

 女子に囲まれてちやほやされている翔馬は嫉妬の的であった。

 それを聞いていた他の男子が近付いてくる。

「おい、ちょっと耳を貸せ」

「ん、なんだ?」

「今から……」

「なるほど」

 男子生徒の顔が含みのある笑みをした。


 授業が終わり、木刀を置いて帰ろうとした翔馬に後ろから声が掛かる。


「なあ翔馬! ちょっといいか?」

「ん? 別に構わないけど」


 ちょっと来いと言うと、その男子生徒は背中を向けてずんずんと進んでいく。


「なんだろ?」


 疑問に思いながらも素直に付いて行く。

 校舎裏まで連れて行かれた翔馬が見たのは、木刀を肩にかけたりしてこちらをニヤニヤと見た三人のクラスメイトだった。


「俺に何の用?」

(校舎裏に呼び出されるって本当にあるんだ……、しかも男から)

 校舎裏に御呼ばれをすると言うお約束を、まさか自分の身に起こるとは思わなかった翔馬は内心苦笑いだ。


「なぁ、お前、編入生の癖に調子に乗りすぎじゃね?」

「はぁ」

「はぁ、じゃねえよ! お前、魔法一つしか使えねえのに女子にちやほやされて舞い上がりやがって!」

「別に舞い上がってはないですが……」

「舞い上がってただろうが!」

(いや、もしかしたら舞い上がってたかも)


 しかし、それも仕方のないことだと思う。

 女子に胸を押し付けられて舞い上がらない男なんていないのだから。


「まあそんなお前に俺達が渇を入れてやろうと思ってな」


 肩に木刀をかけ、如何にもチンピラのような風貌をした翔馬よりも身長の大きな少年が間近に近寄ってくる。


「はぁ、そうですか」

「だからお前、そこから動くな。俺らが渇を入れてやるからよ」


 そう言いながら彼らは下卑た笑いをする。


「分かりました、動かなければいいですね?」


 よく分からないが、分かった。


「そうか、じゃあ行くぞ! おらぁ!」

 三人が木刀を一斉に構え、翔馬に襲い掛かる。

 そして本当に動かない翔馬に襲い掛かられ、三本の木刀が一斉に翔馬に叩きつけられる。

(グラビディ・アーマー)


「「「なっ!」」」

 だが、木刀が翔馬に当たった瞬間、何かにぶつかったように弾かれる。


「てめぇ、何しやがった!」

「え、何もしていませんが?」


 素の表情で翔馬は嘘を吐く。

 もちろん心は少しも痛まない。


「ち、てめえら、殴り続けろ」

 既に体裁を保つつもりもないのだろう彼らは、各々が好きなタイミング容赦なく翔馬に木刀を叩きつける。

 それから五分後が経った。

「はあはあ……」

 二人の男子は尻餅を着いて、木刀から手を離している。

「お前ら……はあはあ、情け、ゴホッゴホッ、ない、おえぇ」

 先頭にいたボス格の男子は、まだ立っていたが吐きそうになっている。

「ええっと……これでお仕舞いですか?」

「な、なわけねぇだろ! おるぁ!」

 思い切り木刀を振りかぶり、翔馬に叩きつける。

 だが、その木刀は虚しく弾かれ、その拍子に木刀は男子生徒の手から飛んでいき、彼方の地面に突き刺さる。

「オエ、オエエエェェェ」

 その拍子に男が昼食を、胃の中から外に吐き出し始めた。

「うわっ! だ、大丈夫?」

 その光景に翔馬は慌てて近づいていく。

「ええっと、せ、先生を呼んで来るね!」

 翔馬は走って保健室に行ってエレイネを呼び、彼らを任せる。

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