第8話 ナタリア・ソナタ

 それから二時間ほど、一向は道なりに進み、学園に到着する。

 門番に傷付いた騎士達を引き渡し、一緒にエレイネも付いて行く。

 能力を使う必要がなくなった翔馬は、地面に降り立ち、石畳の道を歩く。


「うわー、綺麗なところですねー」


 真っ白な校舎に、広大な敷地をこれでもかというほど贅沢に使用した庭園のような道が続いていた。


「あっ、学園内に川まであるんですね!」


 川を近くで見ようと、翔馬はそちらに駆ける。


「ちょっと待ちなさい!」

「うげっ!」


 しかし、それはディオネに襟首を掴まれる事によって防がれる。


「貴方、あちこち勝手に動くな! 周りを見なさい!」

「え?」


 襟首を掴まれながら周りを見回す。

 先ほどソフィアが着ていた制服と同じ服を着た生徒が、あちこち敷地のあちこちにいた。

 男女比が著しく、ほとんどが女子生徒であったが、彼女らのほとんどが翔馬を指差していた。


「え、俺?」

「そう、特にその服装。女物の服しか予備を持ってきていなかったから仕方ないけど、貴方は目立っているんだからもっとシャキッとしていなさい!」

「……はーい」


 とぼとぼと後ろに付いて行く。

 暫く歩くと、前から男一人が数名の女生徒を連れ、馬車の前まで来ると跪く。


「お待ちしておりました、ガリア王」

「オルガか。うむ、出迎えご苦労」


 馬車の中から出ずに、ソフィアが答える。


「ここに来る途中、魔物に襲われたとお聞きし、心配しておりました」

「安心せい、なにも問題なかった」

「それを聞き、胸を撫で下ろしました」

「うむ」

「ところで……」


 男の顔が翔馬の方を向く。


「そちらの男の子は?」

「うむ、我の従者じゃ!」

「は? 従者、ですか? 申し訳ございません。記憶の中にはない子ですが……いったいどなたのご子息なのでしょうか?」


 当然の疑問だ。

 恐らく跪いた男子生徒や後ろの女生徒達は、ガリア王国の重鎮の子息達であろう。

 その彼らが知らない者がいれば訝しむのは当然であろう。


「いや、貴族の子息ではない」

「で、ではどなたですか?」

「魔物に襲われているところを救ってもろうたのじゃ。まあ詳しい話は後で話す」

「……はっ、畏まりました」

「うむ、では我は学長に挨拶をして来る」

「いってらっしゃいませ」


 男子生徒達が横にずれ、馬車が動き出す。

 翔馬もそれに付いて行く。

 学園内で最も大きな建物の前で馬車が止まると、ディオネが馬車の扉を開ける。


「ふぅ、やっと着いたか。長い旅路じゃったのぉ。……ん? うげぇ、クリミアの馬車があるではないか! 付いて早々嫌なものを見てしもうたわ」

「クリミア?」


 いつの間にか前に来ていた翔馬がディアナに聞く。


「クリミア公国王女、ナタリア・ソナタ様の馬車よ。クリミア公国はガリア王国から独立した国なんだけど……でも、国同士はそれほどでもないんだけどね」

「ふーん」


 とりあえずなるほどと納得したところで、ソフィアが顔を明るくして馬車から降りる。


「まあ思わぬ良き拾い者もしたし、運も我に味方をしたようじゃ。これくらいは我慢しよう。お前達は先に戻っておれ。ディオネ、翔馬、付いて参れ」

「え、あ、はい」


 突然声を掛けられた翔馬は、慌ててソフィアに付いていく。

 命令されたディオネ以外の騎士達は頭を下げてソフィアを見守る。


 ソフィア達は長い廊下を渡り、一番奥にある一番立派な扉を開け、中に入る。

 ソフィアの後ろについて中に入ると、学長は居らず、その代わりクリミアの王族と思われる銀髪の少女とその従者と思われる女性がいた。


「あら、旅の途中で魔物に襲われたって聞いたから心配していたのよ」

「ふん、お主なんぞに心配なぞされとうないわ」

「照れても可愛くありませんわよ、ソフィア・ルーイ」

「て、照れてなんぞおらんわ!」


 二人の様子を見ていた翔馬は思ったことを口にする。


「お二人は仲がよろしいのですねー」

「「よくない!」」

「す、すいません」


 睨まれるように怒鳴られた翔馬はシュンとする。


「それで、その男の子は誰? 当たり前のように付いて来ているのだけど初顔よね」

「ふん、お主には関係ないことじゃ」

「坂上翔馬と申します! よろしくお願いします」


 ソフィアはツンとして無視しようとしているが、翔馬は素直に答える。

 そのことが不快だったのかソフィアが詰め寄って来る。


「翔馬! こんな奴に名乗る必要なぞないわ!」

「これは丁寧に。私はクリミア公国第一王女、ナタリア・ソナタよ」

「あ、はい。先ほどお聞きしました。これからよろしくお願いします」


 ソフィアは怒鳴っているが、翔馬は日本人らしく、目上の人間にはしっかりと頭を下げる。


「じゃから、翔馬! お主は誰の従者じゃ!」

「ソ、ソフィア様の従者です……」


 間近から睨みつけられ、素直に頷く。


「ではこんな奴に頭なんぞ下げるでない! 私がナタリアに劣っているようではないか」

「あら、今まで私よりも優れているつもりだったの?」

「我はこれでも一国の王となった身なんじゃがな」

「だから何? 私も王族よ」

「やっぱり仲が……」

「「よくない」」

「すいません」


 翔馬が謝ったところで、ドアが開かれる。ドアの外から現れたのは、年老いた女性だった。

 この学園の学長、ロナリア・ショートだった。


「皆さん、お待たせしました……どうしました」

「いえ、なんでも……ありません」


 ソフィアが代表して答える。

 それから暫く話が続き、帰り道でナタリアとも別れる。


「ではご機嫌よぉ、ディオネさん、翔馬さん。ついでにソフィアさんも」

「我がついでと申すか!」


 ソフィアが睨みつけるが、ナタリアは何処吹く風という顔で背中を見せる。

 その後姿を睨みつけ、ナタリアが見えなくなると翔馬を睨んでくる。


「まったく翔馬、あんなやつに頭なんぞ下げるでない! 我の格が下がるではないか!」

「で、でも相手も一応王族なわけですし。俺の国では目上の人間には頭を下げるのが当たり前といいますか。それにディオネさんも少し頭を下げてましたし」

「ふん」


 拗ねてしまったソフィアの後ろを黙って付いていく。

 仕方なくちらちらと周りを見回して、初めて気付く。

 頭から獣の耳を生やした少女や異常に耳が長い少女がいることに。

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