14話 「どんな形であれ」退院する……

【14-1】




 手術の前日、なにかと患者本人も忙しい。


 しばらく入浴もままならなくなってしまうから、清潔にするための入浴だけでなく、いろいろと最後の検査もある。


 看護師さんや本人も慌ただしそうと聞いていたし、夜も早く睡眠に入ると聞いていたから、毎日の荷物を手渡したあと、「また明日来るよ」と軽く言葉を交わして、美穂の実家に明日のスケジュールの電話を掛けながら駅までの道を戻っていたときだった。



 駅までの途中にある児童公園に、ひとりでぽつんとブランコに座っている人影を見つけた。


 ブランコとすべり台、砂場、ベンチがある児童公園。出入り口には可動式の扉が取り付けてある。


 美穂の話では近くに保育園があり、昼間は子どもたちが園庭の代わりに遊びに来るのだそうで、道路に飛び出さないようにつけているのだと教えてくれたことがある。


 普段なら、気にもしないようなことなのに、今日は立ち止まってしまった。


「三河さん……?」


 その扉を開ける音が聞こえたのだろう。三河さんはこちらに顔を向け、入ってきたのが俺だと分かって、立ち上がろうとしたのをやめた。


「あ、小田さん……でしたよね?」


 さっきまで、美穂の看護をしてくれていた。明日の夜は専属で泊まり込みで様子を見てくれるとのことで、今日は早めに帰宅ということだったのに。


「……なにかあったんですか?」


 病室で美穂を看護してくれるときは、いつもハキハキしていて、笑顔が素敵な女性なのに、今は違っている。


 疲れているというより、悲しさをぐっと堪えているような。


 実際、少し涙ぐんでいるようで、大きな瞳が赤く充血してしまっている。


「あはは……、お恥ずかしいです。こんなところを見られてしまうなんて……」


 三河さんが首を振って続けた。


「そうですね、あの美穂さんのお相手ですものね。さすがです。少しお話に付き合っていただいてもよろしいですか?」


「もちろんです」


 俺も三河さんの隣に空いていたブランコに座る。



「……今日、私が担当させていただいていた患者さまが退院されていったんです」


「退院されたんですね、よかったですね」


「病院って、必ず患者さまは退院されていくんですよ。例えそれがどんな形であってもです……」


 俺はそれを聞いて頭の中を殴られた気がした。




 「どんな形であれ退院」は、少し考えればわかる。


 誰もが、医療ドラマのラストシーンのように元気に正面口から出ていけるわけではないのだ。


 病室のベッドの上での治療が終われば病院としての役目は終わる。


 その治療の終わり方は、決して一つじゃない……。



 そう、「どんな形であれ」治療が終われば患者は必ず「退院」するのだと。

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