第20話 危険信号

 授業が終わり、屋敷まで戻る途中、外が騒がしくなっていた。



「どうしたんですか?」


 興味本位で近くに行って、そこにいた警備員の人間に聞いてみる。


「この近くに魔物が現れたらしい」


 魔物。

 人類の敵とも言うべき存在が、すぐ近くまで来ていたらしい。


「え、それってまずくないですか?」

「まずいなんてものじゃない。学院閉鎖の危機だ」


 ここは魔術師の卵達が生活する学園だ。

 しかも各国の王侯貴族まで来ているのだ。

 それ故、世界で最も厳重で安全な場所なのだ。

 魔物の脅威を知るものからすれば、そこまで魔物が来ているということに恐怖を感じずにはいられないのだ。


「倒したんですか?」

「ああ、何匹かは殺せたみたいだが逃がしたものもいるらしい」


 逃がした、ということは最悪、ここの場所が敵側にばれてしまうかもしれない。


「先日もソフィア様が魔物に襲われたって聞いたし……魔王が来るのかなー……」


 男はそうぼやき、死人のような足取りで何処かに去っていった。

 屋敷に戻った翔馬は早速ソフィアに聞きにいく。


「これからこの学園はどうなるのでしょうか?」

「それを今から学長と各国の王侯貴族などが集まり話し合う」

「へー、生徒が学園の進退を決めるんですか……、凄い学園ですね……」

「うむ当然じゃな。我らの協力なくしてこの学園は成り立たんのだから」

「それで、ソフィア様はどちら派ですか? 存続派ですか、それとも閉鎖派ですか?」


 まだここに来て三日だしそれほど思い入れがあるわけではないが、一度繋ぎかけた人間関係をリセットされてしまうのは正直悲しくなる。

 そんな翔馬の内心を悟ったのか、ソフィアは翔馬の肩を思いっきり叩きながら笑いながら断言する。


「存続派に決まっておろうが! お主がおるんじゃぞ? 我は近くに来ていたのが例え魔王であったとしても少しも不安に思うことはない!」

「あ、ありがとうございます。ですが……勝てるかどうかは戦ってみないとちょっと分かりませんよ……?」

「安心せい。お主が勝てぬほど強くはないから」

「そうですか……」


 そんなことを言われても素直に喜べない。

 できれば一度偵察をして、魔王の強さを知っておきたいところだ。

 それにそもそも魔物の強さもよく分かっていないのだ。

 前回はあっさり倒してしまったのだが、あれは偵察部隊か野良魔物である可能性もある。


「なーにを不安に思っておるのじゃ! そなたは我の最終兵器じゃぞ。ドンとせいドンと!」


 もう一度翔馬の背中をバシバシと叩いてくる。


「まあ魔王が現れたら勝てないまでも、この学園の人達が逃げられるくらいには時間を稼いでみせますよ」


 瞬殺されるほど弱くはないつもりだ。

 なにせ重力は万物に影響を及ぼす能力だ。

 魔王の体が何でできているのかは知らないが、重力が効かないという事はないだろう。

 勝てないまでもソフィア達が逃げるまでの時間くらいは稼いでみせる。


「うむ! その意気じゃ! 頼りにしておるぞ!」

「はい」


 翔馬に激励を贈ったソフィアは屋敷を出て行く。

 屋敷の中で一人待たされた翔馬は暇になってしまった。

 授業の予習と復習でもやろうかと思い、ノートと教科書をバックから取り出そうとして考え直す。

(そうだ……偵察も兼ねて辺りを散歩してこよう)

 魔物を見つけたらついでに後をつけるなりして、魔王がいるのかどうか調べればいい。

 善は急げ、だ。

 準備というほどのものはない。

 ほぼ手ぶらでこちらの世界に飛ばされたのだから。

 ただ、日持ちする軽食とナイフくらいは欲しい。ナイフは屋敷の中に草刈用の鉈があったので勝手に拝借した。軽食は厨房に行って干し肉を何枚かと水筒を貰って来た。

何に使うのか、と聞かれたので補習があるので徹夜で勉強すると伝えたら頑張ってと応援された。

(この世界の学校にも補習があるのか……)

