第3話 撮影

「へー、こんなところで映画の撮影なんてやってるんだー。と言うことは……もしかして、あの遠くに見える砦っぽい建物が設営地かな? それにしてもこんな道が碌に舗装もされてないような場所で撮影をするなんて……気合入ってるなー」


 その光景を見た翔馬の第一声がそれだった。

 空から高みの見物をしていた翔馬はのんびりした調子で呟く。

 彼らが戦っている場所からかなり離れた、翔馬の位置からギリギリ見えるくらいの場所に人目から隠れるように放棄された砦跡、という言葉がぴったりな建物があった。

 大きさはそれほど大きいわけではないが、それでもこんな僻地に建物を建てるのは簡単な話ではなかっただろう。


「それとももしかして俺達の力を借りたのかな? あ、そう言えば友達の誰かがそんな仕事を請け負ったとか自慢してた気がする……」


 俺達の力、というのはまず間違いなく翔馬が宙に浮いている力のことを言っているのであろう。確かに、資材の運搬を彼のように空を飛べる者が請け負ったらさぞ楽になるだろう。


「だとしたら俺は彼に付いていったのかな?」


 記憶が曖昧で覚えてないが、もしかしたらその友人に誘われて付いていったのかもしれない。

 それで途中で逸れた可能性がある。

 だとしたらその友人も別に翔馬の心配なんてしていないはずだ。なにしろ翔馬は空を飛べるのだから。逆の立場ならば翔馬だって心配しない。


「どうするかなぁ……」


 砦跡、もとい設営地にさっさと行って さっさと帰り道を聞いて さっさと帰る。

 もしくは、下の撮影が終わるまで見て、その後帰り道を直接聞くか。


 しかし、わざわざ設営地まで行って、もし目の前の撮影のために全員出払っていたら二度手間になってしまう。

 それにここまで来ておいて何も見ずに帰るというのも少し悔しい。

 ここでただ帰ったら、森の中で寝ていただけになってしまう。

 太陽の位置から今がもうお昼時だと知り、今更急いで帰っても仕方がない、という思いもあった。

 昨日の記憶が曖昧でも、曜日くらいは覚えている。

 昨日は金曜日だったはずだ。ならば今日は土曜日。

 学校によって違うようだが、翔馬の通っていた学校は土日祝日は基本的に休みだ。

 ということは、それらを加味しても急ぐ必要はまるでない。


「見ていこうかな」


 そう結論付け、空中で胡坐をかき、手に顎を乗せながら眼下の戦闘を眺めることを続行する。


「それにしても熱い戦いしているなー!」


 役者達の演技は白熱していた。

 魔物役であろう動物の動きも非常にリアルで、体中から生き物のものとは思えない緑色の血らしき液体が吹き出ている。赤い血をあえて使わないのは、恐らくこの世の生き物ではない魔物感を出すためであろう。

 騎士も各々が連携した動きを見せながらも誰もが死に物狂いで戦っており、彼らが魔物達を斬った瞬間に飛び散る緑色の血糊も惜しみなく使われている。

 その光景はまるで本物の血が舞っているようであった。

 それは近年草食系男子と呼ばれる者が増え、自分もその一人であると自覚している翔馬から見ても手に汗を握るものであった。

 聞こえてくる喧騒も鬼気迫るものがあり、聞いているこちらもつい、いけーと叫んでしまいそうになるのを堪えるのに苦労するほどだった。

 そんなことをしてしまったら、目の前のアクションをカットしなければならない。

 翔馬が声を掛けてカットした場合、もう一度同じシーンを撮りなおすのにどれだけの労力が必要なのか想像もつかない。

 叫ぶのを我慢しながらも、目の前で行われている白熱した戦いを見て疑問に思う。


「それにしてもいったい何の撮影なんだろ? あの騎士風の人なんて二十歳もいってないよね? ライトノベルの実写かな?」


 女性の騎士が一人ならばジャンヌ・ダルクが異世界にいったら、みたいなタイトルをを疑っていたが、女性は複数いた。ならば違うだろう。

 翔馬が目の前の光景を映画の撮影と思っているのは、騎士達が女性であるというのが大きい。

 差別の意図はないが、本物の騎士といえば男だろうという偏見はあった。

 しかし騎士達の中には見たところ男はおらず、女性だけで構築されていた。

 現実で女性だけの騎士団というものの存在を翔馬は知らない。

 だがライトノベルの中なら何度か聞いたことがある。


「ライトノベルの実写かー、ネットでも不評の場合が多いし……。というかそもそも実写化するほど売れている女騎士ものの本なんてあったかな?」


 記憶にはない。

 ライトノベルは好きだ。自分がその世界に今と同じ能力を持って生まれていたら、と考えるとわくわくするから。

 しかし、当然全てのライトノベルを網羅しているわけではないし、ライトノベルの情報を逐一取り入れているというほどではない。

 自分が知らない実写情報があっても全然おかしくない。


「ま、そんなのは後で聞いてみればいいかー」


 そんな呑気な声で結論付けた時だった。

 女の騎士の一人が何かぶつぶつ言ったかとおもうと、その手にバレーボールほどの火の玉が出来る。

 だが、そんな非現実的な光景を見ても翔馬はそれほど動じない。寧ろ興奮した様子で呟く。


「えっ、超能力者まで雇ってるの!? 俺達って一人雇うだけでも結構な時間と手間とお金が掛かるのに……。すげー!」


 火系の能力者で火の玉を作れる能力者を翔馬は何人か知っていた。

 その中にはライトノベルが好きな人間も何人か知っていたから、恐らく彼らを雇ったのだろう。

 超能力者を雇うには、超能力者本人ではなく、国に申請し受理されなければならない。

 その手間を掛けてまでリアリティにこだわったのだ。翔馬が期待に胸を膨らませるのも当然といえるだろう。

 その火の玉が真っ直ぐに魔物役の動物にぶつかり、火花を上げて弾ける。


「ぐおおおぉぉぉぉ!」

 火の玉が当たった魔物は、こちらの心胆を震わせるような断末魔を上げ地面に倒れ伏し沈黙する。


「うわっ! 本当に焼くんだ。あれ、機械だったのか」


 その光景を見て流石の翔馬も驚く。

 本物の動物を使って焼いたら、動物保護団体に訴えられてしまう。

 だから、恐らく動く機械の周りに不燃焼物質を貼って、その外側に燃焼する物質を重ねて張り本当に燃えているように見せているのだろう。

 相当な手間をかけている。

 それを知ると、ますますこの映画への期待値が上がっていく。


「後で絶対映画の名前を聞いておこう!」


 そう決意した矢先だった。

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

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