第21話 斥力フィールド
ソフィアの王様特権で外に出ることを許された翔馬は、ディアナが持ってきた装備を着て腰に鋭利なナイフを差して森を移動していた。
今の翔馬の格好は長いローブを着て、顔は口と鼻まで隠れている。
木の間をすいすいと移動する全身真っ黒なローブで覆われたその様は、まるで亡霊のようだった。
周りに遮る物がない高空からでは敵に見つかってしまう恐れがあるため、低空飛行による偵察をする。
(二日前に飛んだばかりなのに久々に飛んだような気がするなー)
この二日間、色々なことがあり過ぎたせいだろう。
まさか異世界に来て僅か二日で魔法学校に通うことになるとは思わなかった。
(地球に帰ったら皆びっくりするだろうなー)
帰ったとき、友人達に自分の経験談を説明した時の顔を思って、翔馬の顔は自然と笑顔に変わる。
そんな時だった。
「っ!」
最初にそれに気付いたのはその圧倒的な気配だった。
翔馬は全身の毛が一斉に立ち、その隠す気がないとしか思えないほどの存在感。
(近い!)
翔馬の動物的本能がそちらに導いてくれる。
しっかりと警戒しながらゆっくりと近付いていくと、声が聞こえてきた。
しわがれた聞き取り辛い声だが確かに人の言葉だ。
「こんなところに人が? もしかして学園が偵察を出したのかな?」
ゆっくりと木の陰からそちらを覗く。
太陽が傾きかけているので少し暗いのだが、見えないわけではない。
「全身……黒い?」
そこにいたのは二人の男だった。
しかし普通の人間と違って、全身が真っ黒だった。
影ではない。素肌が黒いのだ。
しかも頭から角が生えていたり、口から牙が出ていたりする。
(あれが魔王……なのか?)
もしかしたら下っ端かもしれない。
そう予想を立てて彼らを見ていると、どうやら角を生やしている方が口の牙が鋭い方に何か注意しているようだ。
「アスタロト、貴様早まってやつらに見つかったみたいじゃな」
近くで聞くと壮年の老人のような声に見合った静かな態度だった。
それに対してアスタロトと呼ばれたその男は、両手を大きく広げながら大笑いをして男に言い返す。
「はっはっは、見つかったのは雑魚共で私ではない」
「同じことじゃ。こんな近くで我らの眷族が見つかれば当然奴らは警戒するじゃろうが。逃げられたらどうするつもりなんじゃ」
「無様に逃げるのであればその背中を討てばよかろう?」
「王族に逃げられたらどうするつもりなんじゃと聞いておるのだ。特に大国の王なるソフィアとか言う女は確実に仕留めなければチャンスを逃すぞ」
(え、ソフィア様って大国の王様だったの?)
王様ということは聞いていた。
しかし、大国の王様というのは聞いていない。
王様が学園に通えているくらいだし、てっきり王様がいなくても国が成り立つくらいの小さな国だと思っていた。
(そういえばナタリア様のクリミア公国もガリア王国から独立したって言ってたし……もしかして相当の大国だったりして)
しかし、ソフィアの幼さを思い出す。
(ないな……)
ソフィアはとても大国を担っているようには見えない。
「そんなことよりベルゼビュート。貴様、兵の用意は抜かりないであろうな?」
「当たり前じゃ。誰に言っておる。兵の強さでは他の魔王の追随を許さないこのワシの精鋭を近くに控えさせておるわ!」
「はっはっは、なら安心だな。俺は上空から一気に中央を破壊する。貴様は魔物の軍団で学園を囲え。蟻一匹逃すなよ?」
「そのつもりじゃったのに貴様の部下のせいで危うくご破算になりかけたじゃろうが!」
ベルゼビュートが呆れ気味に言うと、アスタロトは豪快に笑う。
(あれってやっぱり魔王だったのか……)
肌がピリピリする。
魔王と言われても納得せざるを得ない。
ああ、魔王だな、と思ってしまうほどのカリスマと生命力があった。
(そろそろ帰るか)
大体計画は分かった。
出来るのであれば襲撃の時期も知りたかったが、いつまでもここにいて見つかるわけには行かない。
伏せた体勢のままゆっくりと離れ、学園に帰宅した。
「そうか……奴らの狙いはこの我か」
感慨深げにソフィアは呟く。
魔王にその命を狙われているというのにその姿には怖れの欠片もないように見える。
「ソフィア様、危険です! 国に戻りましょう」
横で翔馬の報告を聞いていたディアナが口を挟む。
「この学園に通う我が国の可愛い子ども達を置いて? 我だけで、か?」
「そ、それは……」
学園の生徒達が一斉に動けば確実に魔王も動くだろう。
ならば静かに最低限の人間にだけ報告して、闇夜に紛れるなりして出て行くのが一番安全な対応策であろう。