 魔法の技術関連の授業では恐らく何度か補習するハメになるだろう。

 本当に夜通し練習する時が来るかもしれない。

 軽装だが、空を飛べる翔馬にとってそれ以上の装備は必要にならない。

 その二つだけを持って魔物が出たと騒がれていた方角の出口まで向かう。

 出入り口には門番がいて、学園はその敷地をグルリと大きな柵で覆われている。

 宙を飛べる翔馬からすれば柵なんてあってないようなものだが、もし赤外線のような防衛システムがあった場合軽々と飛び越えたら変な装置を作動させかねない。

 できれば誰にも悟られずに出たいのだが、ただでさえピリピリして学園の進退を決めている状況に致命傷を与えかねない。

 素直に看守に出て行くことを伝えて出るのが最善であろう。


「あの、こんにちは」


 看守に挨拶をする。


「こんにちは。もしかして外に出る気なのかい?」

「はい、外に出るのに許可が必要といわれたので来ました。ご許可を頂いてもよろしいでしょうか?」


 だが看守は目を見開き、慌てて首を横に振る。


「だ、駄目に決まっているじゃないか! 君は多分知らないんだと思うんだけど近くで魔物が発見されて厳戒態勢中なんだ。残念だが諦めてくれ」


 話をする気もないといわんばかりの、有無を言わせぬ断固とした態度だ。

(弱ったなー……)

 一度戻ってソフィアの許可を貰うのがいいだろう。

 そう思って素直に謝り帰ろうとした時、背後から声を掛けられる。


「お主、何をしておるんじゃ?」

「ん、あ、ソフィア様」


 ソフィアがディオネを伴って帰り道を歩いていた。


「お、お早いですね! もう会議は終わったのですか?」

「あんた! こんなところで何をしていたの? まさか人に迷惑とかかけていたんじゃないでしょうね?」

「ち、違うよ。することがないから偵察でもしようかと思って……」

「あんた、こんなときに外に出られるわけがないでしょうが!」


 ディオネはそう言って翔馬の頬を抓る。


「す、すいませーん」

「それに鉈や干し肉まで……、まさか盗んだんじゃないでしょうね?」

「い、痛い痛い! 干し肉はちゃんと厨房からもらったやつだよー!」

「本当でしょうねぇ?」


 それを見ていたソフィアがディオネを宥める。


「まあディオネ、そこら辺でよかろう」

「しかし……わかりました」


 ディオネは渋々翔馬の頬から手を離す。


「いてて……」

「お主、何で正門からわざわざ出て行ったんじゃ? 飛んでいけばよかろう」

「いやー、防犯装置的なやつが作動するかなーと思いまして」

「防犯装置? そんなものはないぞ?」

「え! じゃあ空から侵入されたら分からないじゃないですか!」

「いや、空を監視する者がおるから簡単には入らせんよ」

「夜中に侵入されたら?」

「事が起こるまで分からん」

「穴だらけじゃないですか!」


 異世界の防衛システムの脆さに翔馬は頭を抱えて叫んでしまう。


「まあそれはよい。翔馬、敵にばれずに偵察することは可能か?」


 ソフィアの質問に、翔馬は抱えていた顔を上げて答える。


「……いえ、訓練は一応受けていますが、専門ではないので絶対とは言えません」

(こういう時、転移系か隠密系の能力者がいれば楽なんだけどな……)


 いない者は仕方がない。

 ソフィアは考える。


「うーむ、まあ既にこちらに見つかっているということは向こうも分かっているじゃろうし、ならばこちらが偵察を出すくらい分かっておるであろう」


 それからも暫くブツブツ呟いた後翔馬を見る。


「構わん! 偵察を許可しよう」

「ありがとうございます」

「うむ、しかしお主、そんな装備で偵察に行こうとしたのか?」

「え、あ、はい。そうですけど……」


 ソフィアは翔馬のあまりにもみすぼらしい装備を見て呆れる。


「お主……天才なんだか馬鹿なんだか分からんのぅ」

「馬鹿なだけですよ……」

「あはは、まあ俺には重力がありますから、正直これだけでも充分なんですよね」

「うむ。じゃが制服と顔が向こうにばれるのはまずいのう。ディオネ、覆面と着替え、それにナイフももっといいやつを用意してやれ」

「……ソフィア様がそうおっしゃるのでしたら」


 そういい残して、ディオネは屋敷の方に走っていった。

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