第19話 獣人

 食事が終わると、翔馬と昨日、翔馬の腕に抱きついてきたウサギ耳の少女、リリーだけは教室移動だった。

 理由は、別の魔法適正の授業を受けるからである。


「いやー、翔馬君が闇の魔法適正があってよかったよー。あのクラスから土魔法の魔法適正を持っているのって私だけだったからさー」

「へー」


 頭の後ろに両手を回しながらリリーは言った。


「闇と光というのはやっぱり珍しいの?」

「そりゃそうだよー。両方持っている人なんてそうそういないよ」

「ふーん、じゃあもし両方持っている人が現れたら?」

「それはもちろん大騒ぎだよ! それが男だったりした日にはもう女子が放っておかないだろうねー」

「そうなんだー」


 リリーはそう言うとこちらを見てくる。


「ねえ、私、思うんだー」


 リリーはこちらに近付いてきて、胸の膨らみを押し付けてくる。


「え、ええ? な、何が?」


 突然の行為に驚き、挙動不審になる。


「魔法才能を四つも持っているからと言って、そして男だからと言って王様になったばかりのソフィア様の側近になれるのかなーって」

「うぐ……」

(す、鋭い……)


 翔馬はつい目を逸らし、リリーから離れようとする。

 だがそれをリリーが許すわけがない。


「あれー、なんで目を逸らしたのかなー」


 少し色艶の掛かった声で囁くように言ってくるリリー。


「な、なんででしょうねー、き、きっとリリーさんがあまりにも俺に近付いているからかなー」

「どう? 翔馬君のこと、教えてくれたらもっといい事してあげる」


 翔馬の眼が動揺に揺れる。

これ以上は理性が崩壊すると、翔馬の本能が言っていた。

 そんな時だった。


「翔馬君? それにリリーさん、何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「あ、ケレスさん、な、何でもないよ」

「むー、いいところだったのに……」


 不穏な言葉を呟きながらリリーは渋々離れていった。

 ケレスは、首を傾げて二人を見る。


「そ、それでケレスさんは何でこっちに?」

「あ、私はフォルフーナ先生に用事があって職員室に……、お邪魔でしたか?」

「いやいや全然、むしろ助かったくらい!」

「そんな否定しなくてもいいじゃん」

「いたっ!」


 リリーは拗ねたように翔馬の脇腹を抓る。


「……?」


 それを見たケレスは首を傾げる。

 闇魔法を学ぶための教室の前で、二人はケレスと別れる。


「闇魔法かー、楽しみだなー」

「そう? 珍しいわりにあんまり使いどころのない能力だけどねー。持つなら断然光の適性だよ」

「そ、そうなんだ……」


 翔馬が唯一取ることを許されなかった適性だ。

 あのあと興味があるならばと本を渡されたのだが、独学は厳しい。

 一応読んで練習はしている程度だった。

 火魔法は一番簡単な着火魔法だけ覚えてから触れていない。


「それにしても教室内はあんまり暗くないね?」

「え?」

「あ、いや、何となく闇魔法の教室だから暗くてジメジメした様な教室を想像していたからさ。想像以上に普通だったからびっくりしたよ」

「あはは、まあ間違ってはいないよー。実際闇組の教室は暗いからね」

「え、でもここは……」

「よく周り見てみなよ」


 リリーに促され、翔馬は生徒達を見る。


「あっ!」

「気付いたよね。ここには白色と黒色のネクタイをしている生徒はいないんだよー。ここはメインの魔法適性とは別に闇魔法が使える人の教室だからね」


 光と闇の魔法適性の両方を持った者はここにはいない。

 教室を見渡していると、こちらに気付いた水色のネクタイをしたネズミ耳をした女の子が近付いてくる。


「あれ、リリーさん、その人ってもしかして最近話題になっている……」

「そうだよー、彼がソフィア様の従者で魔法適性が四つある男の子」

「坂上翔馬といいます。よろしくお願いします」

「え!」


 翔馬としては普通に挨拶をしてお辞儀をしただけなのだが、向こうは驚いている。


「ふふふ、驚いたでしょ?」

「え、うん……噂には聞いていたけど本当に誠実なんだね」

「あはは……」


 誠実とは少し違う気がする。

 苦笑しながら頬を掻く。

 だが、そんな姿も彼女達からすれば誠実な態度に見えるのだろう。


「ふーん、私も狙ってみようかなー」

「それは駄目―。もう彼の横は定員オーバーでーす」

「へーやっぱり人気?」

「当たり前だよー。横暴なだけで小心者の他の男よりよっぽどましだからね」

「私はもう少し野獣のような男の方が好みだけど」

(うーん、獣人の女の子は積極的な人が多いなー……)


 そして、体の成長が早い。

 目の前のネズミ耳の少女も制服の上からでも体の凹凸が分かる。

 男としてはくっ付かれて嬉しいものの、彼女達よりも年上の人間としてとしてこのまま押されてばかりはいられない。


「女の子がそんな無用心に男にくっ付いちゃだめだと思うよ。変な勘違いした男とかに付きまとわれるよ」


 超能力者の中にもいた。

 能力をストーキングに使用して、捕まった男が。

 その男を捕まえるために右に左に証拠集めなどで奔走した身としては、同じことが起こってほしくないと願わんばかりだ。

 だから翔馬は軽く注意を促したのだが、二人はきょとんとした顔をした後大笑いする。


「俺、結構真面目に言ったつもりなんだけどな……」


 要らぬお節介だったのかもしれない。

(まあ彼女達は魔法も使えるし心配いらないか)

 そう思って、至って普通の顔で空いている適当な椅子に座る。

 だが、リリー達からは不貞腐れたように見えたのだろう。

 翔馬の左右に座りながら謝ってくる。


「い、いや、謝らなくてもいいよ。不貞腐れているわけじゃないから。もしかして余計なおお節介だったかなーと思って」

「翔馬君の心配は嬉しいけど、それは無用の心配だよー」

「そうだね、私達獣人がくっ付くのは交尾してもいい男だけだからね」

「ぐふっ!」


 突然生々しい話になり、そう言った事にあまり耐性のない翔馬は、腹を殴られたような声が出た。


「ええっと……そうなると、リリーさんは俺とその……子作りをしていいみたいに、聞こえるけど……」

「うん言ったよ?」


 おずおずと聞く翔馬に、リリーは平然とした様子で頷く。


「うぐっ。それは……好きでもない人と、その……そういうことするのに抵抗ないの?」

「いや好きでもない人とすることには流石に抵抗あるよ!」


 人をビッチ呼ばわりしないでよね、とリリーは膨れっ面だ。

 気分を害してしまったリリーに、翔馬は慌てて謝る。


「す、すいません……。で、でもそれって言っていることが矛盾しているんじゃ……」

「してないよ! 私達獣人は強い人が好きなんだから」

「ああなるほど……ってそれ、俺が強いかどうか分からなくない?」


 まさか重力能力を持っているとバレた訳ではないだろう。

 魔法もまだ各適性を一つずつしか使えないのだ。

 外見も日本人の平均的な顔立ちをしている。

 どう見ても強くは見えない。

 翔馬がそう言うと、彼女達二人は顔をニヤリとさせる。


「分かるよ。君からは戦う人間の匂いがする。しかも……」


 そう言って、肉食動物のような顔をしながら翔馬の首筋の匂いを嗅いでくる。


「相当な強者の匂い。獣王様と似てる」


 リリーはその真っ赤な唇を舌でチロリと舐めながら言った。

 獣人の王国、アースガルドは魔法を使うなり肉体を使うなりは自由であるが、とにかく強い者が上にいくというパワー思考の国だった。

 当然、その国の王とは、国で一番強い者がなる。

 文句があるなら正々堂々決闘を挑み、そして勝て。

 それがアースガルドの国事なのだ。

 その国事は古くから国民達にも行き渡っており、彼女達自身の獣人としての血が強者を望んでいるのだ。


「うーん、流石にそんなに強くないと思うよ」


 獣王と同じくらい強いかといわれると、そんなわけがないと胸を張って言える。


「いやそれは分かってるよ。あくまで将来的にはそうなるかもしれないってだけの話」

 翔馬から離れながらリリーが言った。

「しょ、将来的にもないと思うけど……」


 重力を使えば絶対に負けないという自信はあるが、魔法と肉体だけで戦ったらまず間違いなく負ける。

 だがしかし、そもそも翔馬はあまり強くなることに興味がない。

 それでも、獣王はともかく魔王に勝てるくらいには強くありたいと思った。

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