しかし、当然今ここの学校にいる最精鋭のソフィアの騎士達と翔馬、ディアナを連れて。
あそこまで綿密に準備しているのだ。
それほど多くの戦力があるわけでもないこの学園に残された者達がどうなるか、すぐに想像がついたのだろう。
ディアナが口を噤む。
「阿鼻叫喚の嵐になるのが用意に想像がつく。翔馬、魔王二人を相手にして勝てるか?」
何時になく真剣なソフィアに翔馬は神妙な顔で答える。
「……分からない、というのが正直なところです」
「魔王を直視して勝てないかも、と思わなかっただけ上出来じゃ」
ソフィアは翔馬の答えに満足げに頷いている。
ソフィアの表情に不安を感じたディアナはその理由を聞く。
「勝てるか分からない、ですよ? なぜそんなに満足げなんですか!」
「うむ? 我はむしろ余裕で勝てるなどといわれたら信用せんかったぞ。何百年彼奴らが我らを苦しめてきたと思っておるのだ。そんなあっさり倒されたらひっくり返るわ!」
「ひっくり返るって……。私達としては余裕でなければ困るのですけど」
「そこまで期待するのは酷と言うものじゃろう? なあ翔馬?」
「そ、そうですね……あまり期待されても困ります」
頬を掻きながら翔馬を呟く。
「そうじゃろそうじゃろ」
何故かソフィアは得意げだ。
しかし、翔馬の情けない言葉にディアナは不安を隠しきれないようだ。
「で、ですが学園全体を覆う斥力フィールドを作りますので弱い魔物は入って来れないはずです!」
「「……斥力フィールド?」」
二人は声を揃えて聞き返す。
「あ、いわゆるバリア……も分からないのでした。ではお見せいたします」
そう言うと翔馬は手を前にかざす。
「グラビティ・リパルション」
能力を発動させる。
「……? 何も見えんが?」
ソフィアが首を傾げる。
「あんた、こんな時にふざけてるんじゃ、きゃぁ!」
何も見えないのに何かしているように振舞う翔馬に不快に思ったのか、ディアナが翔馬に近付いた瞬間、後ろに吹き飛ばされた。
翔馬は想定内の出来事だったので、落ち着いて空中でディアナを止める。
「これが斥力フィールドです。今、俺の周りをその重力の膜で覆っていますので誰も俺には近付くことは出来ません。魔法も同様です」
地球にいた頃、この斥力フィールドがどれほど強力なのかは実証されている。
銃弾はもちろん戦車の砲弾、はたまたレールガンさえ防ぐことが出来るのだ。
魔王はともかく、魔物程度であればなんら問題なく撃退できる。
「ふむ、なるほど。それはどれほどの……は?」
ソフィアはまた満足げに頷いて斥力フィールドの広さを聞こうとした。
しかし、その質問の答えは先ほど翔馬が話している。
それを思い出したのだろう。
口を大きく開け、間抜けな顔を一瞬だけ晒し、次の瞬間、全身の毛をブワッと逆立てる。
「翔馬! お主、先ほど何て言った?」
「え? 斥力フィールドですか?」
「違う! このフィールドをどれくらいの範囲を補うことが出来ると言ったか、と聞いておる!」
「え、ええっと……この学園全体を覆うくらいでしたら出来ますが……狭いですか?」
顔を赤くして叫ぶソフィアに恐れ慄きながら翔馬は答える。
「広すぎじゃ、馬鹿者……」
椅子に倒れこむように座ったソフィアは、疲れたように呟く。
「そ、そうですか? それに魔王に聞くかどうかは分かりませんけど……」
「いやそれで充分じゃ。ではそれを前提に事を進めるかのぉ」
ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「え、ど、何処へ?」
「先程は話しが纏まらず一度解散となったのじゃ。各々計画を持ち帰って再考して、今宵、もう一度集まろうという話になったのじゃ」
「そうなんですか……。そんなに会議に行くのって疲れますか?」
「……」
バタン。
無言でドアを閉められた。
「え、えーっと……」
(も、もしかして失望させちゃったかな……)
ソフィアのあまりに疲れたようなその表情に、翔馬は申し訳なく感じる。
「ねえ……」
落ち込んでいた翔馬の背後から、空恐ろしい声が聞こえてきた。
翔馬は背筋を伸ばしゆっくりと背後を振り返る。
「あーんーたー……さっさと、私を降ろしなさーい!」
「ご、ごめんなさーい!」
慌てて能力を解除した後、その部屋に拳で人を殴ったときの鈍い音が響き渡ったのは語るまでもないことであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます