第2話 始まりの森

 記憶が曖昧だ。眼が覚めると、周りを木々で囲まれた場所で寝ていた。


「くっ……」


 昨日何をしていたのかが、よく思い出せない。確か友人と飲んでいた筈だ。

 だがしかし、飲むとはいってもアルコールなどは一切入っていない普通のコンビニで買える缶ジュースだ。

 何せ、少年は未だ二十歳になっていない未成年なのだから。


「あー頭が痛い」


 それなのに、まるで二日酔いのような症状が出ている。

 頭を軽く振りながら立ち上がる。


「うーん、本当に記憶のない場所だな……」


 少年が通っていた学校は少々特殊だったため、近くに森のような場所ならあった。

 もちろん森に生えている木の配置の全てを記憶しているわけではないため、知らない場所に出ただけかもしれない。

 自分が何故こんなところにいるのかさっぱり分からない。

 とりあえず情報収集をしなければならない。

 少年は目を両手の甲で強く擦り、続けて目頭を揉む。


「よし! これならいける!」


 まだ少し頭痛がして万全とは言い難いものの、ある程度は頭が働いてきた。

 自分の状態を冷静に再分析して問題ないと判断した少年は、何度か大きく深呼吸をする。

 そして、集中して頭の中に様々なイメージを想像していく。

 身体が段々と軽くなっていくイメージ。星の中心に向かっている身体の重さを解放していくイメージ。最後に、空高く飛び上がり、重力の枷を解き放つイメージ。

 次の瞬間、少年の足の片方が持ち上がり、続けてもう片方の足も持ち上がる。

 まるで上から糸で吊るされているように少年は、何の支えもなく空中に浮いたまま立っていた。だが、目覚めたばかりのこの場所にそんな物を仕掛けられるわけがない。


「うん、問題ないみたい」


 普通の人間から見れば手品の類ではないのかと疑ってしまうような現象ではあるが、少年にとってはこの現象は当たり前のようだ。

 少年が心配していたのは自分が浮けるかどうかではなく、正常に能力が使えるかどうかということだった。

 能力を使っている最中に頭痛が酷くなったり吐き気や眩暈がすれば、医者に行くか暫く休憩を取らなければならないからだ。

 これといった異常は見当たらない為肉体は正常であると判断した少年は、ここを抜け出すべく行動を開始する。

 まずここが何処であるのか確認するために、一気に真上へと上昇をしていく。

 上昇の勢いは止まることなく一瞬で木の間を通り、数十メートルあった木の高さを超え、とうとう大空へと舞い上がった。

 空から地上一帯を見下ろす。

 すると、自分がいた場所がどういった場所かがすぐに分かった。少年は辺り一帯を見回して呟く。


「うわー……」


 森だった。二十メートル近く飛んでいるのに、見渡す限り木しかない。

 飛んで帰るのは当然としても、まずここが何処だかさっぱり分からない。


「本当に俺、昨日何してたんだ?」


 繰り返すが、アルコールの類は摂取していないはずだ。飲んでいた飲み物やお菓子類もいつも買っている恒例の物だったはずだ。

 それなのに謎の記憶障害を起こしている。


「俺の名前は坂上翔馬。年齢は十五歳の二月二十四日生まれ……。うん、憶えている」


 不安になった少年は、自分の名前と生年月日を確認する。

 鏡なんていう小洒落た物など持ち合わせていない翔馬は、手探りで自分の顔や身体を確認する。


「うーん、変わりないなー」


 取り立ててケアをしているわけではないが、時間に余裕があれば毎日お風呂に入っているのでそれほど肌荒れはしていない。

 触った顔は特別ツルツルしているわけでもガサガサしているわけでもない、記憶にあるのと同じ感触だ。胸も当然ない。

 目が覚めたら女になっているとか、年が若くなっているとか逆に老けているなどということはなさそうだ。

 そのことにホッとしながら周りを見回してみるが、視線の先には辺り一面木と見たこともない山しかない。

 山の形や配置だけで今の居場所が分かるほど、翔馬は地図にも地理にも詳しくない。


「はぁ、もう少し飛んで、街でも探すか……」


 街に着けば警察官の一人や二人はいるだろう。

 困ったときはお巡りさんと相場が決まっているのだ。何せ、歌にもなっているくらいなのだから。

 何処を見回しても木しかないので、とりあえず山がある方向とは逆の方へといってみる。

 見落としがないように時速三十キロ程の、翔馬からすればゆっくりとしたペースで飛ぶ。

 そんな時だった。

 風きり音しか聞こえていなかった翔馬の耳が、別の音を拾った。

 歓声のような音が少し遠くから聞こえてくる。


「人がいるのかな? 行ってみよう!」


 情報の塊、人間の声がする。

 翔馬は喜びながら全力で歓声が聞こえた方に飛ぶと、とうとう森を抜け、草が生え、見渡す限りの平原が見えてきた。


「……ん?」


 近付いたことで分かる。

 これは歓声ではない。

 どちらかというと怒声に近い。しかもそれと同時に金属をぶつけ合う激しい甲高い音。

(お祭り……かな?)

 当初はそんなことを考えていた。

 しかし、現場に近付いていき、とうとう翔馬はその光景を目の当たりにする。

 翔馬の眼下では、人間と同等の大きさを持つ黒い物体が緑色の液体に身体を濡らしながら、騎士の格好をした者達と戦っていた。 

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