第9話 世界と魔法

「ええええぇぇぇぇ!」

「わっ! なんじゃお主、突然大声なんぞ出して」


 翔馬が驚きのあまり叫んだことでソフィアが可愛らしい声を出す。


「い、いや、いやいやいや、あれ」

「ん? ああ、アースガルド獣王国の獣人じゃな。それにアルムヘイム王国のエルフ。なんじゃお主、見るのは初めてか?」

「は、はい。というかどちらも俺の世界じゃ存在しませんよ!」

「ほぉ。因みに獣人は我ら人より肉体が優れており、エルフは我らより魔力に優れておる。ここは魔法学院じゃから、どちらかというと結果的にエルフの方が多く在籍しておる。まあそれでも人の半分もおらんがの。わっはっはっは」

「個ではどちらにも劣るのですからあまり自慢になりませんよ」

「へー!」


 翔馬は感嘆の声を上げる。

 興味深い彼女達の姿にキョロキョロと辺りを見回す。

 だがそれもディオネに頭を掴まれ前に戻される。


「こら、だらしない顔で周りを見回すな!」

「あ、すいません」


 こちらに手を振ってくる女生徒達に頭を下げながら、暫く歩き、先ほど気付いたことを質問する。


「……女生徒の方が多くないですか?」


 男がいないわけではないが、今、翔馬から見える生徒の凡そ九割は女生徒だった。


「それは魔術師の生まれる人間の殆どが女性だからよ。正確にはこの学園に来れるほどの才能を持った、が付くけど」

「へー、じゃあ男子生徒はハーレム状態なんだー」

「……そうね」

「……?」


ディオネの曖昧な頷きに引っかかりを憶えた翔馬が質問をする前に、二階建てくらいの立派な洋風の屋敷に着く。


「……え、寮ってここですか?」

「そうよ」

(どう見ても立派な屋敷にしか見えないんだけど……。一人一軒、なわけないよね)

「もしかしてソフィア様のためだけにこれだけ立派な寮を建てたのですか?」

「ええ、ソフィア様は王族だから特別よ。他の人は一人一部屋の小さい個室が与えられるだけ」

「なるほど」


 それならば納得だ。

 ソフィア達に連れられて中に入ると、広いロビーが目に入る。

 中もかなり豪華な装飾で彩られていた。


「ではディオネ、翔馬に部屋を紹介してやれ」

「はい。翔馬、付いて来なさい」


 ディオネに付いて行くと、二階の一室に案内される。


「ここが貴方の部屋だから好きに使っていいわ」

「ありがとうございます!」

「それと……」


 ディオネの怖い顔が近づいてくる。


「勝手に学園をうろちょろするんじゃないわよ?」

「はーい……」


 怖い顔のディオネに恐れをなした翔馬はコクコクと頷く。


「といっても貴方、これといった荷物はないわね。じゃあ、もうお昼だから食堂に案内するわ。付いてきなさい」

「わかりました」


 そのまま一階に降り、食堂に行く。

 長テーブルの一番先の上座に他の椅子よりも高価な椅子に、ソフィアが座っていた。


「おー、ディオネ、翔馬を部屋に案内したか?」

「はい」

「うむ、ご苦労。翔馬、部屋はどうじゃった。ちきゆうの部屋の大きさがどれくらいかは知らぬが、狭くはないと思うのじゃが?」

「はい! むしろ俺が住んでいた寮よりも広いくらいでした! ありがとうございます」

「そうかそうか、それはよかった。ではそこに座れ」

「はい」


 そう言われ、ソフィアから見て左側の椅子に座る。


「ちょ、ソフィア様! そんなお近くにこんな身元の分からない人間を置くなど……」

「よい、近くのほうが喋りやすかろう」

「……畏まりました」


 ソフィアに説得されたディアナは渋々、翔馬の反対側に座る。


「よろしい! では、昼食の前にこれから翔馬にはこの世界について説明しておこうかの」

「お願いします」


人が暮らす大陸には、人を脅かす魔王と呼ばれる脅威が七体いた。魔王はそれぞれが治める領域が大陸中のあちらこちらにあり、人を滅ぼそうと事あるごとに魔物を送り込んでくるのだ。

ソフィアを襲ったのもその一団らしい。

しかも、魔物と人では圧倒的に魔物が多く、個の力も強い。

それ故、今でも人は徐々に押されているのだが、魔物に対抗できる数少ない存在である魔術師達のおかげで、何とかぎりぎりの境界線を守っている。

その結果、国というのは上から見ると穴だらけの蜂の巣みたいになってしまっている。

この状況を何とかしようと世界中から一手に優秀な魔術師を集めたのが、この魔術師学校なのだそうだ。

 魔術には火、風、水、土、光、闇の六属性があり、またそれぞれには魔法適正というものがある。

 これがないと、その属性の魔法は使えない。

 通常はゼロか一つ。

 多くて三つか四つというところであろう。


「はぁ、魔王……ですか」


 それを聞いた翔馬の反応はそれだった。


「そうじゃ、魔王じゃ。我ら人やエルフよりも圧倒的な魔力を誇る。前回魔王が前線に現れたときは……酷い戦じゃったのぉ」

「そうですね……帰ってきた軍勢が十分の一になっておりましたからね」

「そ、そうですか」

(……帰ってきた軍が十分の一って、俺、とんでもない世界に召喚されちゃったんじゃ……)


 今更ながらに自分の身の危険を感じてきた。


「お主達天授者のおかげで勝利したことも何度かあるがの。総合的には負けの方が圧倒的なんじゃがな……あっはっはっは」

「全然笑い事ではありませんよ……」

「……早く帰るための方法を探さないと」


 高笑いをしているソフィアを見て、翔馬は遠い目をしながら呟く。


「安心せい! お主ほどの力があれば魔王なぞ恐るるに足らんわ」

「いや、恐れますよ……」


 勝てるかどうかは別として、その前に争いごとは出来れば御免だ。


「……まあ今はそういう存在がおるということを頭に入れておけばよい。では次に、そなたに渡す報酬なんじゃが……ぶっちゃけ報酬として渡せるほどの金はない」


 そう言うソフィアの態度は物凄く堂々としていた。


「えっ、ええぇぇ! ソフィア様、王様なんですよね?」


 魔王の存在を聞いたよりも驚いた。


「まあそうなんじゃがな。先代が死んで日が浅いのでな。我が自由に出来るお金というのはあまりないんじゃ……、すまぬ!」


 ソフィアがガバリと頭を下げてくる。


「い、いいやいや、別にいいですよ、お金なんて。ここに住まわせて頂けるのですからそれ以上はいりませんよ」

「そ、そうか? それを聞いて安心したぞ」


 恐縮しながら言うと、ソフィアは本当にホッとしたように頭を上げる。

 翔馬としても、金を渡したんだからもうここから出て行け、などといわれても困るのだ。

 翔馬にとって使い方も分からないお金を渡されるより、屋根がある部屋と三食ちゃんと出てくるご飯の方がよほど価値がある。


「しかし、王たる我を救ったのじゃぞ? その代わりがこれだけというのは味気ないじゃろ」

「いえ、それだけでも俺は十分ですよ。使い方の分からない人間がお金なんて貰ってもすぐ使い切ってしまうだけですから」


 翔馬は更に拒否するが、ソフィアは首を横に振る。


「よい。それだけではあまりに割に合わんと我が感じるだけじゃから」

「はぁ、そうですか」


 無理に否定してはソフィアの顔を潰すことになるので、頷いておく。


「それでじゃ。お主、お昼を食べ終わったら魔法適正を調べてみぬか?」

「魔法適正ですか? 俺にそんなのあるかなー?」

「それは安心せい。天授者達は全員何かしらの魔法に適正があることが確認されておる。お主も何らかの適正があるじゃろう」

「なるほどー、それでしたら安心ですね」


 しかし、そのソフィアの行動の意図に感づいたディオネが慌てて立ち上がる。


「ま、まさかソフィア様、翔馬を学園に入れるおつもりですか!」

「おお、よく気が付いたの。正解じゃ。我は翔馬をこの魔法学院に入れようと思っておる。どうじゃ、いい案じゃろ?」

「よくありませんよ! ここは世界中から王侯貴族が集まる学園ですよ?」


 ビシッと音がするほど真っ直ぐに翔馬を指す。


「こんなのを学園に入れたら何をしでかすか分かりません!」

「そ、そんな信頼ないかな、俺?」

「当たり前でしょ!」

「……」


 断言され、翔馬は無言で涙を流す。


「それはお主が気にすることではなかろうて。よい、我が許す!」

「……はぁ、分かりました、ソフィア様」


 疲れた様子でディオネが座ったのを見て、ソフィアが翔馬の方を向く。


「ということじゃ、お主、構わんであろう?」

「え、あ、はい。俺は構いませんけど」


 翔馬もあっさりオーケーする。

(別にいいよな? 帰るための情報も他の生徒と仲良くなった方が集まると思うし。それに魔法も学んでみたいし)

 思春期の男子高校生として魔法というものには、少なからず興味を引かれるものがある。

 超能力とはまた別の異質な能力に触れてみるのも悪くない。


「うむ、では後で我が学園と交渉してこよう」


 話が一段落して、ソフィアは満足げに頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る